震災から始まった母娘のサンバ=リオ最高峰の舞台に立ち続けて18年《寄稿》
2月21日、熱狂の渦に包まれたブラジル・リオデジャネイロのカーニバルは、公式日程の最後を飾る「チャンピオンパレード」で華やかに幕を閉じた。リオ広域で100を超えるエスコーラ(サンバチーム)が活動する中、頂点に君臨するのは上位12校による1部リーグ「スペシャルグループ」だ。さらに、その中から総合得点で選ばれた上位6校だけが、最終日の晴れ舞台に立つことを許される。
創設以来一度も降格したことがない名門サウゲイロは今年、同グループで4位に入賞した。2008年からこの名門で「パシスタ(選抜ダンサー)」として大舞台に立ち続けているのが、神戸市出身の工藤めぐみさんだ。最後の演舞を終え、日本へ帰途につく直前の工藤さんに、その胸の内を聞いた。
工藤さんがサンバを始めたのは9歳の時。阪神・淡路大震災の後、母・妙子さんが新聞広告で見つけたサンバ教室に親子で通い始めたのがきっかけだった。ステップを踏むほどに、震災のつらさや心の寂しさがほどけていく。踊る喜びが、家族とサンバを固く結びつけた。
その後、工藤さんは国内でレッスンを重ね、19歳で初めてリオの地を踏んだ。名門ポルテーラを経て、2008年からはサウゲイロに参加。以来18年、コロナ禍による中断期間を挟みながらも、毎年厳しいオーディションに挑んでは、聖地サンボードロモの大舞台にパシスタとして立ち続けてきた。
挑み続ける「花形」の誇り
「サンバチームは数多くありますが、スペシャルグループの中でもパシスタの水準は大きく異なります。サウゲイロは特に選び抜かれたダンサーが集まる場所。その一員としてあそこに立てること自体が、何よりの誇りなんです」
1チーム3千~4千人が参加する壮大なパレードで、パシスタに選ばれるのはわずか70~90人ほど。女性はそのうち半分強を占める。大地をしっかり踏みしめ、自在なステップで観客を魅了する「花形」だが、そこは高い技術と圧倒的な存在感が求められるポジションだ。
特にコロナ禍以降、世界中でサンバへの関心が高まり、サウゲイロのパシスタを志望する若者は年々増えているという。毎年厳しい選考が行われ、実力次第ではシーズン中であっても外される。過酷な練習に脱落する者も後を絶たない厳しい世界だ。
「よく『毎年出ているから余裕でしょう』と言われますが、実は逆なんです。去年と同じでは評価されない。常に自分を更新し続けなければならない場所。長くいるからこそ、むしろ毎年新しく生まれ変わる自分を試されている感覚があります」
日本では「露出の高い衣装のダンサー」という印象が先行しがちだが、その実態は徹底した練習と節制の積み重ねだ。「現地のダンサーは骨盤の形からして違う。同じように力を抜いて踊れば、私は目立ってしまう。だからこそ、私は何倍も努力しなければいけない」。酒を一切断ち、サンバと真摯に向き合ってきた言葉が重く響く。
それでも、彼女が異国の地で踊り続ける理由がある。「厳しい環境ですが、サウゲイロは人生の半分を共にしてきた、第2の家族のような場所。戻れば『おかえり』と迎えてくれる人たちがいる。息子が生まれてからは挑戦のハードルも上がりましたが、それでも、この場所で踊る意味を信じているから、また挑もうと思えるんです」
沿道からは日本人応援団も声援を送った。リオ日本人学校で教鞭を執り、自らもサンバ教室に通う佐藤るみさんは「めぐみさんの姿は、困難に立ち向かう勇気と、世界で輝けるという自信を私たち日本人に与えてくれます」と目を細める。
世代を超え、家族で受け継ぐ輪
リオでの経験は、工藤さんが故郷・神戸で続ける活動にも還元されている。日本には、母や父と共に活動するサンバチーム「フェジョン・プレット」がある。
工藤さんは「サンバの技術だけじゃなくて、このコミュニティの温かさを日本にも持ち帰りたい。おじいちゃんおばあちゃんがいて、子どもたちが楽器を叩いている。世代を超えて、人生を謳歌するあの空間を生み出したいのです」と語る。
全国のイベントに出演し、著名アーティストのバックダンサーも務める工藤さん。チームの活動の一環として、保育園や高齢者施設を訪れ、ボランティアで演舞を披露してきた。
「手が上がらなかったおじいちゃんが、音楽に合わせて手を動かしてくれたことがあった。サンバの力を感じました」。そう語る母・妙子さんもまた、パシスタとして長年娘を支えてきた。妙子さんは毎年リオに滞在し、娘の挑戦を間近で見守っている。
震災を機に始まった母娘のサンバは、いまや家族の人生そのものとなった。4歳になったばかりの息子も3年連続でリオを訪れ、母の背中を見つめながら、その舞台に親しんでいる。「大変さは増しているけれど、幸せな気持ちもそれ以上に増しています」と工藤さんは笑う。リオと神戸を結ぶ情熱のステップは、世代を超えてこれからも続いていく。(武田エリアス真由子)








