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ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(342)

2026年2月14日


 が、当時、年間九~十億ドルと概算されていた。この程度では、企業としては、驚くほど大きいとはいえない。

 さらに、組合員数については一万四、〇〇〇人といっても、これは購買部門の利用だけが目的の加入者も含めていた。北パラナの一部落では二、〇〇〇人も登録されていたが、生産物を組合に出荷していたのは二〇〇人くらいだった。

 「実際の戦力になっている組合員数は、コチア全体でどのくらい?」と、ある理事に聞いてみたことがある。

 「そうさナ…二、〇〇〇人くらいかナ…」

 という返事だった。もっと少なく見るべきだ、という説もあった。

 「大型の組合員五〇人が抜けたら、組合は傾く」

 という説すらあった。大型の組合員つまり大農というものは、かつてはコチアには存在しなかったが、六〇年代後半からの恩典付き融資を巧みに利用して、そうなった人々がいた。

 話は、六十周年記念式典の会場に戻る。

 スピーチの中で、会長のゼルヴァジオは「明日を考える」が、この式典のテーマであるとし、専務の小川は紡績工場の建設計画を発表、

 「コチアは、組合を核とした一大企業群へ発展して行く」

 と予告していた。

 休憩時間、会場からあふれ出た人々が、カフェーを飲みながら、やや昂揚した表情で、コチアの将来を語り合っていた。

 組合と農業者の経営環境が、日々、無気味さを増す中、小川の話に期待をかけている人もいた。

 しかし、コチアの(十年ごとに実施していた)創立記念式典は、これが最後となった。再び開かれることはなかった。七年後、コチアそのものが消滅してしまったからである。

 消滅させることになるのは、主としてバタタ、セラード、アサイ紡績工場だった。無論、その他の諸施設、諸事業への投資も原因していたが、この三大事業が致命傷となった。


 バタタ恐慌


 創立六十周年を祝った頃、実は兆しは現れていたのであるが、以後、年末にかけて、コチアにとって甚だ面白くない現象が発生した。

 代表的な取扱い生産物であるバタタの市況が低迷したのである。

 しかも一向に回復気配が見えなかった。

 やがて原因がハッキリした。バタタの使用量を、家庭の主婦が減らしていたのだ。生活費の切詰めが始まっていたのである。(バタタは、食材としては、高価格品であった)

 ハイパー・インフレが家計を圧迫した結果である。

 前記した様に、インフレは一九八〇年以降一〇〇㌫前後で推移、八三年からは二〇〇㌫台に乗り上げ、それが三年続いた。

 八六年は、サルネイ政権の物価凍結令で、一時、上昇が鈍った。が、その凍結は自壊、八七年には四〇〇㌫台へ突き進んだ。

 これは凍結の反動と国債の乱発によるものであった。

 前章でも触れたが、連邦政府はガイゼル政権以来、国営企業や地方自治体の赤字を国債の発行で補填していた。国債の乱発は、そのためであった。

 インフレの暴走にはコレソン・モネタリア=通貨価値修正=制度という小細工も、うまく機能せず、大衆の実質所得の減少は加速化、購買力が大きく低下しつつあった。

 それが、まことに判り易い形で現れたのが、バタタの市況だった。

 バタタに限らず、食卓と関係の深い近郊型の農産物は、インフレを大きく下回る価格上昇率となっていた。事実上の暴落である。一方で、営農資材の価格や金利は、インフレ以上に上昇中であった。収支のバランスは大きく崩れていた。

 コチアの(近郊型農産物)蔬菜の生産者は、組合から資材を借りて営農していたため、返済の見込みの立たない負債を背負い込んだ。

 ために出稼ぎに日本に行った。イヤ、行かされた。組合事業所の職員が、行くように勧めた。

 それしか方法がなかったのである。(職員が出稼ぎ業者と組んでいた、という説もある)

 なお、日本への出稼ぎは八〇年代中頃から始まり、八七年以降、急増、コロニアの大きな社会現象となっていた。

 コチアのバタタ生産者も、資材を組合から借りて営農していた。が、バタタの場合は、つくった借金を出稼ぎで…という具合にはいかなかった。「バタタでつくった借金は、バタタで返す以外ない」といわれるほど資金量が嵩むのである。

 一九八七年、バタタ生産者は大きな赤字を出したが、八八年も、組合から資材を借りて、植え続ける以外なかった。

 資材というのは種子、肥料、農薬その他である。

 組合は、その仕入れ資金を銀行からの借入れで賄っていた。それは農業融資だけでは足りず、普通の高利の資金も調達、使用していた。いわゆるホット・マネーである。これに手を出すことは、平時でも自殺行為といわれる。(つづく)


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