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ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(369)

2026年3月27日


 ある審議役が、緊急に決済が必要な書類を届け、その旨伝えておいたが、三日経っても四日経っても、それが下りて来ない。執務室へ行って催促すると、ハッとした表情で書類の山を崩し、それを探し始めたという)

 …等々。


 砕け散っていた資金繰りの歯車


 斯くの如く末期症状が群がり起こる中、コチアの資金繰りの歯車は、愈々、軋み始めていた。

 その軋みを感じとりながら、筆者は会長の片山と電話で話したことがある。一九九三年の四月のことである。

 片山は、最後の頼みに、ある融資を待っていた。

 EGFである。

 EGFというのは、毎年二、三月の(穀物類の)収穫期に、連邦政府がバンコ・ド・ブラジルを通して出す低利の融資である。

 これは、その穀物類が一度に市場に出て値崩れを起こすのを防ぐための…つまり、生産者や組合が、市況を睨みながら「売り」のチャンスを待つための、運転資金用の融資である。

 コチアは毎年、これを一億㌦以上借りていた。この年は一億五、〇〇〇万ほど申請していた。

 これだけの金が入れば、資金繰りの歯車を回すことができる。当面の危機は切り抜けられるかもしれない。無論、流用だが…。

 逆に、入らなければ、歯車は砕け散るという処まで来ていた。

 そのEGF申請に対して、

 「バンコ・ド・ブラジル(オザスコ支店)は了承した。しかし二月から三月、そして四月へと時は経っても、実行されない」

 と片山は嘆いていた。

 ために、繋ぎ用にホット・マネーを、アチコチの銀行から借りて、資金繰りをしている様子だった。(明日こそ一億五、〇〇〇万が出る)と祈りつつ…。

 しかし、そういう焦りを裏切って、結局、金は出なかった。

 実はこの間バンコ・ド・ブラジルから、審査部門の職員がコチアの本部へ来て、何事かを調べていた。その結果、財務の実態に気づき、方針転換をしていたのである。

 資金繰りの歯車は、砕け散っていたのだ。


 瓦解、遂に表面化


 その…コチアに関する幾つかの凶報は、初めは遠くから聞こえてきた。

 「収穫した大豆を、組合のシーロ(サイロ)に納めたが、事業所が金を一部しか払ってくれない」

 北のセラード地帯の組合員の間で、こんな苦情の声が上がっている、という。四月末のことであった。

 (オヤ?)と思っていると、数日後に南の方の州からも、

 「組合員の出荷物に対する事業所の支払いが滞っている」

 という知らせが届いた。

 サンパウロ州の西の方では「組合員に振り出した小切手が不渡りになった。事業所の支配人も給料を一部しか貰っていない」という。

 その後も同種の凶報が、内容の深刻度を増しながら続いた。

 それは、サンパウロの組合本部に関しても、耳に入るようになった。

 「本部が発行したかなり大きな金額の小切手が、政府系のある銀行で、不渡りになった」

 「単協役員と部落代表を本部へ招集しての合同会議で、片山会長が、

 『組合の財務は深刻な逼迫状態にある。が、組合員への支払いに充てるための資産は確保する。このことは当分(出席者以外には)伏せておいて欲しい』

 と言った」

 「理事会が大口のクレドール(債権者)に、負債の支払い時期の延期を交渉している」

 …等々である。

 そこで、筆者は五月に入ると毎日、コチアの本部六階、役員室のあるフロアーに詰めるようにした。ボツボツ、最終的かつ決定的な局面に来ているという気がしたのである。

 フロアーの中央部、受付けの側にソファーがあるので、それを利用した。出入りする理事たちの様子を観ながら、誰かに取材しようとしたのだ。

 ところが、そんなある日、相談役のゼルヴァジオが近づいてきて、アゴで別室へ誘う。ついて行き、さて、テーブルを挟んで椅子に腰を降ろすと、ゼルヴァジオ、一方的に一人で喋る。言葉を跡切らすことがない。

 しかも、何十年も前の訪日の思い出から始まって、延々と──筆者が口を挟むタイミングを与えず──続ける。それが小一時間にも及んだ。

 そのうちハッと気づいたのは、筆者を受付けの傍から引き離すために、つまり理事たちが自由に出入りできるように、この別室に連れて来たのではないか…ということである。(つづく)


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