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東洋街の奴隷時代の墓地遺跡=絞首刑者遺骨を発掘再発見

2025年11月20日

万華鏡1
発掘作業の様子(Foto: Divulgação/Zanettini Arqueologia)

サンパウロ市セントロに位置し、東洋人街として観光客で賑わうリベルダーデ区で、絞首刑者の遺骨とみられる人骨が新たに見つかり、かつてこの地が非カトリック信者に加え、死刑囚や逃亡奴隷の埋葬地であったことが再認識されたと19日付BBCブラジル(1)が報じた。

発掘調査が行われたアフリトス礼拝堂は、墓地の一部として1779年に建てられた。非カトリック信者として社会的に排除された人々や奴隷、先住民、貧困層、広場の絞首台で処刑された者たちの埋葬地だった。アフリトス礼拝堂内の発掘現場からは今回、5〜10人分の人骨が発見された。

現在のリベルダーデ広場は、1765〜1874年の絞首刑場で、処刑された人を含めて多くの人々が埋葬されたと考えられている。

考古学者パウロ・ザネッチーニ氏は「遺骨の発見は、リベルダーデ地区の歴史を再確認する重要な手がかりとなる」と述べており、今回の発見が奴隷制時代の負の歴史を再度浮き彫りにする結果となったと強調している。

発見された遺骨のうち、5体は「構造的埋葬(sepultamento estruturado)」と呼ばれる方法で埋葬された可能性が高い。これは、遺骨が特定の墓所や穴に整然と配置されているもので、かつての葬儀室の周辺の約1メートルの深さに位置していた。一方、祭壇裏やトイレ付近の床下からも、50センチメートルほどの深さで無秩序に埋められた人骨も発見されており、無縁墓として処理されたことを示唆している。

発見された遺物には、人骨、陶器の破片、食器の破片、および葬儀用の衣類が含まれていた。その中の1人は装飾品とネックレスを身に着けており、その人物がコミュニティ内で重要な存在であったことを示していると考えられている。

ザネッチーニ氏は「調査は現在進行中で、さらに新たな遺骨が発見される可能性がある。祭壇の床下には複数の遺骨が積み重なっているため、それらを個別に識別し、全体像を再構築する必要がある」としており、今後の調査結果に注目が集まっている。

発掘調査は、リベルダーデ区の歴史的価値を評価するために行われており、アフリトス礼拝堂の修復作業の一環として進められている。この調査には、サンパウロ総合大学(USP)の考古学および人類学の専門家が関与しており、発見された遺骨はDNA分析を受けることになる。これにより、遺骨の出自や、奴隷としてブラジルに連れてこられた人物かどうかが明らかにされることが期待されている。

リベルダーデ区の奴隷時代の歴史は、観光地化が進む中で見逃されてきたきらいがある。同地区には、黒人や先住民に関連する歴史的な記録や顕彰がほとんど見られないことも一部で問題視されている。

リベルダーデ広場にある小さなサンバ歌手マドリーニャ・エウニスの像は、数少ない黒人社会の象徴だ。その現実に対して、歴史家や社会運動家は、リベルダーデ区が持つ黒人や先住民の歴史を再評価し、公共の場でその重要性を強調する必要性を訴えている。(2)

サンパウロ州立大学(UNESP)の歴史学者パウロ・エンリケ・マルティネス教授は、「過去の暴力的な出来事への批判的な振り返りは、世界中の公共政策の中で重要なテーマとなっている」と語り、今発見が地域のアフリカ系住民の過去の歴史を明らかにすることの意義を強調した。

マッケンジー大学の研究者である歴史学者ヴィクトル・ミシアト氏は、この発見が奴隷制や黒人の歴史を再構築する手助けとなり、サンパウロにおける欧州中心的な視点が、このアフリカ系の歴史を隠してきたと指摘し、このような発見が黒人コミュニティのアイデンティティの回復を助けると指摘した。

発見された遺骨は、遺族や地域住民と共に、その尊厳が守られる形で新たに埋葬されることが決定している。アフリトス礼拝堂に関する詳細な歴史は、21年10月5日付ニッケイ新聞記事(www.nikkeyshimbun.jp/2021/211005-41colonia.html)で。


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