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ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(375)

2026年4月7日


 しかし六、〇〇〇万融資は、十二月も足踏み状態だった。

 年が明けて一九九四年一月中旬と月末、組合本部で、またグレーベが起こった。給与、年末手当の遅払いに抗議してのものであった。

 が、低給与者には極力支払われていたため、職場を離れた従業員は、半数くらいだった。

 二月に入り、ピケが本部の入口に張られた。本部は麻痺状態となり、それが数日続いた。

 同じ二月、副会長ゼルバッチの姿が、組合本部から消えた。バンコ・ド・ブラジルへ引き上げてしまったのだ。

 後任については、イリネウによると「先方は派遣すると言っている」ということであった。が、結局は来なかった。

 同行は六、〇〇〇万融資の意志を捨てたのである。八五㌫の保証は集まらなかったのだ。

 イリネウは、州政府に望みをつないで、農務長官や知事に陳情を続けていた。

 

 寝耳に水

 

 一九九四年三月末、コロニアに寝耳に水の大衝撃が走った。

 スール・ブラジルが突如、解散に踏み切ったのだ。

 世間が、コチアのことに気を取られている時、それまで、外部には、そんな気配を感じさせなかったスールが、自らそうしたのである。

 何処へ行っても誰もが、その話をして興奮するか、沈黙してしまっていた。

 解散に踏み切った原因は、対銀行債務の殆どを占めたホット・マネーであった。

 金利が狂騰し過ぎて、何をやっても、追いつかなくなっていたのである。

 九二年末の銀行債務は二、五〇〇万㌦あった。それを前記の様に九三年、ブリーの植林場を売って五〇〇万つくり、一部返済に当てた。

 さらに、JICA=国際協力事業団=から二五〇万の低利長期の救援融資が出、これも右の債務を減らすために使用された。

 しかし、いずれも燃え盛る炎の中に、不十分な水を注いだていどの効果しかなく、負債額は、狂騰金利で直ぐ元に戻って、さらに増え続けていた。 

 解散に踏み切った原因はもう一つあった。事業量の減少である。これは九三年度で、かつての六割まで落ち込んでいた。組合員の組合離れや生産物価格の低迷による。

 スールの理事や組合員代表の心理は、コチアの惨状を見ている内に、

 「資産に余裕のある内に、根本的対策を…」

 という考え方に傾いて行った。

 当時、負債総額は三、〇〇〇万㌦を越していたが、資産は五、〇〇〇万と見積もられていた。これを売れば、なんとかなるであろう…と計算したのである。

 最終的に、解散の引き金になったのは、南米銀行に対する負債の繰延べ交渉の拗れであった。負債は一、八〇〇万あったが、その繰延べを申し入れた時、南銀側は利子だけでも払うよう要求した。

 利子だけといっても、狂騰金利下、負債の半分近くになる。

 富森理事長が、南銀の倉持副社長、伝田社長、最後は橘名誉会長に会って、利子も含めての繰延べを頼んだ。

 が、受け入れられなかった。ここで、

 「中央会を一旦、法的に解散する。資産を売却、負債を清算する。単協は残し、業務はその単協に移す。中央会は清算業務が終わった後、再組織する」

 という対処策が固まった。解散すれば、清算期間は二年ある。延長も可能であり、落ち着いて対処できる。

 (これも、すでに触れたことであるが、スールもコチア同様、中央会制度をとっていた)

 お家再興を前提に、自ら解散の道を選んだのである。

 なお、解散には自主解散と法廷解散の二種類の方法があった。

 自主なら、その後の清算業務を組合の総会で選任した清算人が行う。

 法廷であると、判事が指名する第三者が清算人になる。 

 スールは、自主を選んだ。これは、解散の法律顧問を依頼した弁護士たちの提案によるものであった。

 この弁護士たちは、モジ・ダス・クルーゼスに事務所を構えており、かつて日系のモジ産組の解散を手掛けたことがあった。

 スールは、その経験に期待したのである。

 かくしてスール・ブラジル農業協同組合中央会は、三月三十日の臨時総会で、自主解散に踏み切った──という次第である。

 総会には、中央会役員のほか単協代表一〇〇人近くが出席した。

 多くの質問が出たが、最終的には「やむを得ない」ということになった。単協は、この頃は二十五カ所に減っていた。

 組合創立六十五年目だった。

 清算人には、組合内部から富森敏雄(理事長)、笠原定尚(専務理事)、羽場久夫(理事)、木村アルバロ(顧問弁護士)の四人が選出された。

 なお、ここに至るまでに、従業員は八五〇人まで減っていた。これは全員解雇された。内、六〇人ほどが、清算業務のため、再雇用された。

 富森は、筆者に電話で、解散に至る事情を縷々説明の後、最後を「痛恨の極み」の一語で結んだ。呻くような声だった。

 真面目過ぎるほど真面目な人柄であったから、苦しかったであろう。(つづく)


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