70年前のSFが予言した現在=『華氏451度』との不気味な共通点=サンパウロ在住 毛利律子
毎年、年の後半になると、世界の多くのメディアが翌年の予測や展望を発表する。
中でも、英国で1843年に創刊された『エコノミスト』は、経済、政治、国際関係、技術、文化など幅広い分野を分析。世界中の政策決定者や知識層に影響を与えてきた。その主要株主には、ロスチャイルド家をはじめ、イタリアの財閥などが名を連ねる。
表紙が「予言書」と呼ばれる理由
同誌が毎年発表する「The World Ahead」シリーズは、ときに「予言書」とも呼ばれる。過去には、世界経済や政治の大きな動きを的確に捉えてきた実績があるからだ。2026年版は、昨年11月に公開された。
その表紙には、AI、戦争、自然災害、経済などを象徴するモチーフが散りばめられ、まるで近未来の混乱を暗示しているかのようである。
表紙は、大きな球体だ。右下にはサッカー選手が派手にボールを蹴り上げている。確かに、今年は、アメリカ・カナダ・メキシコの3カ国でサッカーワールドカップが開催される。しかし、蹴り上げたボールの中身を見て驚いた。
中央には「250」という数字が大きく描かれたケーキがドンと居座っている。その真下には、トランプ大統領がいるから、これはアメリカ建国250周年を指しているのは間違いない。
しかし、そのケーキは不穏な要素で満ちている。上には、輸送船に偽装した軍艦が砲弾を撃ち込み、巨大なコンテナ船が浮かんでいる。周囲には、トランプ大統領をはじめ、インド、イタリア、ウクライナ、中国、ロシア、イスラエルの首脳たちが取り巻く。中央には鋭い剣が描かれ、各国の思惑と衝突を象徴しているように見える。
今年の世界は「混乱」「加速」「対立」の3つの方向に同時に進行か
争う剣の下には、急落する株価チャートグラフ。ひび割れたドルマークは、世界経済の金融危機の可能性を示しているのか。
ゲームコントローラーと接続された〝脳〟のイラストは、「世界の戦争や混乱を裏からコントロールする存在」「世論や認知を操作する情報戦・認知戦」の象徴か。
点在するロボットやドローン、機械的なアームなどがある。これは、AIやロボティクスの急速な導入によって、多くの仕事が自動化される未来を象徴。AIバブルの崩壊や、失業の増加、仕事のあり方の変化が2026年以降の重要なテーマになる。
自然災害や環境危機を連想させるシンボルとしては、倒れかけたワイングラス(大地震の揺れ)、大きな波(津波や異常気象)、溶ける氷(地球温暖化・気候変動)、ウイルスとカプセル(パンデミック・医療危機)などがある。
中には、衛星からのビームのようなものが描かれた箇所もあり、自然災害だけでなく、「人工的に引き起こされる災厄」を連想させる構図にもなっている。これは、気候操作、天候兵器、インフラへのサイバー攻撃などを象徴している可能性もあるという。
日本への予言
エコノミスト誌は、日本人が最も警戒すべき「5つの現実的リスク」を、次のように挙げている。
①円とドルの崩壊連動リスク。日本円はドルと極めて強く連動した通貨で、よってドルが崩れれば円も同時に大きなダメージを受ける構造になっている。
現在すでに日本円は歴史的な円安水準にあり、今年に本格的なドル危機が起これば、
●輸入物価のさらなる高騰
●ガソリン・電気・食料の価格爆発
●国民の実質賃金の急激な低下
といった「静かな経済崩壊」が進行する可能性がある。
②日本が巻き込まれる「台湾有事と極東戦争」
表紙に描かれた剣・戦車・ミサイルは、局地戦では終わらないことを示しているのか。
日本にとって最も現実的な戦争リスクは、台湾有事である。日本が前線国家になるルートだからである。
もし台湾で戦争が始まれば、
●在日米軍基地は即座に攻撃対象
●沖縄・九州・関東の米軍施設が標的
日本は事実上の戦争当事国となる可能性が極めて高いとされている。
③日本を直撃する「人工災害・パンデミック再来」
表紙全体がウイルスのような構図をしており、さらに無数のカプセルが描かれている。これは、新たなウイルス、または人為的なパンデミックの再来を示唆している。
日本は高齢化率が世界最高水準であり、再びパンデミックが起これば、
●医療崩壊
●経済停止
●高齢者層への深刻な被害
といった前回以上の打撃を受ける可能性がある。
④日本列島を襲う「巨大地震・津波リスク」
倒れたワイングラス、飛び散る液体、巨大な波の描写は、地震と津波を象徴している。
南海トラフ巨大地震
首都直下型地震
日本海溝型地震
これらが発生した場合、経済損失は200兆円超、国家機能に深刻な影響を与えるとされている。
首のないロボット監視犬 70年前の文学『華氏451度』に登場
「エッ、なにこれは?」と目を凝らして見た。それは、不気味な、2頭の頭のないロボット監視犬のように見える。
「これどこかで見た」と思ったら、つい先日、NHK国際ニュースが、ニューヨークの町中を動き回るロボット監視犬を報道していた。遠隔操作で動くこの犬は「デジドッグ(Digidog)」と呼ばれていて、危険な状況に対応するために配備されるという。
ニューヨーク市警は、ロボット犬をめぐっては、2年前に激しい反発を受けて導入を取りやめていたが再び出動させる計画であるということだった。
この首のない不気味な監視犬のこと。昔、どこかで読んだ記憶がある。思えばそれは『華氏451度』という文学の中に登場していた。それは、1953年にレイ・ブラッドベリによって書かれたSF小説であり、1966年のイギリス映画ともなった。『華氏451度』という変わった題名は、紙が燃え始める温度のことで、摂氏では233℃になる。
随分昔、小説も読み、映画も観た。ところが去年の暮のこと。この映画をサンパウロのテレビArteで放映していた。このチャンネルは芸術作品や、クラシック映画を放映する。年末にはこの映画が繰り返し再放送されていたのである。
その中に登場した監視犬が、今年の表紙の絵の中に描かれているとは―。
世界中が監視社会となった
ブラジル日報2025年8月13日の「ブラジル万華鏡」のコラムに次のような報道があった。
サンパウロ市が導入した最新鋭の監視システム「スマート・サンパ」は、市内約3万1千台が設置されたという。同システムは〝ビッグ・ブラザー〟(ジョージ・オーウェルの小説に登場する全体監視社会を象徴する言葉)という。監視機器の設置はバス車内や市立学校約400校にも及び、さらなる設置が増え、約400人の警備隊員が監視センターに常駐。監視ネットワークは豪雨や大規模イベントの管理にも活用され、今後は市警のバイク隊へのカメラ搭載が計画されているという。
世界は監視社会になった。しかし、監視人がゲーム感覚でモニターを操作することや、人権侵害問題、監視カメラを見ながら挑発的に犯罪を犯す大胆不敵な者も後を絶たたない。現代人は、身の守り方に、精神的、経済的な大きな犠牲と負担を払い続けなければならない時代に生きているのである。
願わくば、犯罪の無い国家造りの実現を、というのは見果てぬ夢であろうか。
古典は予言する
『華氏451度』の内容を簡単に紹介しよう。場所は徹底した思想管理体制が敷かれた未来社会である。
ここでは、一方的に政府から届く情報だけを守り、みんなと同じことをすることが義務付けられて、それが市民にとって安心安全である。
各家庭には、日常の娯楽として壁一面がスクリーンになった「ラウンジ壁」や、耳に装着する「巻貝」(超小型ラジオ)など、最先端の今日的な機器が設置されている。現代の携帯電話に当たるマルチ機能の設備である。
「本から知識を得ること」は抑圧される。なぜなら「様々な考え方は社会の統一を邪魔する」からである。
街を走る高速モノレールや監視犬といったものは、支配的権力が市民を完全に管理するための象徴的な技術である。
さて、その政府からは「本を見つけたらその場で焼却すること」が徹底されている。市民同士も常に互いを監視し合う。街には、書物の焼却を任務とする焚書隊がいる。彼らは、火を消すのではなく、本に火を付けて燃やす。時には家ごと焼き尽くす役目を担っているのである。
ある日、一人の所蔵家の家宅捜索が行われた。彼女は、消防隊の火炎放射器を浴びながら、蔵書の中で焼死した。
主人公の焚書士は
人が本と共に自殺する現場を初めて目撃した。「本と一緒に死ぬことを選ぶほど、本は魅力的なものなのか」と、大きな衝撃を受ける。
主人公は、偶然出会った女性の影響で本を読み始めたが、本の読み方が分からない。
しかも、彼の妻の密告により、彼自身が焚書士の立場で自分の家を焼却する。彼は管理体制の粛清から逃れようとする。
「みんなと同じことをしていれば幸せなのだ」という彼の隊長の命令に反抗して、不本意にも隊長を殺害し、犯罪者となる。彼は高速モノレールで逃げる。
そして、行き着いた先は「本の人々」の住む里だった。彼らは、かつて読んだ本をすべて脳裏に刻み込む。本は紙ではなく、魂そのものなのだ。人々は、禁書とされた名作や物語を後世に残せるように丸ごと暗記し、本の文化を守り続け、将来に残すことを使命として生きている。
本は焼かれても読んだ記憶は消えない。文化は記憶することで守るのである。
やがて主人公が本を読むことの喜びを実感した時、自分が住んでいた町に爆弾が落とされる。町は一瞬にして木っ端みじんとなった。本を読まない人たちは全て消滅した。
こうして、安全安心の近代都市で夢のような生活をしていた人々の人生は、一瞬にして終わるのである。
今日、世界で起きている混乱と、今年の予言を合わせ読むと、この70年前に書かれた物語が重なり、作者が突き付けたこれらの要素は、現代の監視資本主義社会の予言のようである。
どれほどの高性能機器を使いこなす便利な生活を享受していても、獰猛で強烈な力によって一瞬にして破壊、消滅してしまうということ。それは今、すでに始まっている現実を語っているのである。
しかし、いかに強大な権力を以てしても、戦場となった場所で生きる人の思想や記憶、人の魂までは奪えない。
ブラジルの地で、日本語の新聞を読み、日本の文化や歴史を大切にしてきた日系社会もまた、「記憶をつなぐ人々」の歴史は、弛まぬ努力の上に築かれた代えがたい財産である。
「強大な権力に追従し、自らそれを捨てない限り」、何者も個人の魂、記憶して文化を守ろうとする心は、決して失われるはずはない。
今年予言された世界の混乱と、この物語を重ね合わせると『華氏451度』が描いた世界は、決して過去の空想物語ではない。それは、今を生きる私たち現代人の隣にある、静かな警告の書なのだと受け止めている。









