県連ふるさと巡り北パラナ編(5)《アプカラナ》=ノロエステから転住の流れ
2日目の午前、一行はマリンガからおよそ60キロ離れたアプカラナ市を訪れた。バスに乗り込み、ゆったりとした語り口で案内役を務めたのは、同文化体育協会(ACEA)の石田健一会長(80、二世)。この地に刻まれてきた歩みを、ひとつひとつ丁寧に手繰り寄せるように語り始めた。
アプカラナに最初の入植者が足を下ろしたのは1936年。10家族のうち7家族が日本人で、残る3家族はウクライナ系移民だったという。翌年にはポルトガル人やイタリア人も加わり、異なる文化が交差する土地として静かに発展していった。戦前には日本人会が設立され、1944年には市制が敷かれたが...
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