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サンパウロ日本人学校=「さよならカンポリンポ」=53年の歴史、1万人の学び舎=約1千人が惜別イベント

2026年2月14日

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 サンパウロ日本人学校(田村洋幸校長、児童・生徒134人)は7日、校舎移転にあたって思い出を振り返るイベント「さよならカンポリンポ〜先輩と共に〜」を同校体育館で開いた。現地には同窓生ら約80人を含む学校関係者386人、東京会場に150人、オンライン(Zoom)で500人が参加し、53年に渡る歴史を振り返ると共に、多くの人々に見守られながら新たな門出を見送った。

 同校は1967年に文協ビルに日伯文化普及会の日本語講座として発足し、68年にサンフランシスコ・シャビエル学園内、70年にジャバクワラの独立校舎へ移転。74年にカンポリンポの現校舎に移った。途中で退校した児童・生徒を含め、約1万人の子どもたちが現在の校舎で学んだ。

 開会式では伊豆山定夫PTA会長が「私は同窓生で、中学1年の時にここカンポリンポへ移転したのを覚えている。今回の移転に深い感慨と不思議なご縁を感じている」と話し、「この校舎でのことはこれからも心に残り、大切な思い出になる。期待と希望を持って新たな校舎へ移ることができる」とあいさつした。

 校舎の思い出を振り返るパネルディスカッションでは、阿部ミホさん(17期)、野澤朋弘さん(38期)、瀬名波美恵子さん(元教員)、伊豆山玲夫さん(中学1年)、菅原満奈香さん(小学6年)が登壇した。

 思い出深いエピソードとして、瀬名波さんは「1981年ごろは生徒が1千人くらいいて、にぎやかだった。次の年からブラジル国歌も学校で歌うようにした。先生、子ども、職員からたくさん学ばせてもらった」と感謝し、伊豆山さんは「ロータリーで友達と遊んだり、議論したり…本当にいろんなことを話した。みんなで思い出を話し合いたい」と学校生活を振り返った。

 校舎で最後にやりたいこととして、菅原さんは「カンポリンポの丘でドローンで写真を撮りたい。忘れられない思い出になる」と提案。学校生活を通じては「自分から行動できるようになった」と笑顔を見せた。

 野澤さんは当時を振り返り、「のびのび育つ環境だった。運動会、カンポリンポ祭など個性を発揮できる機会が多く、毎日ワクワクしていた」と現在の自分に欠かせない経験ができたことを話し、阿部さんは「卒業後も同窓生で集まっている。すごく大切な友人ができた」と今も続く同窓生の絆に感謝した。

 その後、メモリアル動画で学校の歴史を振り返り、学校の好きなところや授業を絵や詩にした在校児童・生徒の作品も映し出された。参加者全員による「ふるさと」と校歌の合唱では、別れを惜しんで涙ぐむ同窓生の姿もあった。

 閉式では同窓会の石丸浩司さん(16期)、理事会の柴田一志理事長があいさつ。児童・生徒が退学をする際に歌う「希望の鐘」を全校児童・生徒が合唱し、在籍した年数だけ鳴らして仲間との別れを惜しみ、前途を励ます「希望の鐘」を代表生徒や理事長らが一回ずつ鳴らし、カンポリンポ校舎へ別れと感謝を告げると共に、新天地でも歴史を受け継いでいくことを誓った。



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