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《寄稿》優勝奪還の夜=10回目のサンパウロ・カーニバルでつかんだ歓喜=モジ・ダス・クルゼス市 井上靖子

2026年2月26日

わざわざ日本から駆けつけてくれた元駐妻の壁谷梨紗さん(左)、カメラマンのBilly Albuquerque氏 (中央)、私(右)
わざわざ日本から駆けつけてくれた元駐妻の壁谷梨紗さん(左)、カメラマンのBilly Albuquerque氏 (中央)、私(右)

「優勝、モシダーデ・アレグレ!」

 その瞬間、サンパウロの夜空を突き抜けるような歓声が上がった。エスコーラの練習場に集まった1千人以上の熱気が、一気に爆発する。

 グローボTV局の生中継で発表される、審査員の採点結果に一喜一憂し、祈るように待った最後の項目。優勝が決まった瞬間、人々は飛び上がり、抱き合い、床が抜けんばかりの狂喜乱舞に包まれた。その中心に、私はいた。

 かつて浅草サンバカーニバルで踊っていた私が、サンパウロのカーニバルに出場するようになって10年。気づけば本場での出場回数が浅草を超えた節目の年に、私たちは見事、王座を奪還した。

 今回のテーマは、ブラジルを代表する黒人女優レア・ガルシアへのオメナージェン(オマージュ)。私は彼女の輝かしい生涯を象徴する第一山車に乗り、「オーケストラ劇場の役」としてパレードの先陣を切った。

 思い返せば初年度、本場の規模には度肝を抜かれたものだ。浅草の何十倍、いや何百倍というスケール。数千人の参加者、巨大な山車、そして腹の底まで揺さぶるバテリアのリズム。当初はその迫力に腰を抜かすほどだったが、10年という歳月は私を強くした。今ではその轟音の中で、どこでポーズを決め、どうステップを踏むか、冷静に、かつ情熱的に自分を表現できるまでになった。

山車で踊るポイントは3mくらいの高さ、煙と馬鹿は高い所が好きなんです(左)
山車で踊るポイントは3mくらいの高さ、煙と馬鹿は高い所が好きなんです(左)

 パレード当日、出番は深夜040分。完璧に仕上げた衣装とメイクで21時には集合場所に入る。クレーンで巨大な山車の上へと吊り上げられ、待つこと2時間。静まり返った夜気の中、いよいよ我がチームの出番が近づく。

 バテリアのウォーミングアップが始まり、山車のエンジンが唸りを上げる。花火が上がり、数万人の歓声が降り注ぐ中、私たちはひたすら踊り、歌い、魂を解放する。

 パレードの40分間は、まさに自分自身がテーマそのものになりきる時間だ。ヒールで足は豆だらけ、全身汗だく。けれど、痛みなど微塵も感じない。ゴールを越え、再びクレーンで地上に降り立った瞬間、仲間たちと交わす抱擁。

 これこそが、私の「新年」の幕開けだ。これを経験しなければ、一年が始まった気がしない——私のマインドは、もうすっかりブラジル人なのかもしれない。

会場で優勝の瞬間を一緒に分かち合う(去年は4位だったので)いつも厳しいサンバのグスターボ先生も上機嫌
会場で優勝の瞬間を一緒に分かち合う(去年は4位だったので)いつも厳しいサンバのグスターボ先生も上機嫌

 幼少期から新体操やダンスで培った強靭な肉体と精神は、ブラジル生活でのどんな困難をも乗り越える宝物となった。そして何より、支えてくれる家族や友人の存在が、私をこのステージへと押し上げてくれた。

 老若男女、人種も境遇も関係なく、すべての人が一つのリズムに溶け込み、幸せに溢れるカーニバル。そこには、平和の原風景があった。この感動を胸に、私はまた、次の一歩を踏み出していく。


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