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ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(367)

2026年3月25日


 旧仮名遣いで…ということは、書き手は、古参の職員であったろう。

 これは次々とコピーされ、組合員や役職員の間を飛び交った。

 怪文書なるものは、ほかにも一、二通出たといわれるが、その内の一通は、なんと、筆者が書いて内容の確認を求めるため、相談役のゼルヴァジオに届けておいた普通の原稿だった。そんなものまで、怪文書扱いしてしまう空気が生まれていたのである。

 末期的症状は、まだまだ起きていた。

 その一つは、三月の総会で行う役員改選に関する規定変更を準備していた──組合員代表からなる──機構改革委員会の動きである。

 彼らが「そのまま選挙管理委員へ横滑りし、さらに運営審議役に立候補、当選を確実に」しようとしていたという…常識では考えられない企てである。

 これは実は、その中心人物が組合に対して大きな負債を背負っており(審議役になって、その負債の返済要求を和らげようとしているのではないか?)と疑われた。

 この二段階横滑りは、これを激怒した別の審議役志願者によって、潰されてしまった。

 審議役選挙に関しては、さらにオカシナ事が続いた。

 選挙は前回と同じ方式で行われたが「十単協と本部直属組合員グループが提出した推薦名簿の集計」が終わって、候補が決まった直後のことである。

 候補は、ここで「総会で当選したら、その任務を引き受ける」という誓約書に署名することになっていた。

 ところが、この時、殆どが署名を渋ったのである。

 渋ったのは、寸前になって、組合の財務が「絶望的な実態にある」という情報が流れたためであった。署名の締切り日が近づいても、渋りは続いていた。

 が、そこに、日本からの資金協力の内定報が入った。すると、バタバタと署名が始まった。

 そして総会が開かれ、新審議役が決まった。

 ところが、その結果が伝わると、一般組合員は「クーデターでも起きたのか、と思った」という。

 まず、それまで組合経営のカナメだった専務理事の高野実が落選していたのだ。

 ということは(理事会の三役は審議役から選ばれることになっていたから)専務にも戻れないことになる。

 日本政府との交渉を担当していた前園敏之まで落選していた。(後に繰上げで審議会入り)

 そして新しい審議役は、大部分を北パラナとその連携勢力が占めていた──のである。

 これは北パが一九九〇年三月の失敗に懲りて、その様に準備していたこともあろう。

 それと有力な対抗勢力が存在しなかったことにもよろう。存在しなかったのは、情報通の間に「今度の選挙で立候補する奴は、天才か馬鹿だ。組合の経営状態は、そこまで救いようがなくなっている」という醒めた観方が流れたためである。

 ともあれ、新審議会は執行理事会の三役を選び、三役は理事を指名、審議会はそれを承認した、

 彼らは、四月一日から、その任につく。三月末日までは、前任者の任期である。

 その末日、ショッピング・センター事件という、これまた理解しがたい奇矯事が発生した。

 ピニェーロスの旧本部は、この頃はスーパー・マーケットとして利用されていたが、建物が老朽化、市庁から改築要求が出ていた。そこで組合では、外部の企業と合弁で、ショッピング・センターを建設することにした。それが決定したのが、前年十月のことである。

 この決定に際しては、組合内部で「(旧本部跡の)土地を、現物出資するだけ。それ以上の経済的負担はしない」という確認がなされていた。

 ところが、三月末、専務の高野が、その任期切れ最後の日、財務理事の八百ヴェルジリオと二人で、コチアの名前で、合弁の相手側が受ける銀行融資の保証の署名をしてしまったのである。

 それを知った新役員たちは愕然とした。アサイ紡績工場の二の舞である。

 この件に関し、高野は後に、こう語っている。

 「合弁の相手側が、資金繰りに詰まり、銀行融資に頼ろうとした。銀行はコチアの保証を求めた。が、それはできない。内部での確認事項がある。

 しかし、このことが表に出ると、コチア本体に飛び火する。

 コチアは、運転資金を銀行から借りまくっていた。飛び火したら本体も危ない。そこで、飛び火させないために、確認事項には目を瞑って署名をしてしまった。(つづく)


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