寄稿=たった一度の「老い」を楽しむ=日々機嫌良く生きる知恵=サンパウロ市在住 毛利律子

初めての認知症機能検査
今年6月、一時帰国中の筆者は、日本で後期高齢者運転免許証更新のための講習を受けた。普通自動車第一種(いわゆる自家用車を運転するため)免許の場合は、講義(座学)と運転適性検査テスト、実車指導を経たうえで合格したら、地元警察署で写真を撮り、新しい免許証が発行される。
70歳以上は受講が義務で、75歳以上の場合は認知機能検査が含まれる。筆者はブラジルでは運転しないので、その事情は分からないが、75歳にして初めて受けた更新手続きの流れを簡単に紹介したい。
まず、免許返納をしていない免許更新運転者に、誕生日前に「高齢者講習のお知らせ」のハガキが届く。そのハガキに記載されている指定自動車教習所などに電話やインターネットで受講の予約をする。講習の所要時間はおよそ2時間。内容は講義(座学)、運転適性検査、実際にクルマを運転する実車講習。費用は6450円(講習手数料のみ。別途更新時に更新手数料2500円が必要。75歳以上は認知機能検査を受けなければならない。
当日、教室には7人ほどの受験者が緊張の面持ちでおり、試験官から注意事項を受けた。
受験者はまず「手がかり再生」と「時間の見当識」という二つの検査項目を受ける。記憶力や判断力を測定する検査である。
「手がかり再生」テストとは、16種類の絵を数分見て記憶し、何が描かれていたかをすぐに回答用紙に記入する。一回目はヒントなし。幾つか思い出せない。焦ってしまう。講師は時間をみて、二回目はヒントを出す。「そうか、アレだったんだ」と、つぶやきやざわめきが起こる。講師も苦笑いしながら、「静かにしてください」という注意が飛ぶ。「時間の見当識」テストは今日は何年何月何日ですか、というものだった。
この結果で「認知症のおそれなし」と判定されたら実車講習を受ける。「認知症のおそれあり」と判定されると臨時適性検査(専門医の診断)の受検、または診断書の提出が必要となる。もし、診断結果が認知症と判断された場合は、運転免許の停止または取り消しの対象になるといった次第である。
日本の年寄りには車のない生活は想像以上にたいへんだ。ブラジルのような簡単に呼べるウーバータクシーが無い。乗り合いの配車はあるにはあるが、気軽に頼めない。タクシーは料金が驚くほど高く、ブラジルのタクシー運転手のように携帯電話のナビを使いこなす人が少ないのは、意外なことだった。
結局、筆者は無事合格してめでたし。毎日炎天下で、安全運転に気を付けながら主婦の日課をこなしている。
講習の合間の待ち時間に受講者同士のおしゃべりが始まる。ほとんどが耳が遠いこともあり、内緒話はできない。やにわに、一人の婦人が「ここはどこ?まだテストを受けていないんだけど、あんたは済んだの・・・」と不安そうに大声で何度も同じことを繰り返した。周りも心配そうに状況を説明したり、「あんたこれで5回も同じこと言ってるよ」と促した。
これは一過性全健忘か、認知症か
突然発症する一過性全健忘とは、今さっきまでの記憶が消えることだ。「頭が真っ白になる」症状で、少なくとも24時間以内には治まるという。原因は不明。強い精神的ストレスや身体的ストレスなどによるらしい。予後は良好であるが、最大5%の人が1年以内に再発する可能性がある。一般的には男女とも50歳以上の人が発症する。この症状は1950年代に初めて明確に説明されたと紹介されている。
筆者も一瞬、記憶喪失の状態を経験し恐怖を感じたことがあったが、案外多くの人に心当たりがあるのではないだろうか。
専門医によると、一時的に脳の記憶を司る海馬が貧血状態になるらしい。この老婦人も先刻受けたテストが強いストレスになったかもしれない。
ところがこういう状況になると、当人はすぐに「もしかして認知症」と不安がよぎる。「ボケとは新しい記憶が失われること」と聞いているからだ。周りの人も内心、「ああ、この人は認知症かもしれない」と思ってしまう。
認知症は「社会的病」
膝腰が痛いは「個人の身体的疾患」
現在日本では、高齢者が三人寄れば始まるのが「認知症かも」という話題である。あるいは何かにつけて、「私は認知症です」と、笑えぬ自虐ネタでごまかすのが多くなったように思う。
しかし、「認知症疾患は社会的病」というほど深刻で、決して笑い話にすることではない。
それは認知症が原因で、生活上での混乱や周囲とのトラブル問題が発生するからである。
例えば、
●外出して自宅に戻れなくなり警察等に保護される。多くの場合は身元がわかり自宅に戻られますが、けがを負ったり、亡くなられてしまう場合もある。
●名前や住所が言えず、行方不明者のまま医療機関や施設で長期間過ごすことにもなりかねない。
●ゴミ屋敷、孤立死(孤独死)の増加
自宅やアパートの庭やベランダ、室内にゴミを積み上げ、それが散乱し、悪臭や異臭、害虫が発生する原因にもなる「ゴミ屋敷」が社会問題となる。
自宅やアパート内で誰にも看取られることなく息を引き取り、その後、相当な期間放置されるような「孤立死(孤独死)」である。
高齢の認知症患者が引き起こす問題は、介護者の予測を超えた行動が多く、介護者の身体及び精神的なストレスが高くなることである。
介護者は献身的な介護を続けても、疲れや先の見えない不安を抱え込み、将来を悲観し、高齢者への殺害や無理心中に至るといった悲惨な事件が毎年発生している。
今の高齢者は、自分が「困った認知症」というレッテルを張られるのを過剰に恐れ、委縮し、沈黙する。何か発言するとすぐに、「怒る老人」と揶揄され、「余計なことはしゃべらないほうが良い。すべて見て見ぬふりを通す」と引きこもる。行き届いた介護社会のデイサービスには、毎月介護費を支払っている。
一人で家にいるよりはマシ、という人がほとんどだが、会話も弾まず、幼児用の曲に合わせてリクレーションのようなことなどできるか、と不満たらたらである。ただ片隅で日長過ごす。行くところがないから、しぶしぶ毎週通っている。
このような問題解決を地域住民、市町村を中心にネットワークを構築した取り組みが行われ、個人の病ではなく、社会的病として当事者を支える工夫をしていかねばないことから、認知症は「社会的病」といわれるのである。
以上は重度の場合であるが、愚痴が多く、不機嫌になりがちな高齢者に、和田秀樹医師は次のように提唱している。

「認知症は軽度から重度になるのに5~10年かかる、認知症かなと思ったら、自分のお金を使って大いに余生を楽しもう」
和田医師によると「年間100例の解剖結果で、85歳を過ぎて脳にアルツハイマー型の変化がない人はいなかった。もちろん、重い認知症になると何もできなくなる。しかし、軽いうちはほとんどなんでもできる。
軽い認知症だとわかったら、重くなる前に思いきり人生を楽しもう。認知症も軽いうちなら、免許更新の際の認知機能テストも軽くクリアできるのだ。現代の裕福な高齢者、『スポーツカーに乗るなら今のうちです』。そして、そうやって楽しみ、頭を使っていると認知症の進行がゆっくりになる。重い認知症になるまでに5年から10年はかかるのだから」
認知症と診断された人々は、個人としてはいたって幸福な日々を過ごしている話もある。最近では、外見は全く健常者と変わらないから、人手不足の店舗などで認知症と診断された人でも働ける場所を増やし、これまで培ってきた経験が生かせる機会が増えた。当人にとってもスキマ時間を労働して小遣いまで稼げるという、一挙両得な仕事に応募して働き始め、人生変わりましたという人が増えているそうだ。
さて、膝腰が痛いのは「個人の身体的疾患」ということは、そういう病気は社会生活には十分できるということ。自分の身体を上手に使えばよいということは、長く生きてきた自分が一番よく知っているということ。高齢者の怪我による損傷の治療は、若い人のように元に戻す治療ではなく、なんとか長く使えるための対処療法である。
本人が、不具合をどう受け入れるか、どのように今の自分と付き合えばよいか。積極的、計画的、自発的な策をひねり出し、機嫌よく過ごせる方法を見つけて取り組まねばならない。
高齢者はそれぞれが自分なりの健康法を持って、何十年も自分の身体と付き合って長生きしている。何かあれば、「自分の身体に聞けばよい」ということである。

「老いるということ」
遺体を前にして人間の「老いと死」問題を語る解剖学者の養老孟司先生の講義は非常に興味深い。
養老先生によると、「何時から老いが始まるか」というと、胎児のときから始まっているそうだ。
寿命とは生物が生まれてから死ぬまでの期間であり、生物以外では「使用に耐える期間」という。人間の寿命は遺伝子で決まり、何事もなければ寿命を全うすることができる。何事もないとは何かというと、戦争や感染症、事故などで命を落とすことである。
しかし、人間には「生き方の癖」があり、それが寿命を縮める要因となるので、どのくら生きられるかという予測は立たない。
つまり、老いるということは、その人の人生の様々な出来事が集積して現在の命に至ることであるから、生理学的には、身体全体の器官が同じように年を取って経年劣化の末に死を迎えることである。
「古傷が痛む」とは
ある高齢者がおしっこが出ないと心配して検査を受けた。すると医師は、首が悪いからと言う。腎臓の機能に、首がどのように影響しているのか。思い返せば、その患者は、戦争時の若い時に、絶望感から二度自殺を図った。それが現代の最新医学検査で分かったのが、「昔に首を痛め、高齢の身に起きている病に繋がっていた」ということである。興味深いエピソードであるが、人間の脳にも身体にも、その人の過去の生きざまが残っているという興味深い話である。
教訓としては、高齢者の病は若い時の決算として現れること。脳の病気は身体を故障させ、元の身体には戻れない事を覚えておきたい。
「生老病死の人生」のなかの「四苦八苦」との関係
養老先生は、仏教にも精通し、「苦」について次のように語るのである。
「苦」、すなわち「痛み」は生きていくために必要なもの。心に刺激を与えてくれるもの。まさに、生きる営みの中で起きる「苦」が人間の心に様々な感情を覚えさせる。医学的には、痛みは病のサインであり、できるだけ早く原因を見つけて痛みをトルのが常套であるが、仏教は、「一体この苦は、自分に何を教えようとしているのか」を教えるのである。八苦の中の最後に「心身が思い通りにならない苦しみ」がある。確かに、高齢者が異口同音に口にする「苦」そのものである。
それではどうすればこの「苦」を「楽」に替えることができるだろうか。
「苦」を「楽」に替える生き方。それは「日々機嫌よく生きる」ことに尽きる
長い人生で長生きして酸いも甘いも経験した。よってマイウェイ思考を替えようとしない。しかし、残り少ない人生を、「世の中そんなもんだ」と不機嫌にならず、機嫌よくなれるネタを探そう。機嫌が悪い高齢者は、周りも見ていて辛いのである。
養老先生のお母さんは医者で、90歳になっても現役医者を続けてたという。毎日入れ代わり立ち代わり来る患者との会話が、最高のご機嫌のネタだった。
言い古されたことであるが、一日に一回何かに感動、感謝し、自分自身を機嫌よくする何かを探そう、他から与えられるのではなく、自分なりのご機嫌ネタを探す。とはいえ、これはなかなか簡単なことではない。
しかしそれでも、意外にご機嫌ネタは転がっているものだ。一度きりの人生の最終時点の探し物にしよう。いつもの寄り集まりに、そのお披露目話に花を咲かせようとの魂胆をもって家を出るのは、「老いの楽しみ」のひとつとなるであろう。