《寄稿》優勝奪還の夜=10回目のサンパウロ・カーニバルでつかんだ歓喜=モジ・ダス・クルゼス市 井上靖子
「優勝、モシダーデ・アレグレ!」
その瞬間、サンパウロの夜空を突き抜けるような歓声が上がった。エスコーラの練習場に集まった1千人以上の熱気が、一気に爆発する。
グローボTV局の生中継で発表される、審査員の採点結果に一喜一憂し、祈るように待った最後の項目。優勝が決まった瞬間、人々は飛び上がり、抱き合い、床が抜けんばかりの狂喜乱舞に包まれた。その中心に、私はいた。
かつて浅草サンバカーニバルで踊っていた私が、サンパウロのカーニバルに出場するようになって10年。気づけば本場での出場回数が浅草を超えた節目の年に、私たちは見事、王座を奪還した。
今回のテーマは、ブラジルを代表する黒人女優レア・ガルシアへのオメナージェン(オマージュ)。私は彼女の輝かしい生涯を象徴する第一山車に乗り、「オーケストラ劇場の役」としてパレードの先陣を切った。
思い返せば初年度、本場の規模には度肝を抜かれたものだ。浅草の何十倍、いや何百倍というスケール。数千人の参加者、巨大な山車、そして腹の底まで揺さぶるバテリアのリズム。当初はその迫力に腰を抜かすほどだったが、10年という歳月は私を強くした。今ではその轟音の中で、どこでポーズを決め、どうステップを踏むか、冷静に、かつ情熱的に自分を表現できるまでになった。
パレード当日、出番は深夜0時40分。完璧に仕上げた衣装とメイクで21時には集合場所に入る。クレーンで巨大な山車の上へと吊り上げられ、待つこと2時間。静まり返った夜気の中、いよいよ我がチームの出番が近づく。
バテリアのウォーミングアップが始まり、山車のエンジンが唸りを上げる。花火が上がり、数万人の歓声が降り注ぐ中、私たちはひたすら踊り、歌い、魂を解放する。
パレードの40分間は、まさに自分自身がテーマそのものになりきる時間だ。ヒールで足は豆だらけ、全身汗だく。けれど、痛みなど微塵も感じない。ゴールを越え、再びクレーンで地上に降り立った瞬間、仲間たちと交わす抱擁。
これこそが、私の「新年」の幕開けだ。これを経験しなければ、一年が始まった気がしない——私のマインドは、もうすっかりブラジル人なのかもしれない。
幼少期から新体操やダンスで培った強靭な肉体と精神は、ブラジル生活でのどんな困難をも乗り越える宝物となった。そして何より、支えてくれる家族や友人の存在が、私をこのステージへと押し上げてくれた。
老若男女、人種も境遇も関係なく、すべての人が一つのリズムに溶け込み、幸せに溢れるカーニバル。そこには、平和の原風景があった。この感動を胸に、私はまた、次の一歩を踏み出していく。








