site.title

【ブラジル日本移民115周年記念特集】《記者コラム》ラヴァ・ジャットが失墜した経緯=追い詰められた〝英雄〟たち

2023年6月17日

連邦地裁判事時代のモロ(2015年、Foto: Marcos Oliveira/Agência Senado)
連邦地裁判事時代のモロ(2015年、Foto: Marcos Oliveira/Agência Senado)

 「ボルソナロ前大統領の今後」以上の注目を今集めているのは「ラヴァ・ジャット作戦のその後」ではないか。タクラ・ドゥラン弁護士による、セルジオ・モロ(当時)判事(現上議)の関係者による不正行為疑惑の糾弾に、パラナ州連邦検察局主任だったデルタン・ダラグノル氏の突然の下議罷免。就任当初から物議をかもす存在だったボルソナロ氏に対し、モロ氏やデルタン氏はある時期は「ブラジル政界の浄化の英雄」として最も尊敬の眼差しを受ける存在であった。それだけに現在の凋落には驚かされるものがある。一体何がそうさせたのか。

説明がつかない?!「主犯の野放し」

 LJ作戦のスタートは2014年。当時モロ氏は「政治家にひるまず立ち向かう判事」としてマスコミの注目を集めていた。同判事は、その10年前の2004年に、その当時の最大の汚職スキャンダルと言われていた「バネスタード作戦」で台頭したパラナ州の連邦地裁判事だった。
 だが実際は、事件に絡んだ民主社会党(PSDB)の政治家には最初あまり影響がなかった。加えて、同州の闇ブローカーだったアルベルト・ユセフ氏が同作戦の主犯格の一人ながら3年ほどの軽い実刑で出所した。するとユセフ氏はLJではさらに大きな主犯として暗躍する。今度は100年以上の実刑を受けたが、司法取引の結果、またしても3年程度で外出許可が出る処遇となっている。
 いくら捜査に協力したとはいえ、以前の軽い処罰が再犯を招いたことは否定できず、同じことをまた繰り返した。これがなぜなのか、2023年の今も謎のままだ。

「政界の浄化」のはずが、なぜ老舗政党叩きに

 LJは「ペトロブラスの契約で外部企業の口利きをした政治家の収賄事件」を主に扱うもの捜査だった。そこで標的になったのは、当時の政権与党だった労働者党(PT)と民主運動(MDB)と進歩党(PP)の3党。この中で捜査対象者が最も多い政党はPPだった。
 だが、なぜか捜査を受けるのは、当時のジウマ大統領のPTと、連邦議会と知事で強いMDBばかりで、PPの政治家はなかなか捜査されなかった。やがて、野党最大勢力のPSDBも捜査の流れに加わっていく。
 この影響で、それまで「3大政党」として政界のバランスを取ってきたPT、MDB、PSDBが勢いを落とし、最も保守的で予てから汚職も多かったPPの現在に至るまでの台頭を招く事態という、矛盾する結果を招いてしまった。

次第に違和感を生んだモロ氏のスタンドプレイ

 モロ氏の存在がとりわけ大きくなったのは、2016年3月、ジウマ大統領がルーラ氏を官房長官に就任させた際の任命証を渡した時の会話だ。俗にルーラ氏の言葉を取って「チャウ・ケリド」と呼ばれるものだが、その部分を連邦警察が盗聴しモロ氏が流すことを許可した。「ルーラの逮捕逃れのためにジウマが公職につけた」と国中がパニックとなった。
 モロ氏のこの行為は当時、PT政権の終焉を望んでいた人には喜ばれた。だが、大統領の盗聴や漏洩は違法行為であり、国を混乱に巻き込んだということで、最高裁内にモロ氏への強い反感も生まれ始めた。
 さらに2018年10月。大統領選の直前に、モロ氏はPT政権の財相・官房長官を歴任し、LJで逮捕されていたアントニオ・パロッシの証言を流し、ボルソナロ氏に対抗していたPT候補フェルナンド・ハダジ氏にダメージを与えた。
 このパロッシ氏の証言は連邦警察から「信用性がない」と一度却下されていたものだった。ルーラ氏やジウマ氏が汚職をしていたとのパロッシ氏の発言内容は、その後も「虚偽だった」との判断が下されている。選挙後、モロ氏はボルソナロ氏の法相となった。

証拠を示さない裁きぶり

パラナ州連邦検察局主任だったデルタン・ダラグノル氏(2015年、José Cruz/ABr, via Wikimedia Commons)
パラナ州連邦検察局主任だったデルタン・ダラグノル氏(2015年、José Cruz/ABr, via Wikimedia Commons)

 モロ氏の裁判のやり方に関しての疑問は2017年頃から生まれてくる。この年の9月、モロ氏は1審でルーラ氏に9年の実刑判決を下したが、証拠不十分との声がPT支持者以外からも上がっていた。
 さらに翌18年1月、2審となる第4連邦地域裁(TRF4)は1審の刑期をさらに伸ばす判決を下した。その後、モロ氏とTRF4の相思相愛ぶりは様々な局面で浮上してくることとなる。
 またモロ氏は2020年4月に法相を辞任する際、「ボルソナロ大統領が連警人事に介入した」ことを証拠付きで証明するとして大いに注目されたが、説得力に欠ける告発内容で肩透かしに終わった。この時にボルソナロ支持者の機嫌を損ね支持を落としている。

LJの運命を決定的に変えたヴァザ・ジャット

 やはりLJにとって決定的な大打撃となったのは2019年6月のヴァザ・ジャット報道だ。モロ、デルタン両氏の携帯電話の通話内容をハッカーが不正取得してサイト「インターセプト」に伝え、それを暴露した。
 ここでは裁判官であるモロ氏が、あたかも検察のトップであるかのように振る舞い、裁判における検察側の指示まで事前に行っていた。ルーラ氏が不利になることを引き出すまで報奨付証言として認めようとしなかったこと、モロ氏が捜査対象者の選り好みをしていたことが明らかにされた。
 デルタン氏に関しても、LJの規模を大きくしようと講演会などに奔走する姿が記録され、同年3月に行った「25億レアルのLJファンドを作りたい」との発言が「野心が現れたものだったのでは」と疑われるような展開となってしまった。同氏はこれらのことで検察の倫理委員会から15件も訴えられた。それから逃れるように検察をやめ下議に立候補。これがのちに致命傷となってしまう。
 これで司法の態度が変わり、実刑を受けていたルーラ氏が釈放され、大統領選出馬も認められる原因にもなった。さらにこれまでモロ氏を英雄として盛り立てていた大手メディアの態度も変わっていった。

政界進出と、現在

 LJが失速する一方で、モロ氏は上議、デルタン氏とモロ氏のロザンジェラ夫人は下議に22年の選挙でそれぞれ当選した。モロ、デルタン両氏ともに、1月8日の三権中枢施設襲撃事件の直前まで軍施設の前でのボルソナロ派の抗議の撤去に反対。デルタン氏に関しては、フェイクニュース規制法案に関し「信仰までが検閲される」と、福音派としての強い主張なども展開した。
 その矢先、デルタン氏は倫理委員会の審判から逃れるために検察をやめ、政界進出した疑いを問われ、就任4カ月足らずで下議を罷免された。
 モロ氏は現在、タクラ氏からの訴訟や今年からLJ担当になったエドゥアルド・アッピオ判事から不正疑惑の追及を受け、その対策に追われている。助け舟を出すTRF4との関係性がさらに疑われたり、「モロ氏の非公式潜入者だった」ことを自称する新たな人物の浮上などで苦しい立場にある。(陽)


【ブラジル日本移民115周年記念特集】《記者コラム》3大会先まで楽しみなサッカーW杯=続々と現れる神童や逸材に期待前の記事 【ブラジル日本移民115周年記念特集】《記者コラム》3大会先まで楽しみなサッカーW杯=続々と現れる神童や逸材に期待【ブラジル日本移民115周年記念特集】《記者コラム》移民の日に先達の労苦想う=文化や民族の多様性と差別次の記事【ブラジル日本移民115周年記念特集】《記者コラム》移民の日に先達の労苦想う=文化や民族の多様性と差別
Loading...