【ブラジル日本移民115周年記念特集】《記者コラム》移民の日に先達の労苦想う=文化や民族の多様性と差別

5月23日、芸術家や文化庁、文化省、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の代表者らがブラジリアで集まり、「対話と発展のための文化多様性の世界デー」を祝ったと同日付アジェンシア・ブラジルが報じた。このイベントは、サッカーのスペイン国内リーグで5月21日に起きたレアル・マドリード所属のヴィニシウス・ジュニオルに対する人種差別問題で世界中が揺れる中で開催された。
文化多様性の世界デーとは

この記念日は、世界中に存在する異なった文化表現の重要性を国民や政府に認識させるため、2002年に制定された。ブラジルユネスコ代表のマルロヴァ・ノレト氏は、2000年代半ばに文化表現の多様性を維持・促進するための条約を順守するよう各国を説得した際、ブラジルが重要な役割を果たしたと述べた。当時の文化相ジルベルト・ジルは世界中を旅し、文化的多様性の重要性を説き、ブラジルは最初の署名国の一つとなった。
ノレト氏は「文化多様性の日は人類としての共通の価値観を思い出して広め、社会的、教育的、文化的、環境的権利を保証し、維持するための戦いを強化する方法を私達に示している」と述べた。
マルガレス・メネゼス文化相は「文化的多様性とは様々な集団やコミュニティに存在する習慣や伝統、信念、価値観、言語、表現形式の多様性を指す。それが世界への理解を豊かにし、違いを尊重することを促し、異なる文化的アイデンティティの保存を確実にする」と強調。

と同時に、「文化の多様性は紛争や差別の原因にもなり得ることを認識することが大切で、統合と異文化間の対話の促進に努める必要がある。世界は偏見や人種差別との戦いにおいて重要な時期を迎えている」「多様性は公平で包括的な社会を構築するための基礎」とも語った。
ユネスコによると、世界中の抗争の89%は異文化間の対話が少ない国で起きている。文化や創造部門は世界で最も強力な発展の原動力の一つで、文化は雇用全体の6・2%、世界の国内総生産(GDP)の3・1%を占めているという。
サッカー界などでの差別

他方、5月21日に起きたヴィニシウスへの差別行為は、スポーツ界を始め、ブラジル大統領や法相らの政界関係者に国連、人権問題関連の国際会議、団体からも批判を浴びた。
試合後は、ヴィニシウスへの罵声や野次が間断なく続いていたことや、ビデオ鑑定用に送られ、審判がレッドカードを出す判断材料となった映像は出来事全体を伝えておらず、偏りがあったことなどを主張するレアル・マドリードの資料が認められ、レッドカード撤回や相手チームへの罰金などが決まった。
だが、スペインで行われた聞き取り調査では、「スペインでは人種差別はない。あの事件はライバル意識が高じただけ」という声が聞かれ、レッドカード取り消しへの抗議などが起きている。また、相手チームへの罰金額や応援団をスタジアムに入れずに行う試合数も軽減された。
ヴィニシウスの件はサッカー界での差別行為の一例だが、人種や性差などによって生じる格差も含めた差別は多岐にわたる。これらはまさに、メネゼス文化相が語った「文化の多様性は紛争や差別の原因にもなり得る」という言葉を裏付け、実証するものだ。
また、選挙時は黒人系候補や女性候補を一定率以上出すことを規定した法律を破った政党への罰則免除への動きなど、差別や格差をなくそうとする動きに逆行する動きが出ていることも懸念材料だ。
ブラジル内での差別の対象は黒人系だけではなく、先住民の人権を無視した居住地への侵入や金の不法採掘、昨今盛んに取り上げられている奴隷労働、同性愛者などのLGBTQ+差別なども問題視されている。メディア関係者は圧倒的に白人が多いのも格差の一例だ。
5月26日付アジェンシア・ブラジルは、ブラジル社会に溶け込もうとする際に難民が直面する課題や偏見について報じている。
「ブラジルは差別がないと聞いていたが、やはり差別はあった」という日本移民の先人の言葉に苦労を思い、彼らがそれをはねのける労苦の上に現在の日系社会は成り立っているとの思いも強くさせられた。日本にいた時に贈られた言葉の中に「水を飲む時は井戸を掘った人のことを忘れてはならない」という言葉があったことも思い出す。
文化的多様性は文化や社会などを豊かにするが、現実はきれいごとでは終わらない。人種の坩堝であるブラジルだからこそ、移民、難民の存在や民族の文化、慣習などを大切にする姿勢を再確認しつつ、移民の日を迎えたい。(み)