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在住者レポート=アルゼンチンは今=相川知子=揺れ動くメルコスールの和=友だちの日の首脳会談に思う

2022年7月28日

首脳会談の様子(アルゼンチン大統領府広報提供)
首脳会談の様子(アルゼンチン大統領府広報提供)

アルゼンチン発『友だちの日』が7月20日である理由

 毎年7月20日、アルゼンチンは『友だちの日』を祝う。その起源は1969年、人類の月面着陸に遡る。ブエノスアイレス州在住歴史学者エンリケ・フェブラロ氏が月面着陸に感動し、世界中の友人に喜びを伝える手紙を1千通送り、返事を700通受け取った。
 それが広まり、Día del Amigo(友だちの日)の毎年7月20日に祝いの言葉を交わし、集まる。コロナ禍だった昨今、今年の再開の喜びは皆ひとしおであった。
 一方、国際連合では7月30日を「国際友情の日」と制定した。これはパラグアイの平和と友情のNGOの働きかけによるものである。またパラグアイとブラジルと陸続きの橋は「友情の橋」と呼ばれている。

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7月20日から2日間、2年ぶりの対面メルコスール首脳会合

 折しも7月20日、南米南部共同市場、すなわちメルコスールが第60回メルコスール首脳会合を、パラグアイ国ルケ市南米サッカー連盟で開会。新型コロナウイルスのため対面会議は延期されていたので、2年ぶりの熱い議論が展開された。
 大きな争点は二つあり、第一はブラジル提案の地域外関税引き下げ、第二に、ウルグアイが単独で中国との自由貿易協定(FTA)を推進していたことであった。
 最大のニュースはメルコスールとしてシンガポールとの自由貿易協定(FTA)の協議が提案されたことだ。将来的に、メルコスールと東南アジア諸国連合(ASEAN)の連携(注1)に寄与する協定になると期待されている。
 スペイン語でMercosur、ポルトガル語でMercosul、即ちメルコスールは南米南部共同市場と訳され、31年前の1991年、パラグアイの首都でアスンシオン条約下、アルゼンチン、ブラジル、ウルグアイ、パラグアイが集結し、南米南部地域経済統合協定プロセスとして結成、1994年ブラジルのオウロ・プレット条約で実施に至った。
 人口約3億人、1486万9775万キロ平米の面積をもつ市場で、国の大きさや規模に関わらず一国一票という民主主義で共同経済発展を目指す。(注2)
 第60回メルコスール首脳会合では、1日目は外務大臣や工業大臣による実務会議、2日目はホスト国のパラグアイのマリオ・アブド・ベニテス大統領、ウルグアイのルイス・ラカジェ・ポウ大統領、アルゼンチンのアルベルト・フェルナンデス大統領、ブラジルはカルロス・フランコ・フランサ外務大臣が首脳会合に挑んだ。
 特に食品安全性と農産業の持続可能性などの精査がおこなわれ、共同宣言を行った。(注5)その他、経済復興問題は緊急であり、同じく首脳共同宣言を行った。

加盟国がそれぞれの立場を主張

 会期中、アルゼンチンのフェルナンデス大統領はこの4年間の任期は歴代の中でコロナ禍による経済的最悪の時代と評価、この時期に地域外関税引き下げ措置提案に不本意な態度を示した。
 また「それぞれの国がこうしたいという単独の夢を持って行動するのではなく、メルコスールとして行動しませんか。自国市場を鑑みて保護は素晴らしいことですが、私達はメルコスールとして一体となり、中国との貿易協定の内容や影響を一緒に考えてみませんか」と改めてメルコスールの南米南部共同体の意義を確認した。
 ウルグアイ大統領は「誠意をもって意見を表明することが重要。何でもおっしゃっていただきたい」と他国の意見を尊重。(注6)「中国とのFTA交渉は数代前からのこと」と、同大統領が始めたことではないことを強調。またフィージビリティスタディー(実現可能性事前調査)の結果だと発表した。
 「メルコスールで同意が得られなくても、ウルグアイ国家として交渉を継続する所存です。今後、新しい大統領が出て、メルコスールは継続し、加盟国も拡大されるのですから、ご理解を願います」と結んだ。
 パラグアイ大統領は「FTAによる中国の南米南部参入は多分野の製品への優遇措置となる。パラグアイには脅威であり、メルコスール全体にもそうである」、また台湾と国交を結んでいる関係としては「メルコスールにおける他国や他地域との経済協定措置は中国だけに限らず、地域経済ブロックとしてのパラグアイの問題であり、パラグアイと台湾の関係を脅かすものではない」と区別した。(注7)
 ブラジル側はアルゼンチンの最大紙の一つラ・ナシオン紙による事前インタビューに応じ、(注8)ルカス・フェラス外務局長は、「ブラジルとアルゼンチンは観点が違う。メルコスールは輸入関税を低減すべき」とシンガポールとの自由貿易協定を歓迎し、地域外共通関税10%引き下げを提案。
 中国とウルグアイによる単独交渉によるメルコスールの危機という声を否定し、「メルコスールは柔軟な体制を形成すべきであり、商業合意における形式化の遅れを指摘するものである」と述べた。
 ブラジルの経済相パウロ・ゲデスは「両国の立場は対照的だ。ブラジルは世界的な戦争とインフレ問題に緊急対処し、挑戦姿勢を取る一方で、アルゼンチンは経済危機に保護政策を、と考えている」と続けた。
 7月20日のアルゼンチン国立統計局(INDEC)によれば、6月の貿易バランスは1億1500万ドルの赤字で2020年12月からの記録を更新中であるという。(注9)

メルコスールの理想と抑制力

 両国の意見の相違は政治と経済の関係性にも由来する。逆にそんな違いがあるからこそ、メルコスールという経済連携地域ブロックのリーダー役を補完的に担って30年にもなる。一般に生産の原材料は30~50%を輸入に依存するが、メルコスール内では10から12%である。
 関税引き下げにより製品を輸出する際、価格競争力が高まる。2020年4月からEUと自由貿易協定の交渉を公式に開始しているので、グローバルバリューチェンにおいて競争力向上は市場で躍動するチャンスである。
 その一方で、ウルグアイの単独行動はメルコスールの覇権を脅かすものとなる。メルコスール自体の規制の範疇を、改めて客観視すべきである。メルコスールには各国が圏外国と双方向性商業対話を展開することに対しての抑制力はない。これがメルコスールの矛盾の一つである。
 税関ジャーナリストのマリア・エルサによれば政治的成熟度が低いことが原因である。この地域経済連携の技術的法的基盤整備が遅れていることが露呈される中、メルコスールが柔軟な姿勢を見せるいい機会になるのだろうか。
 メルコスールの発足当時、国際関係、外交、経済などの専門家が結集し、それぞれの国情、世界の状況を考慮し、未来を想定し、政治家だけではなく、大学院の国際経済、国際外交の担当教授が知識人として地理政治政策形成の草稿作成に関わり、多くの議論を重ねた。
 メルコスールは商業的同意を中心に、人と物の動き、労働協定、文化協定を目標としている。どこにいても同様の教育が受けられ、居住手続きも簡便で、職を得ることも問題なく、リタイアもどこでも可能、またお互いの文化を尊重する、という目標が掲げられている。(注2)公用語はスペイン語とポルトガル語である。なお、グァラニー語も後で加えられた。
 数年前から国内身分証明書DNIもメルコスール仕様で統一され、国境ではパスポートは要らないし、車も簡単に移動可能であり、コロナ禍もメルコスール出身の人の移動が優先して再開されていた。

『友だち』とは―
次の議長国は中国と自由貿易交渉中のウルグアイ

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 メルコスールは友好同盟でもある。この「友だち」はどんな意味の仲間か、腹を割って話せる関係か、皆のためにと説得するか違う意見を尊重するのか、利益を優先させるのか、様々な意味で考えさせられたメルコスール会議開催の「友だちの日」であった。
 提唱者フェブレロ教授は数年前他界されたが、友だちについて楽しい言及をしている。「必要な友だちは少なくていいが6人はいるね。人生で最悪の日、葬式のときに棺桶を担いでもらう必要がある。友情という論理を追求するのもいいが、実際にそばにいてくれる人が必要だ。良き日にはアルゼンチン焼肉のアサードを食べようと呼びかけたい。もちろん、愛する友だちであり、私を愛してくれる人達とね」
 アルゼンチンは購買力が下降の一途の経済状況にもかかわらず、近所の肉屋では20日の昼には肉も炭も飛ぶように売れていた。私の前の男性は、近所の友人7人とマンションの屋上でアサードをすると喜んでいて、チョリソや牛肉合計11キロに炭を2袋買っても足取り軽く去っていった。今年一番の消費熱が上がった週であろう。
 第60回メルコスール首脳会合の話題の中心は、ウルグアイの中国とのFTA交渉にさらわれた。会議の結果としては、地域外共通関税率は10%削減で合意、実質インフラを造る、論争解決のためオリーボス規律を見直す、デジタル対策を行う。またジェンダーについても経済活動に重要と判断された。地域外アジェンダは、シンガポールとのFTA交渉を進めるという結論に至った。(注10)
 バトンならず木槌が渡され、次の議長国は今回の首脳会合に風雲をもたらしたウルグアイとなった。

注1)東南アジア諸国連合ASEAN https://asean.org/about-asean/member-states/
注2)メルコスール南米共同市場とは
https://www.mercosur.int/quienes-somos/en-pocas-palabras/
注3)Aduana Newsメルコスールはパラグアイで開催
https://aduananews.com/mercosur-celebra-su-cumbre-en-paraguay/
注4)パラグアイ外務省ツイッター 
https://twitter.com/mreparaguay/status/1550189032998592512
注5)第60回メルコスール首脳会議宣言
https://www.mercosur.int/60-cumbre-del-mercosur-documentos/
注6)インフォバエ新聞ウルグアイの立場についてhttps://www.infobae.com/america/america-latina/2022/07/21/uruguay-ratifico-ante-el-mercosur-que-avanzara-en-acuerdos-de-libre-comercio-con-china-y-otros-paises-no-nos-vamos-a-amputar-ese-derecho/
注7)同紙パラグアイの立場について
https://www.infobae.com/america/agencias/2022/07/21/paraguay-dice-que-el-ingreso-de-china-puede-amenazar-a-socios-del-mercosur/
注8)ラ・ナシオン新聞ブラジルの立場についてhttps://www.lanacion.com.ar/politica/lucas-ferraz-brasil-y-argentina-tienen-visiones-distintas-el-mercosur-necesita-avanzar-con-tarifas-nid21072022/
注9)国立統計局INDECのページ
https://www.indec.gob.ar/
注10)朝日新聞2016年アルゼンチン大統領選前の記事
https://www.asahi.com/articles/ASL622C93L62UHBI006.html

筆者略歴
 相川知子 広島出身 JICA海外開発青年として1991~4年にアルゼンチンの首都ブエノスアイレスにある在亜日本語教育連合会(教連)で活動。その後、同国に定住し、スペイン語通訳、翻訳、教師、食品ロジスティックアドバイザー、テレビ撮影コーディネーター、ライター業などに従事。現在は「アルゼンチンをはじめラテンアメリカの人々の素顔を日本に紹介をすること」をライフワークとし、自身の運営するブログ『主観的アルゼンチン・ブエノスアイレス事情ブログ』(http://blog.livedoor.jp/tomokoar/)にて情報発信を行っている。


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