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ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(287)

2025年11月14日


ただ、日本の動きを伝える頁に、東京から送られて来たニュースを載せている。それを詳しく読み続ければ、敗戦を報じていると判る…という程度の内容である。

それでも、同紙はそれだけのことはした。

他紙は、それすらしていない。

サンパウロなどレロレロ(どっちつかず)と言われた。

戦勝派と言われた新聞すらあった。時報と昭和である。

時報は復刊第一号で、祖国の戦勝を祝う記事を掲げたという。(その第一号の保存版は見つからない)

しかしながら以後は、保存されている一部の紙面を筆者が観た限りでは、戦勝を明記した記事は無い。

実は発行者の黒石清作自身が、敗戦を認識していたという。ただ、読者層の殆どが戦勝派であったため(勝敗以外の)彼らが喜びそうな記事で紙面を作っていたようだ。

そういう意味での戦勝派だったのだ。

「ワシも食わねばならんからネ」

と黒石が知人に漏らした…という話を筆者は何かの資料で読んだことがある。

昭和は十五章で記した様に、発行の中心だった川畑三郎が後年、その動機を、

「当時、戦勝派は…(略)…『狂信の徒』『愚民集団』の嘲罵を一方的に浴びながら、一矢も酬いる術もなかった。これは戦勝派の思想、心情を世に訴える言論機関を持たなかったからである」

と記している。

しかし関係者の記録によれば、川端は、戦勝説を唱えたことは一度もないという。

彼もやはり、敗戦には気づいており、勝敗問題以外の戦勝派の思想、心情を記事にしたのであろう。

つまり、これもそういう意味での戦勝派だったのだ。この新聞も保存版は殆ど見つからない。

その他二紙も、勝敗問題は避けた紙面作りをしていたという。

全紙、こういう具合であったのは、黒石が漏らした様に、営業上の都合であったろう。当時はコロニアの殆どが戦勝派であり〝敗戦〟をハッキリ紙面で表現したら、新聞が売れなくなる…と危惧したのだ。

さらに、襲撃されるという危険を感じていたかもしれない。

理由はどうあれ、邦字紙が敗戦報の掲載を避けたとすると、何のための発行だったのか…ということになる。

ただ、襲撃事件は、発行が始まった頃から、下火になり、間もなく終わっている。

偶然、そうなったのであろうが、戦勝・敗戦両派の殺気立った気分を、幾らかは和らげる効果があったかもしれない。

活字による情報は、妙に人の心を鎮める。

しかしコロニアの敗戦認識を遅らせ、両派の対立を一九五〇年代後半まで長引かせてしまったことは事実である。

そのため「ブラジルの日系人の中には、十年、日本の敗戦を知らなかった勝ち組がいた」といった類いの嘲笑を何処かから買うことになる。

正確に言えば、知らなかったのではなく、認めなかったのであるが…。

また、邦字紙は既述の様に、連続襲撃事件の真相を把握できず、誤報を繰り返した。そのためコロニアの殆どが、臣道連盟犯行説を信じ続けた。それは半世紀以上そうであった。

以上の報道ぶりを振り返りながら、三浦鑿がサンパウロで健在だったら、どうしたであろうか…と筆者は思った。(三浦=四章参照)

もっと違う誇らしい邦字紙の歴史をつくっていたのではあるまいか…。


下元健吉の野心的戦略


一方、再出発ぶりに勢いがあったのが産組である。その力があったのだ。

当然のことで、戦時中は資産凍結を免れ、しかも戦争特需の影響で生産物の市況が高水準を維持、戦後もまずまずの線を行っていたからである。

その勢いの良さの中でも、瞠目すべきが、コチア産組の下元健吉が打ち出した野心的な戦略である。

一九四五年八月、祖国の敗戦報を耳にした時、下元は友人と相擁して号泣したという。

ところが、その一週間後には(開戦まで彼が専務理事を務めていた)産組中央会の幹部職員二人を呼んで、こう指示している。

「ともかく戦争は終わった。早晩、組合の仕事は自分たちの手に戻ってくるだろう。

再出発の組合運動はどうあるべきか。戦前の様な行きあたりばったりの組合ではなく、地方別に強力な組合をつくることが必要だと思う。そのためには俺の処も、発展的解消ということが必要かもしれない。君たちは、その点検討しておいて貰いたい」(文中、仕事とは経営、運動とは活動の意)

この下元の言は極めて壮にして大胆である。

「コチアを含めて既存の産組を総て解散させ、全く別個の地方別組合とその中心機関を組織する」ことを意味するからだ。

日系産組の総合的な再編成・一本化である。

そのためには、自身が苦心惨憺育て上げたコチアも解消する…とすら言っているのだ。

何故、下元は突如、こんなことを言い出したのだろうか?

この疑問に適格に答える資料は見つからない。

以下は、断片的な諸資料を基に組み立てた筆者の〝読み〟である。

下元は…これまで何度も触れたことであるが…宿願である新社会建設のため、その奇策を思いついたのだ。(つづく)


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