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ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(209)

2025年7月22日

百年の水流

 なお、右の報告記の中には、次の様な記述もある。

 「今回の拘留によって得た結論は敗戦派が如何に策動したか、それに対して彼らへの反感が如何に熾烈に醸成されたか…(略)…私達が四十日に及ぶ拘留中、敗戦派巨頭連が、常に秘密警察課に出入りして居り、その他奥地からは農田水城が出入りしてゐるを見、藤平、森田は秘密警察課長の腰巾着となって居った。

 これら敗戦派は常に課長に入れ智慧し、聯盟を罪に落とし入れんと懸命の努力をなし、且又、新聞社に金をばら撒き買収し、如何に日本が屈辱的に敗戦しているかを宣伝し、臣道聯盟を恰もテロ団体として一般民衆に認識せしめんと努力したのであり『ア ノイテ』『フォーリャ ダ ノイテ』『ア ガゼッタ』『ジアリオ デ サンパウロ』各紙は毎日の様に聯盟の名誉を傷つけ、日本人が如何に平和の破壊者であるかの如き不遜記事を掲げた。

 今回の逮捕は敗戦祈願派、宮腰、宮坂、古谷、蜂谷、山本、山下、下元、木下、農田水城、藤平、森田、その他及びこれにリードされる地方敗戦派の告発と策動によって行われたことは明瞭である。

 その告発の理由が殺人と殺人未遂にあり、臣道聯盟がこの事件に何等の関係なきに拘わらず、故意に関係あるものとして、悪辣な策謀をめぐらし聯盟を葬ろうとしたのである。

 彼らは敗戦を宣傳するのはまだしも、皇室の尊厳を冒瀆し奉り国体を傷つけ、抹殺せんとし、日本人として耐え忍び得べからざる言動をなしつつあるのである。

 彼らこそは日本人の敵であり、日本帝国の反逆者である。日本精神と日本人としての理性を失った反逆者達は、今後何をやりだすか判らない。我々は彼らの行動を厳重に着視せねばならない」

 文中の秘密警察課とはDOPS内部のセッソン・デ・セルヴィッソ・セグレードのことである。直訳すれば秘密業務課であるが、執筆者は秘密警察課としている。

 また秘密という文字を冠しているが、公然と行動していた。

 課員の中に前出のロンドンがいた。

 なお文中の「着視」は「直視」のことであろう。

 執筆者は、この手記で、DOPSの内部で起こっていることを広く知らせようとしたのであろう。

 内部で起こっていることは、他の釈放者たちによっても、口頭で伝えられていた。

 想像を絶する精神的拷問

 秘密業務課は、当時の日本人にとって想像を絶する精神的拷問をやってのけた。

 天皇の御真影を土足で踏ませたのである。

 踏まないと、ロンドンたち刑事七、八人で殴り、蹴り上げ、背後からカービン銃を、左右からブローニングを突きつけ、肩を掴み、腕をねじ上げ、足を取って踏ませた。唾を吐きかけさせた。

 当然、猛烈な抵抗が起った。

 強要された一人は、

 「そんなことをするくらいなら、こうする」 

 と窓に向けて走った。墜落死は確実な高さだった。

 が、刑事に押さえ込まれた。

 これが(前章で名前の出た)ツッパンの山内房俊である。

 臣道連盟支部の青年部の指導をしていたが、支部の役員だった父親の健次郎と共に検挙・連行されてきていた。

 房俊は三十歳を少し越しており、ツッパンでは親子で自動車の修理工場を営んでいた。

 ここで、余談を挟むが、房俊はそれから半世紀以上も後の二〇〇四年、ツッパンで健在だった。九十歳ということだった。

 筆者は日高の案内で、彼を訪ねた。往時のことを雑談風に聞いたが、敗戦派だった人間の名前が出ると、

 「あいつはハイセンだからナ」

 といった具合に、その頃に戻った様な顔つきで敵意を込めて話すのには驚いた。

 戦時中、薄荷の栽培者が、その蒸留装置を作ってくれと頼みにきたことがある。房俊は「馬鹿野郎、薄荷はナ…とどやしつけてやった」そうである。

 無論、薄荷は米国に輸出され軍需物資になるから、祖国日本にとっては利敵行為である、と怒ったのだ。(10章参照)

 筆者はその後もう一度、この老人を訪ねた。その高齢で車を運転して町をひと回りしてくれた。

 自動車部品の修理工場は、この時点でも続けており、息子さんたちが継いでいた。

 ブラジル中から仕事の依頼がくるということだった。大型貨物自動車のエンジンが遠隔地から送られてきて、工場の中に置いてあった。その大きさに筆者は目を見張った。(つづく)


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