ぶらじる俳壇=157=伊那宏撰
ソロカバ 前田昌弘
披講する三世の娘は春謳歌
〔先ごろ行われた第16回「文協全伯俳句大会」に出席されての一句であろうと思う。一世俳人の老齢化により年々減少する参加者ながら、中には三世俳人も混じっていて、披講者としてリーダーの一員を担っているというのである。これをして先き行に希望を持てるとはコロニア俳句界の現状をみれば考えにくいところだが、10年先には二世、三世が中心になっての句会、あるいは大会が開催されるかも知れない。そんな一世の儚い夢が実現すれば素晴らしいことである〕
年ごとに減りゆく句友春憂う
蜘蛛の囲に掛かる虫けら数しれず
ヴィトリア 藤井美智子
春風や笑顔あふれる遊歩道
トカゲ岩てふ岩山や風光る
恢復の望みを捨てず春を待つ
〔作者お久しぶりの投句。骨折やら体調不全やらで生活に支障を来たしておられたとのこと、このほど無事恢復されて健詠ぶりをお見せ下さった。俳句への情熱を捨てることなく、まさに〈望みを捨てず春を待〉った甲斐があったというものである。入りやすくて奥の深い俳句の持つ力であろうか、九十歳台になってもその魅力を捨てきれずに継続している人はコロニアに多い。心の支え、いや命の支えと言っても過言ではない。私たちの先駆者は素晴らしい宝を遺してくれた。大いに磨いて後世に繋いで行きたいものだと思う〕
ヴィトリア 大内和美
ハイ・パチリよそ行き顔の敬老の日
春風や右や左と笑顔ふり
春風や手取り足取り散歩して
サンパウロ 谷岡よう子
さえずりに目覚め爽快深呼吸
支え合う人という字に春温し
〔「人」という字は互いが支え合っているように見える。人は一人では生きて行かれない、互いが支え合って成り立つ世の中を意味している――というような解説を、小学校の国語の時間に先生から聞かされたような記憶がある。そう言われればたしかだなと納得できる。しかも二画という画数の少ない文字の一つでありながら、人体のみならず心や精神まで包含されていると言われ、実に深遠な文字であることが分かる。〈春温し〉は当然「人」という字の温みにまで及んでいる。簡潔にして深みを持った一句である〕
友よりの絵文字で届く花便り
窓越しの春光浴びて元気出し
パラー州パラゴミナス 竹下澄子
ブラジルに移民の一歩十月来る
時雨虹テレビ画面を七色に
短夜や吾子との空白埋めきれず
ベレン 渡辺悦子
子供の日生意気盛り十二才
子供の日「ばあちゃん何も知らん」とや
来し方の苦難は過去夕の虹
ベレン 岩永節子
母であることの喜び子供の日
のぼり立て神が船出すナザレ祭
ご飯だよう呼ぶ声愛でるパパガイオ
ベレン 諸富香代子
ばあちゃんと孫の謎かけ子供の日
夕アマゾン匂いたつよな虹を見る
〔驟雨一過、夕刻を迎えたアマゾン地方に虹が立った。〈匂い立つよな虹〉であった。これだけで見事な一幅の絵になる。匂い立つような虹とは、七色が生き生きと緑一色の中で際立って見える、そんな景色を言うのであろうか。或いはまた一幅の絵は、大河の向こうに立った虹と考えてもよい。いずれにしても壮観である。自然を詠むとは〝美〟を詠むことながら、レトリック抜きの、感動を呼び覚ましてくれる言葉の発見なくしては望めない。中七が本句をしっかり支えてくれた〕
モルフォ蝶表裏の違い人生観る
モジ・ダス・クルーゼス 浅海護也
夏の海溺れ助かる夜の闇
蟹取りの帰路を染めるや茜空
サントスや師走に着きし移民船
サンパウロ 森川玲子
冴え返る朝の手水のたなごころ
清明やあかねに染まる飛行機雲
あやうげな娘の乗馬春の泥
おぼろ夜ののれんをくぐるおかめ蕎麦
枡酒に映る春燈金屏風
モジ・ダス・クルーゼス 浅海喜世子
春分の日の日の出の見る地平線
朝寝して損した気持足急ぐ
特技持つ蜂の働く養蜂所
サンパウロ 太田映子
花冷にけなげに耐えてござを敷く
春夕べすべて受け入れ老いるなり
山荘の池にたゆたふ朧月
その時はさくら吹雪の舞う中(別稿より)
懐かしき顔が揃いて春の句座(〃)
サンパウロ 石井かず枝
紫のすみれ好みし母偲ぶ
春日和孫の成長背くらべ
春うらら親子三代食事会
セザリオ・ランジェ 井上人栄
春空や番いツカーノ今日も来て
朝寝して主婦の休日骨休み
泣き笑い幾十年や移民の
日本 三宅昭子
コーラスの同郷の友春の風
時差ボケを癒す朝寝を楽しめり
菜園の希望いつぱい春の空
サンパウロ 串間いつえ
あるやなしかがりび草の香りかな
〔どんな花でも開いた時そっと鼻を近づけて匂いを嗅いでみる。癖というよりも本能みたいなものであろうか、外観を眺めてそれから匂いを知る。大抵の花には匂いがある。強烈なものから微かなものまでいろいろ。匂いは花芯から発散され、昆虫などを誘い込む。虫も寄らない花は匂いも希薄。〈篝火草〉(シクラメン)には殆ど匂いはなく〈ありやなし〉は正鵠を得た表現だ。この句のうまさは、花の香りの有無を問うただけの全く簡素な、しかもひらがな主体の文字選びにある。句に気品があるのはそれ故であろう〕
癖になる白菜キムチ春なかば
綿菓子のサーヴィス春の開店日
イタペセリカ・ダ・セーラ 山畑嵩
春風や鶏鳴もあり鄙の午後
春風に身をなぶらせて畑の中
手に馴染む鍬の柄長し春の耕
イタペセリカ・ダ・セーラ 山畑泰子
すみれ草そよ風に揺れしなやかに
朝寝して今日の力をとりもどす
あと少しまどろむ朝寝鳥の声
日本 大槻京子
老独り春愁の夜を持て余す
スマホ手に一人一人の春を生く
眼の下のクマ広がりて春愁ふ
サンパウロ 建本芳枝
風光る洗濯物を潜り抜け
黄金のイペーじゅうたん二度楽し
春の朝足どり軽く散歩道
麻州ファッチマ・ド・スール 那須千草
菜園にタツ現れてレタス掘る
春野菜隣近所にお裾分け
春風邪をひいて息子に労られ
カンピーナス 後藤たけし
スミレちる心の病去りぬまま
〔美しきままに散り落ちる他の花々と違って、スミレは咲き切って、朽ちて、それから地に落ちる。小さい花ながら完全に生を全うするのである。さて、中七の〈心の病〉に罹ったのは作者ご自身(?)。心の病とはまこと〝やんごとなき〟お話。胸に抱えてひたすら悶々と堪えておられるのか、日ごと夜ごと愛でていたスミレの花も、ついに待ってはくれなかった、嗚呼――。悲哀と絶望を切なく描いた作者渾身の〝創作俳句〟。(「去りぬ」の用法に少々疑問あり)〕
減り行かん余生の月日春惜しむ
行き交わる人の微笑み小春かな
サンパウロ 太田映子
花冷にけなげに耐えてござを敷く
春夕べすべて受け入れ老いるなり
山荘の池にたゆたふ朧月
その時はさくら吹雪の舞う中(別稿より)
懐かしき顔が揃いて春の句座(〃)
サンパウロ 大野宏江
庭に咲くすみれの花に話かけ
春の空雲に乗りたし宇宙まで
すみれ咲く床に一輪飾りたし
サンパウロ 山岡秋雄
イペーの花黄色散りそめ白が咲く
空を指す千本針の合歓の花
春一番落葉をすべて運び去る
サンタ・フェ・ド・スール 富岡絹子
塀の上雀口開け春惜しむ
春愁や弟逝きしと里だより
街路樹に今日で三日目破れ凧
サンパウロ 伊藤きみ子
朝寝して咎める人なき独居かな
春の空仕事合間に庭に出る
朝寝して夢は遥かな故郷へ
ポンペイア 須賀吐句志
やわらかに心ふくらむ春日向
春風の入り来る空に深呼吸
幸せな愚痴を聞いてる春の午後
〔恵まれているのに愚痴をこぼす人がいる。愚痴と不満は際限がないもので、もしかしたらそのような人に限って、愚痴る対象がなくなったら「世の中オシマイ」となるであろう。本句〈幸せな愚痴〉のお相手をする人にとっては大変な忍耐がいるであろうが、どちらも暇を持て余しておられる御仁か、春の午後のちょっと気だるい時間を、幸せ談義で花を咲かせているお二人。まさに幸せな余生を丸ごと詠まれた一句と拝見させて頂いた〕
春愁や遠ざかりゆくものばかり(別稿より)
木の芽雨手入れ届かぬ吾が庭に(〃)
サンパウロ 上村光代
庭に来て毎日サビアさえずりぬ
春の空はるかな山や波のごと
想ひ出の垣根の隅にすみれ咲く
サンパウロ 林とみ代
遠慮なく朝寝まどろむ独り床
喫茶店の卓に愛らしすみれかな
郷愁のおはぎ作りて春分の日
サンパウロ 馬場園かね
折り入って話しとやらを春愁ふ
離農して月日は速し豆の花
〔長年聖市近郊で営農に携わっておられたが、離農して街住まいとなられた由。高齢化と後継者不足という不可抗力が重なって離農される農業者が多い昨今である。生活の急激な変化に伴って意識も変わり、日々の暮らしに馴染まぬうちに月日はたちまち過ぎてゆく。そんな慌ただしさを〈豆の花〉でやんわりと包(くる)んで一句を落ち着いたものに仕上げた。ベテランの技である。「開拓も昔語りや豆の花(須郷絹子)」「土地言葉いまだ馴染めず豆の花(岡部平太)」。親しみやすく使いやすい、それいてきちっと締めることが出来る季語なのである〕
釣り竿を持たされ半日池の春
読者文芸
ロンドリーナ親和川柳会(7月)
課題「睡眠」
寝つきよく睡眠たっぷりお父さん 福田広子
睡眠も食も十分ありがたい 久保久子
よく眠る老人達者で惚け知らず 高橋和子
肌の荒れ睡眠不足すぐ表れ 平間輝美
眠れぬ夜一夜がこんなに永いとは 竹内良平
睡眠の邪魔はさせじと蠅たたき 今立帰
睡眠を削ってゲーム現代っ子 鈴木甘雨
サンパウロ新生吟社(7月)
課題「正直」
正直に生きれば金が逃げていく 今立帰
悪心正直者には浮かばない 大塚弥生
正直に非を認めるは日本人 甲賀さくら
正直はいつでも人を喜ばす 比嘉洋子
損しても正直に生きたい日本人 堀江渚
正直に生きた人生悔いはない 早川量通
正直に生きた証の素寒貧 青井万賀
月曜俳句会(7月)
定刻のなき農業や日脚伸ぶ 須賀吐句志
胸の内少し語れし移民の日 岩本洋子
寒禽の声美しく冴え渡り 富岡絹子
枯れ菊の行き場無きまま立ち尽くす 浅海喜世子
パパ様の慈愛の笑顔冬の月 脇山千寿子
冬日和歩ける事に感謝して 鹿島和江
枯れ菊に月がやさしく明りさす 作野敏子
冬の鳥鳴く田舎にてコーヒー飲む 白石幸子
移民の日数十年経て見る写真 近藤佐代子
我が庭の所属タレント寒雀 高木みよ子
老夫妻大根干すや過疎の村 浅海護也
冬ざるる老いさらばえし己が影 前田昌弘
天職をひたすら生きて移民の日 竹下澄子
アマゾンに得がたき体験月冴ゆる 渡辺悦子
移民の日祖国を遠く老いにけり 伊那宏
老壮の友(10月)
遊歩道は老若男女の行き交いてことに目を惹く優雅な娘 梅崎嘉明
坂多きシャカラの門に杖の束「ご使用自由に」と言葉添えあり 小野寺郁子
小島から佐世保にむかう船旅の荷棚に白き水仙の花 野口民恵
藁人形竹槍でつく訓練に精を出したり八十年前 小濃芳子
五十周年あの人も逝きこの人も読経の中によぎるおもかげ 金藤泰子
春ひと日夫の忌修す墓園にはビンチビー鳴き花咲くイペー 森川玲子
涼やかな目をした吾娘を見るにつけ吾が逝きし後この世に一人と 坂野不二子
桜島北岳火口を除き込み急ぎ下りて三日後爆発 松村茂樹
蚊や蠅を取っては食べるヤモリさん冬眠らしく姿をみせず 足立有基
干し柿がリオから届き食すれば日本の物めき甘く柔らか 足立富士子
終戦日くれば思わる吾が二十歳(はたち)なりし八十年前の悲しみ 大志田良子
盛大に祝うこの春サンパウロ熟年クラブ五十周年 小池みさ子