《記者コラム》選挙キャンペーン最前線の裏側=(5)=サンパウロ州初の女性副知事誕生か=大浦智子

今年のブラジル選挙の立候補の届出が8月15日、締め切られた。ブラジル庶民の冷めた選挙へのまなざしに対して、選挙戦舞台の役者はこれからが本番勝負だ。
筆者が補佐するサンパウロ州議員の立候補者アブドゥルバセット・ジャロール氏(32)も、ここ数週間は一日2~3時間の睡眠続きで、食事さえままならない。
8月初頭の政治ニュースでジャロール氏にとって一番ホットだったのは、当コラム第一回でも取り上げた、サンパウロ州知事から上院議員への立候補に変更したブラジル社会党(PSB)のマルシオ・フランサ元サンパウロ州知事(59)のルシア夫人(60)が、サンパウロ州知事に立候補した労働党(PT)のフェルナンド・ハダジ元サンパウロ市長(59)の副知事としてタッグを組んだ事だ。

ジャロール氏がPSBから立候補することになった理由は、ルシア夫人の声掛けがあったからだ。同ニュースの公開日、ジャロール氏は特別にPSBの事務所に呼ばれ、ルシア夫人から直々にその話が伝えられた。
移民難民問題に力を入れている党は少なく、ましてやジャロール氏のような帰化難民を党が推薦して立候補させるという党はさらに少ない。
その点、社会の様々な層を主役として教育に力を入れようとうたうPSBは、難民への考え方もフランクで、ハダジ氏に譲渡されたフランサ政権だった場合の政策プランには、移民難民支援に関する案がしっかりと書き込まれている。
ルシア夫人が副知事になった場合、州の移民難民セクターは強化されることになり、新しい移民の活躍の場が広げられることに期待が寄せらていれる。

PSBは昨今話題となっているSDGs(持続可能な開発目標)への取り組みに最適なイデオロギーを持っているように見える。ジェラウド・アルキミン元サンパウロ州知事(69)がルーラ氏の“万が一”を見越して副大統領から大統領の座に王手をかけ、アラブ系ネットワークに通じていそうなフランサ夫妻と、メディアでおなじみのちゃきちゃき物言う若手女性連邦議員タバタ・アマラール氏(28)が入党するなど役者も揃いつつあり、時勢に乗りかけていると言えそうだ。
PSBの顔で次期大統領として目されながら、2014年に飛行機事故で亡くなった故エドゥアルド・カンポス氏(享年49)の息子ジョアン・カンポス氏(28)は、現在レシーフェ市長で、親の後を継ぎPSBの顔でもある。
先のタバタ氏とは遠距離恋愛ならぬ遠距離パートナーと公言し、手を取り合ってブラジルでの覇権を狙っていきそうな様相だ。今のところスキャンダラスな話題もなく若く華やかなだけの2人で、ブラジルのメディアはその辺は意外と大人で、プライベートな男女関係を騒ぎ立てることもない。日本なら女性誌辺りが彼らの後をつけ、揚げ足を取る機会を狙い、党のウィークポイントにもなり得る2人に見える。

右派左派の大政党の陰でいつも表舞台には上がりきらなかったPSBが、アルキミン氏、ルシア夫人の立候補によって、「虎の威を借る狐」の立場から、一躍トップの座に躍り出てくる可能性が出てきた。彼らの選挙目標は、大統領ルーラ、サンパウロ州知事ハダジ、上院議員フランサの当選である。
当コラムの一つのキーワードとなっているアラブ系。ジャロール氏こそシリア出身であるが、アルキミン氏、ハダジ氏、ルシア・フランサ夫人のルーツは、オスマン帝国での迫害や社会経済の疲弊を逃れ、新天地へ移民したレバノンのキリスト教徒である。
楽器の箱に潜んで日本を脱出した、ブラジル生まれの日産元社長カルロス・ゴーンと同じルーツの、したたかな移民の子孫である。