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《記者コラム》5年前の4月7日、運命の日=ルーラが抱えるルサンチマン(怨恨)

2023年4月11日

逮捕直前、2018年4月7日のミサでのルーラ氏(Paulo Pinto)
逮捕直前、2018年4月7日のミサでのルーラ氏(Paulo Pinto)

運命の2018年4月7日

 5年前の2018年4月7日、ブラジルの歴史に残る出来事が起きた。ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルバ氏(77歳)の逮捕だ。ブラジルで大統領経験者が一般犯罪で逮捕されるのはこれが初めてだった。
 あの時、ルーラ氏が再び大統領になると想像できた人がどれだけいるだろうか? 本人ですら当時は絶望的な心情だったに違いない。
 パラナ州連邦地裁のセルジオ・モロ判事(肩書は全て当時)は2018年4月5日夕方、ルーラ元大統領に対する逮捕令を出し、6日の17時までにパラナ州クリチーバの連邦警察に出頭するよう命じた。連邦第4地域裁(TRF4)第8小法廷は収賄と資金洗浄の容疑での12年1カ月の懲役という第2審判決を出したからだ。
 7日、ルーラ元大統領は出頭して逮捕された。ルーラ氏は逮捕前の最後の演説で、「最高裁はマスコミの圧力に押されて誤った判断を行った」「検察の捜査がマリーザ(妻)の死を早めてしまった」と批判。さらに「(1審で有罪を下した)モロ判事や(2審で有罪を下した)第4連邦地域裁は私を大統領選に出したくなかった。だが私はより大きくなり、無実を証明して戻ってくる」と熱烈に語った。

最高裁の〝心変わり〟に左右されるルーラの運命

 逮捕の翌日、フォーリャ紙の表紙には、当時の上院議員アルバロ・ディアス(ポデモス)の言葉「法が人を支配する。それが国家の成り立ちである」が躍った。当時反汚職・反PTを旗印にしていた大統領選REDE予備候補マリーナ・シルバ氏は、「ルーラは自分が犯した過ちの囚人」とコメントしていた。それが現在の環境大臣だ。
 逮捕により、それまで大統領選のトップを走っていたルーラが出馬不可となり、結果的にボルソナロを大統領として当選させる結果を招いた。ルーラの対極にいると国民が判断したのは、セントロンを味方にして出馬したアウキミンではなく、一匹狼的な極右ボルソナロだった。18年大統領選挙の対立候補の一人だったアウキミンが現在の副大統領だ。
 ルーラは出頭して、クリチーバ連邦警察の拘置所で囚人生活を送った。その間「ヴァザ・ジャット」という違法ハッキング騒動が起きて、モロ判事とデルタン検察官の捜査のやり方にムリがあったことが判明した。この騒動で国民からのラヴァ・ジャット作戦への信頼が揺らいだと見るや、最高裁は「モロ判決には偏りがある」との判決をだし、逮捕から約560日後にルーラは釈放された。
 その間の最高裁の〝心変わり〟に関して万人に理解できるような説明は聞いたことがない。そもそもヴァザ・ジャット騒動は、ハッカーによる違法な情報収集が元で起きた醜聞であり、「違法な経路で入手した証拠は正式なものとは認められない」はずだが、それが司法の風向きを変えた。
 それまでラヴァ・ジャット作戦を支持してルーラ逮捕を許した最高裁は、この時、何の反省も釈明もなくヌルリと解釈だけ変えて、モロに悪役を押しつけた。
 モロとデルタンが本当に悪いことをしたなら、彼らが逮捕されるべきだ。むしろ選挙でモロは上院議員に、デルタンは下院議員になったことで、民意によるみそぎを受けた状態だ。同時にルーラの被選挙権が回復して昨年の大統領選挙で当選した。はたから見たら「どっちが間違っているのか」「いったい何が起きたのか」と理解に苦しむ状態だ。
 あれから5年、ルーラは大統領として帰ってきた。だが本人が予告したように「大きくなった」と言うよりは、「尖った」形で戻ってきた。当然のことながら「悪いことした」との反省は一切無い。

テメル/ボルソナロ政権の政策を全否定

 刑務所から戻ってきたルーラは、PT政権時代の政策に戻すべく、テメル/ボルソナロ政権時代の法令をひっくり返すことに余念がない。この政権開始から100日間、そればかりやっていた印象が強い。
 3月31日付テーラサイト記事《ルーラは3カ月でボルソナロの政策を取り消すために83の法令を編纂》(7)によれば、《大統領が前任者の行為を撤回するために、これほど多くの労力を注いだことは前例がない。これは、マグナ・イナシオ教授が調整役を務めるミナス・ジェライス連邦大学(UFMG)のPEXネットワークグループがこのコラムのために実施した調査で明らかになったものだ。これまでにルーラが出した136大統領令のうち、83がボルソナロの政策の取り消しを求めていた》とある。
 それに加えて、テメル政権時代に制定された歳出上限法をやめて、4月頭に新しい財政均衡法の概要を発表したが、詳細はまだ分からない。さらに、ペトロブラス汚職を繰り返さないために制定された、政治家による公社幹部要人指名を制限する公社法を骨抜きにする努力に余念がない。
 だが今までルーラ政権への厳しい見方が余り見られなかったグローボでも、徐々に批判的なスタンスが見られるようになってきた。9日付G1サイト記事《政権100日、ルーラは新体制の新方針を示せなかった唯一の大統領》(20)という厳しい見出しも出ている。

セルソ・ミンギのエスタード紙8日付コラム《ルーラ政権の最初の100日間はほとんど何も成果なし》
セルソ・ミンギのエスタード紙8日付コラム《ルーラ政権の最初の100日間はほとんど何も成果なし》

 これらの状況に対して、有名エコノミストのセルソ・ミンギ氏も《ルーラ政権の最初の100日間はほとんど何も成果なし》(8)とエスタード紙8日付コラムで酷評した。特に経済分野において、この4年間のスタートとなるような重要な一連のガイドラインが明確に示されていないことに疑問を呈している。
 《自分の政権が一枚岩でないことを認めつつ、彼の言動は古いPTの目標を蘇らせることに終始している》と厳しく指摘。《1》基本衛生(上下水道インフラ)方針の規則枠組みの大統領令を出して目標期日を延期して公社の事業遅延を大目にみて優遇した件(9)、《2》政治家が公社に人事介入しやすくするように公社法を緩める工作を挙げた。
 さらに《3》点目として、6日付官報で公社民営化優先リストから10公社を外した件を出した(10)。国家民営化プログラム(PNI)から7社、投資パートナーシッププログラム(PPI)から3社を撤退させた。具体的には、ブラジル郵便電信公社(Correios)や国立先端電子技術センター(Ceitec)、国営通信社のブラジル通信会社(EBC)などだ。これもボルソナロ政権が進めたものを止めさせた一例だ。
 ルーラ政権が旧PT化している最も顕著な例は、土地不法占拠の激増ぶりだ。OESTE誌サイト5日付《ルーラ政権の3カ月で、土地不法占拠はボルソナロの最初の1年間全体を超えた》(11)にある通り、国立植民農地改革院(INCRA)の発表ではこの四半期で16カ所の農場が不法占拠された。
 ボルソナロ政権初年は11件だったのに対して、わずか3カ月のうちに、極左グループの土地ナシ運動(MST)が7件、国民闘争戦線(FNL)が残り9件を実行したことで「赤い4月が始まった」と農場主から恐れられている。
 とはいえ、フォーリャ紙9日付《ファリア・リマは、ルーラの100日間の経済活動にノイズと前向きな兆候を見ている》(19)では、《経済分野におけるルーラ政権の最初の100日間は、今週の月曜日(10日)に完了し、金融市場のエコノミストやファンド・マネージャーによって比較的ポジティブなものとして分類されている》とある。エコノミストによって見方が分かれている。

圧倒的過半数の最高裁判事を指名するルーラ

 ある意味、最も恐ろしいのは、ルーラが自分を苦しめた司法に対して強く爪痕を残そうとしている件だ。1日付ポデル360サイト記事《ルーラ第3期の終わりまでに最高裁のほぼ全員を指名することになる》(17)によれば、ルーラは第1期と第2期政権中に計8人の最高裁判事を指名し、今回は2人を指名することになるから、数字上では全11人の判事中「ほぼ全員」という記事だ。
 だが実際は、ルーラが指名した判事中現職なのは、リカルド・レヴァンドウスキ、カルメン・ルシア、ジアス・トフォリ3氏のみ。残りはすでに退職か死亡している。
 そのレヴァンドウスキ氏は4月11日に定年退職したから、その後任が近日中にルーラによって発表される。目下のところ獄中のルーラを救ったクリスチアノ・ザニン弁護士が就任する可能性が喧伝されている。
 加えて10月2日にローザ・ウエーベル最高裁長官も定年退職するから、その後任も指名する。その時点でルーラ指名が計4人、ジウマ政権は別に4人を指名しているからPTは8人の判事を指名することになる。
 全11人の圧倒的過半数だ。誰がどう見ても白黒がはっきりしている案件ではムリでも、微妙な案件の場合はこの数字がものを言うケースもあり得る。
 ルーラの取り巻き、大統領府の中心勢力は別名「クリチーバ共和国」と呼ばれる(18)。これは彼がクリチーバ連邦警察の拘置所に留置されている間も足繁く通って支援した人々のことだ。

2018年9月11日、ルーラが拘置されているクリチーバ連邦警察の前で、PTの正式な大統領候補としてハダジ氏(中央左)と副のダヴィラ氏(同右)を発表(Ricardo Stuckert)
2018年9月11日、ルーラが拘置されているクリチーバ連邦警察の前で、PTの正式な大統領候補としてハダジ氏(中央左)と副のダヴィラ氏(同右)を発表(Ricardo Stuckert)

 その代表格は昨年5月に結婚した妻ジャンジャ氏。2017年以来PT党首を務めるグレイシ・ホフマン氏は、最もPT寄りの強烈な意見を放つ役割があり、ルーラはそれをなだめるような位置から解決を図る。そしてフェルナンド・アダジ財相。あとはザニン弁護士が獄中のルーラに面会する権利を持っていた人物だ。ルーラはみなそれなりの役職に就けている。
 同記事よれば、ルーラは携帯電話を持たない。必要な時はマルコ・アウレリオ・サンタナ・リベイロ(通称マルコラ)、ボティガードのヴァルミール・デ・モラエス、妻ジャンジャの携帯を借りて電話するという。マルコラはルーラ逮捕後すぐにクリチーバに引っ越し、ルーラのSNS発信を代行する大事な役割を担ってきた。

ルーラの胸中に潜むルサンチマン

 これら一連の出来事から漂ってくるのはルーラの「ルサンチマン」だ。これはフランス語で、ウィキペディア(13)には《弱者が敵わない強者に対して内面に抱く、「憤り・怨恨・憎悪・非難・嫉妬」といった感情。そこから、弱い自分は「善」であり、強者は「悪」だという「価値の転倒」のこと》と説明されている。とても左派思想と親和性が高い考え方に見える。
 さらに同項には《フリードリヒ・ニーチェはキリスト教の起源をユダヤ人の支配者ローマ人に対するルサンチマンであるとし、キリスト教の本質はルサンチマンから生まれたゆがんだ価値評価にあるとした。「貧しき者こそ幸いなり」「現世では苦しめられている弱者こそ来世では天国に行き、現世での強者は地獄に落ちる」といった弱いことを肯定・欲望否定・現実の生を楽しまないことを「善い」とするキリスト教の原罪の価値観・考え方、禁欲主義、現世否定主義につながっていったキリスト教的道徳はルサンチマンの産物と主張した。実際に憎悪やねたみが、キリスト教をつくり上げてしまう程の創造的な力に変換された歴史がある》とする。
 ニーチェの考え通りなら、この発想はカトリック的思想の根本的な原理なのだろう。1日付アジェンシア・ブラジルの記事にも《ローマ教皇フランシスコは「ルーラは証拠もなく罰され、ジウマは模範的な女性だ」と述べた》(14)とある。普通の国家元首なら他国の司法制度への干渉、内政批判になるような発言には気を使うだろう。
 このエピソードからは、ルーラの支持者がカトリック教徒であり、ボルソナロは福音派などのプロテスタント教徒である点も思い出される。
 本コラム3月28日付で、ポデル360サイト記事《獄中でモロをぶっ殺してやりたかったと、ルーラは泣きながら語った(Lula chora e diz que queria “foder” Moro quando estava preso)》(14)によれば、獄中生活は拷問だったとルーラは語り、さらに《『土曜日や平日に検察官が立ち寄って、調子がいいかどうかを尋ねる。3人か4人の検察官が入ってきて、「大丈夫ですか?」と聞く。私は「大丈夫じゃない。モロをぶっ殺してやるまでは大丈夫にならない」と言った》と復讐を誓っていることを述懐したと報じた。
 まさに、このルサンチマンの感情が今のルーラの心中の奥深くにあるのではないか。(深)

(7)https://www.terra.com.br/noticias/daniel-haidar/em-3-meses-lula-editou-83-decretos-para-revogar-atos-de-bolsonaro,6843213fe90c9e55114bd94583a4402e06wjtnah.html

(8)https://www.estadao.com.br/economia/celso-ming/quase-nada-nos-100-primeiros-dias-do-governo-lula/

(9)https://www.brasilnippou.com/2023/230407-17brasil.html

(10)https://www.cartacapital.com.br/politica/governo-retira-correios-ebc-ceitec-e-mais-quatro-estatais-da-lista-de-privatizacoes/

(11)https://revistaoeste.com/brasil/em-3-meses-do-governo-lula-invasoes-de-terra-superam-todo-o-1o-ano-de-bolsonaro/

(13)https://ja.wikipedia.org/wiki/ルサンチマン

(14)https://agenciabrasil.ebc.com.br/internacional/noticia/2023-04/papa-diz-que-lula-foi-condenado-sem-prova-e-dilma-e-mulher-exemplar

(15)https://www.nikkeyshimbun.jp/2018/180407-21brasil.html

(16)https://www.nikkeyshimbun.jp/2018/180410-21brasil.html

(17)https://www.poder360.com.br/justica/lula-tera-indicado-quase-um-stf-inteiro-ao-final-do-3o-mandato/

(18)https://www.estadao.com.br/politica/grupo-que-apoiou-lula-na-prisao-em-curitiba-compoe-nucleo-de-conselheiros-do-petista-saiba-quem-sao/

(19)https://www1.folha.uol.com.br/mercado/2023/04/faria-lima-ve-ruidos-e-sinais-positivos-nos-100-dias-de-lula-na-economia.shtml

(20)https://oglobo.globo.com/politica/noticia/2023/04/cem-dias-de-governo-lula-e-o-unico-presidente-sem-nova-marca-no-inicio-da-gestao.ghtml


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