ぶらじる俳壇=152=伊那宏撰
コチア 森川玲子
見納めの花見と思ふ齢かな
〔聖市内や近郊には桜の名所が幾つかある。桜祭りにはたくさんの市民が訪れ、今や市の観光行事として定着している。毎年桜見を楽しみにしているご高齢のこの作者も、今年を〈見納め〉と思いつつ楽しまれた。昔移民にとって桜は心のふるさとであった。日本より導入して試作を重ねた結果幾種類かが定着、七十年ほど前のことである。それが今日の桜の園実現に繋がった。当初カンポス・ド・ジョルドンの日伯援護協会のサナトリウムの庭園に植えられたものがはしりであった。樹はまだ小さかったがそれなりに満開を迎え、毎年観光バスを仕立てて大勢の日本人が郷愁を癒しに訪れた。ブラジルにおける〝お花見〟の始まりであった。時は過ぎ、今、本句のように花見を楽しむ移民一世はちらほら。かの日観光バスでカンポスまで花見に行った一人として、時の流れの速さ儚さを否応なく思い知らされるのである〕
くすり飲む水に驚く余寒かな
冴え返るだれも拾はぬ一レアル
うららかやしっぽの動くぬいぐるみ
俎の柾目うつくし桜鯛
ソロカバ 前田昌弘
満開の花コーヒーに笑む家族
ロボットの目玉ピカピカ風光る
春寒し身震いしつつ朝散歩
大相撲の生放送観る冬の朝
モジ・ダス・クルーゼス 浅海護也
分蜂か蜜蜂の群れ唸り飛ぶ
始動音轟く日永単車群
静かさや湖畔の駅のつつじ咲く
サンパウロ 山岡秋雄
南大河異常気候に帰り花
街路樹の木の葉を拾ひ見る婦人
イペーローザ掃くな路上の花むしろ
〔イペーローザは黄イペーや紫イッペーほどに見かけることは少ないが、ピンク色の美しい花である。遠目には桜かと見紛うほどで、日本人の心を捉えて放さず郷愁を癒す糧とした同胞も多い。イペーの落花は桜のような潔さはないけれど、ボチボチ落ち続けて地上を彩るさまはさながら〝花むしろ〟、〈掃くな〉とつい胸うちで叫んだ作者の心情は、なまじ桜色の花びらであるだけに理解して余りあるものだ。イペーは花の色によって開花時期が異なる。四、五種類あるすべてが終わるには二か月ほどかかろうか。ブラジルの国花であり、春を象徴する醍醐味あふれる花である〕
イタペセリカ・ダ・セーラ 山畑泰子
枯草を押し分け進む鄙の道
枯芝の中に見つけし探し物
ふくろうの夜目効く顔のまんまると
イタペセリカ・ダ・セーラ 山畑嵩
ただ一枝生きる証の返り花
舌を灼く熱きカフェーや寒の朝
冬茜幼き頃のわらべ唄
サンパウロ 串間いつえ
帰り咲く紫イペーの毬いくつ
くるまりし毛布の手触り愛おしむ
七月の対面句会幾人ぞ
パラー州トメアス 三宅昭子
大賞の八十三歳帰り花
梟の未来見据えし大きな目
大枯野自然発火を恐れつつ
サンパウロ 石井かず枝
日本より嫁の真心羽根布団
〔布団用のナイロン綿が普及している現在、鶏などの羽毛を使った羽根布団は、高価かつ贅沢品というのが一般的な認識であろう。日本で就労されている子息の嫁御さんが、今年のブラジルの冬は寒かろうとて義父母さんに羽根布団を送ってくれたと言うのである。身も心も温まるお話である。〝煎餅布団〟などと言われ使い古すほどに薄っぺらくなる木綿綿の寝具に馴れていた我々移住者は、今や皆、化繊という繊維革命によって生まれた軽くて温まるナイロン綿の布団の恩恵を受けている。心のどこかでは羽根布団への憧れはどなたにもあろうかと思うが、やはり〝高嶺の花〟として心の奥に温存させておくのがよろしいようだ〕
旅の宿眠れぬ一夜虎落笛
虎落笛心細さの田舎宿
日本 大槻京子
これからは独り生きよと枯野ゆく
独りなる我が行く末の虎落笛
地震てふ魔物と生きる虎落笛
セザリオ・ランジエ 井上人栄
枯れ牧や牛吠えるごと餌を乞ふ
戦争のニュースばかりや虎落笛
夫留守の夜は早寝や虎落笛
サンパウロ 林とみ代
帰り花厳しく生きて移民妻
移民碑に寄り添ふ如く帰り花
過去偲ぶ夜のしじまや虎落笛
サンパウロ 馬場園かね
古里へ想ひを馳せる空つ風
反り屋根と木立に囲まれ花祭り
碑へヒマラヤ桜三分咲き
カンピナス 後藤たけし
時雨るるや大正ロマンの夢二の詩
もう誰か来たらし足跡霜の夜
いつの日か国花となりしイペロッショ
サンパウロ 大野宏江
もがり笛このブラジルにあるまじき
帰り花亡母の言葉に嘘はなし
〔はて、亡きお母さんが言われた言葉とは何であろうか。〈帰り花〉にまつわる話として勝手に想像させてもらうと、「人は誰でも一生に一度は返り咲くことがあるもんですよ。だから夢を持って生きて行くことが大切なんですよ」と言われたのでは? 実を言うとこのことは、先輩諸氏からよく言われるいわば定石と言ってもよい言葉である。しかしながら本句では、単に母に言われたことはすべて本当で嘘はないのだと、全幅の信頼を寄せておられる句とも理解できる。理解は様々。季語次第で理解も異なる一つの例として取り上げて見た。同じフレーズで季語を変える〝二つ物俳句〟の陥り易い穴がそこにある〕
ホーホーと夜道教える梟かな
サン・カロス 富岡絹子
虎落笛悲しき想ひ蘇る
虎落笛帰りの遅い娘を思ふ
枯野行く貨車を見送る街外れ
麻州ファッチマ・ド・スール 那須千草
梟鳴く良い知らせかな時を待つ
冷える夜は老も若きもとろろ汁
鳩の群憩いて平和冬木立
サンパウロ 建本芳枝
関節の痛みに響く虎落笛
枯れかけた垣根に二輪帰り花
灰色の庭に真っ赤な帰り花
ポンペイア 須賀吐句志
お悔みの言葉につまる冬の雨
根深汁で育てし子等に労られ
一天をしかと支えて大枯れ木
モジ・ダス・クルーゼス 浅海喜世子
朝日射す眠る大地や大枯野
ふくろうのふわふわ抱いて見たきかな
虎落笛共に駆け行く消防車
春菊やブラジル野菜に未だなれず(別稿より)
一時間養蜂箱を見て飽かず(〃)
サンパウロ 上村光代
冬休家族揃つて旅に出る
隙間風肌に感じて穴ふさぐ
ふくろうの静かに住むや森深し
サンパウロ 平間浩二
過疎村の犬も通らぬ枯野道
椰子積みの開墾当時の虎落笛
ふと目覚め夜更けに聞こゆ虎落笛
サンパウロ 太田映子
ワイングラス暖炉の炎写ってる
金婚に十年足らずや冬の星
凛として夜空に光る冬北斗
枯葉道プラタナスの葉季を告げり(別稿より)
屹立し木が空を貫く冬木立(〃)
サンパウロ 谷岡よう子
都市空やスモッグ上の冬茜
〔茜空は、早朝か夕刻時に見られる通称「朝焼け夕焼け」として認識される空の色である。日差しが空中の水蒸気を染めることによって生まれる現象と言われている。大都はつねにスモッグ(細かい塵埃)に覆われており、その上層部が茜色に輝いていると作者は詠まれた。〈スモッグ〉は乾燥期特有の現象で、冬場に多く見られるゆえ冬の季語とされるので〈冬茜〉とは季重ねになるが、特に大都では年中発生する現象ゆえに季語として固執する必要はないとしたい。微細な塵埃を透かして染まる茜空。さぞや特異な夕茜であろうか。因みにスモッグは「冬の霧」とも言われる〕
頬を刺す寒風避けてバスを待つ
じっくりと読書で過ごす冬の宵
ベレン 渡辺悦子
自分との戦いの日々八月来
人声の途絶えし一刻扇風機
扇風機のうなり励ます一人居に
ベレン 鎌田ローザ
鮮やかな肌色ミックス夏祭り
盆踊り白黄黒色輪になりて
扇風機の部品もなきまま涼しけり
ベレン 諸富香代子
女中さん明日は要らぬと夫の夏
夾竹桃我の如しと友笑う
乳に影エコーは良性風そよぐ
ベレン 岩永節子
静かなり落ち葉の弾く音を聞く
〔冒頭に冠したこの〈静かなり〉はかなりインパクトのある設定であり、絶対的な静かさである。その静かさの中で落ち葉(枯葉)の弾く音を聞いている作者。まるで落ち葉が風でも受けて自ら発している音に聞こえる。が、それも良い。然し私には、落葉道を歩く作者の足が弾く音ではないかと想像される。何やら物思いに耽りながら歩く作者の耳に、それは潮騒のように断続的に聞こえてくる音なのである。そうでなければ冒頭の〈静かなり〉は効果を持たない。作者の思惑は意味を成さない。意識的に主体をボカし、詩的効果を保ちながら格調ある一句を生んだのである〕
スコールの叩く老樹や悲哀なり
父の日や早世愛し釣天狗
読者文芸
ロンドリーナ親和川柳会(5月)
課題「乱れ」
現代人スカート乱していそがしそう 福田広子
乱れ髪かきあげ走った畑仕事 久保久子
情報化フェイクニュースが乱れ飛ぶ 高橋和子
歳老いて足の乱れが気にかかる 平間輝美
髪みだっれ見えた襟足色気あり 竹内良平
足並みが乱れたじろぐ夫婦橋 今立帰
家庭内乱れる素はエゴイズム 鈴木甘雨
サンパウロ新生吟社(5月)
課題「のんびり」
のんびりとしたい頃には救急車 今立帰
のんびりと暮らしていればボケが来る 大城戸節子
のんびりは性に合わぬ独楽回り 大塚弥生
のんびりとできる特権老いも良し 甲賀さくら
休日はのんびり家で足伸ばし 比嘉洋子
移住者はのんびり生きることできず 堀江渚
八十路坂のんびり生きよう気は永く 早川量通
のんびりと暮らせばブラジル良い所 青井万賀
月曜俳句会(7月)
定刻のなき農業や日脚伸ぶ 須賀吐句志
胸の内少し語れし移民の日 岩本洋子
寒禽の声美しく冴え渡り 富岡絹子
枯れ菊の行き場無きまま立ち尽くす 浅海喜世子
移民の日礎の碑を読み返す 脇山千寿子
移民の日四代集まり幸せに 鹿島和江
思い出を呼び起こす移民の日なり 作野敏子
冬の鳥鳴く田舎にてコーヒ飲む 白石幸子
移民の日数十年経て見る写真 近藤佐代子
それなりの我が人生なり移民の日 高木みよ子
老夫婦大根干すや過疎の村 浅海護也
宿無しに毛布の配布ありがたし 前田昌弘
天職をひたすら生きて移民の日 竹下澄子
アマゾンに得がたき体験月冴ゆる 渡辺悦子
たとえ枯れようとも菊よ優美たれ 伊那宏
くろしお句会(7月)
日本より嫁の真心羽根布団 石井かず枝
人の世に再び開く帰り花 山畑泰子
びょうびょうと天地の悲鳴虎落笛 山畑嵩
祝福す恩師の長寿春隣 串間いつえ
根深汁で育てし子等に労られ 須賀吐句志
大枯野自然発火を恐れつつ 三宅昭子
廃屋に淡き一つの帰り花 大槻京子
公園が自慢の街や返り花 井上人栄
帰り花厳しく生きて移民妻 林とみ代
子等の声上る球場枇杷の花 馬場園かね
牧さみし牛のしゃれこべ虎落笛 後藤たけし
おもてなしの感謝の心帰り花 大野宏江
イペーローザ掃くな路上の花筵 山岡秋雄
梟に見られて歩む野の小径 富岡絹子
梟鳴く良い知らせかな時を待つ 那須千草
車窓から枯野の家に灯がぽつり 建本芳枝
朝日指す眠る大地や大枯野 浅海喜世子
隙間風肌に感じて穴ふせぐ 上村光代
なべてみな薄き定めの返り花 平間浩二
凛として夜空に光る冬北斗 太田映子