常夏の国から氷雪の舞台で大暴れ=冬季五輪初表彰台へ本気モード
「冬=無縁」のイメージを、ブラジルが豪快にひっくり返そうとしている。常夏の国というイメージとは裏腹に、近年は国際舞台で結果を残す選手が続出。2024〜26年にかけてはW杯で次々と表彰台に上がり、メダル獲得数は合計14個にまで伸びた。これまで冬季競技では無名に近かったブラジルだが、世界最高峰の舞台で安定して結果を出す選手がそろい、6日に開幕するミラノ・コルティナ五輪2026では、南米勢として初の五輪表彰台も現実味を帯びてきた。(1)
代表チームの柱となるのが、近年の国際大会で実績を積み重ねてきた3人だ。まずはアルペンスキーのルーカス・ピニェイロ・ブラーテン(25)。ノルウェー・オスロ生まれで、父はノルウェー人、母はブラジル人。幼少期にはサンパウロ州で過ごし、当初はロナウジーニョに憧れてサッカー選手を夢見ていたという。しかし9歳のとき、父に勧められて初めてスキーを体験すると、「これが自分の道だ」と直感した。
その後、ノルウェーの育成チームに招かれ、早くから頭角を現す。20歳でオーストリア・ゼルデンで行われたアルペンスキーW杯開幕戦の大回転を制し、男子種目では21世紀生まれで初めてシーズン初戦を勝ち取った。2022/23シーズンにはスラロームで年間王者となり、表彰台は7度を数えた。
2023年にはノルウェー連盟との確執から一度引退を決断したが、翌年、ブラジル代表として復帰。以降もスラロームと大回転で安定した成績を残している。W杯通算メダルはすでに10個。ダンスや音楽、サーフィンにも親しむ多彩な一面を持ち、ファッション界からも注目を集める存在だ。(2)
氷上競技では、スケルトンのニコーリ・シルヴェイラ(31)がブラジルの主力だ。リオ・グランデ・ド・スル州リオ・グランデ生まれで、7歳のときにカナダ・カルガリーへ移住。体操やサッカー、バレーボール、ラグビー、さらにはボディビルまで幅広い競技を経験してきた。
転機は2017年。買い物中に偶然再会した元同僚から、ブラジル代表のボブスレー候補として声をかけられたことだった。同じ施設でスケルトンの練習を目にしたことをきっかけに転向を検討し、当時のブラジル氷上スポーツ連盟(CBDG)会長マテウス・フィゲイレドから正式な打診を受けた。
2018年には米国で行われた育成講習に参加して基礎を習得。同年のアメリカ杯で6位に入り、ブラジル人として初めて世界選手権にも出場して24位となった。その後も着実に力を伸ばし、W杯では銅メダルを3個獲得。2024/25シーズンは世界ランキング4位、本年度も総合9位につけている。北京五輪では13位に入り、これはブラジルの冬季五輪における氷上競技での最高成績となった。
競技と並行して高齢者医療施設で看護師として勤務し、パンデミック下でも医療現場に立ちながらトレーニングを続けた。私生活ではベルギー代表のスケルトン選手キム・マイレマンス(29)と同性婚を結び、同じコーチのもとで練習を重ねている。(3)
スノーボード・ハーフパイプでは、パトリッキ・ブルゲネル(31)が有力選手だ。スイス・ローザンヌ生まれで、父はスイス人、母はレバノン出身。母は内戦を逃れ、10代でブラジルへ移住したという。
ブルゲネルは「母の家庭は常に人が集まる温かい場所で、ブラジル的な開放性の中で育った」と語る。4歳で競技を始め、10歳で360度回転を成功。注意欠如多動症(ADHD)の診断を受けたことをきっかけに、家族の後押しで競技に打ち込む道を選んだ。
13歳で学業より競技を優先する決断を下し、翌年にはスイス代表入り。16歳で超大技「スイッチ・バックサイド・トリプルコーク1440」を成功させ、国際舞台で注目を集めた。
2010年以降はW杯や世界選手権で表彰台を重ねた。2014年には膝の靱帯断裂で長期離脱を余儀なくされたが、その間に音楽活動を本格化し、現在までに100回以上の公演実績を持つ。
2018年平昌五輪で5位、2022年北京五輪で11位と世界トップクラスの実力を示してきたブルゲネルは、2024年に母のルーツをたどる形でブラジル国籍への変更を決断。2025年に所属変更を完了し、W杯で4位、さらにブラジル史上初のスノーボードW杯メダルを獲得した。(4)
ミラノ・コルティナ大会では、ブラーテンが14日の男子大回転、16日の男子スラロームに出場し、シルヴェイラは13日の1・2走、14日の3・4走で総合順位を争う。ブルゲネルは11日の予選に臨み、13日の決勝へ進めば3本の演技で表彰台を目指す。大会の模様はブラジル国内でグローボ系列が一部を放送し、YouTubeチャンネル「カゼTV」でも配信される。
常夏の国から、氷雪の大舞台へ。ブラジルの挑戦は、いよいよ本番を迎える。








