ブラジル マンダカルー物語=黒木千阿子=(15)
協力してくれた俳優の若者には五円玉を一個ずつプレゼントしてお礼を言いますと、彼等は大喜びして帰って行きました。功労のあった主役の中尉殿には特別五円玉を二個差し上げました。
すると、破格のプレゼントに気を良くしたのか中尉殿が、
「もうすることはありませんか?遠慮なく言ってください」
そこで私は、もう一回アントーニオへの用件をたのみました。
「あんたの仕打ちは忘れない。土地も家も家財道具もいらないが、冷蔵庫にある日本食品だけは全部渡しなさい」と・・・・。
さて、中尉殿が用を済ませて帰った後、トントンちゃんが煮干しをかじっている側で、私はサッポロ塩ラーメンを食べながら言いました。
「裏切者の家が見えるところで暮らすのはたまらないから、またお引越しよ」
そして、犬の坊やにきつく命令しました。
「アントーニオはもうあんたの友達じゃない。二度と彼に尻尾を振ってはいけません」
こんないきさつがあって、すぐ引っ越しということになったのですが、嫌な思いをしたにもかかわらず、この時、絶対にこのマンダカルーに永住するのだ、と決意を固めたのです。
なぜって、サンパウロの皆さんが心配して下さった通りのことが実際に起こってしまった、どんな顔しておめおめ帰れるでしょうか。
今は、サンパウロで固めた信念を貫くしかないのですから・・・・。
〈今に見ていなさい、アントーニオ。これで終わったと思ったら大間違い。ジャポネーザの本当の凄みを見せてあげるから。警察や裁判の世話にならなくても、きっとこの手で痛い目に遭わせてあげる・・・・〉
これが私の復讐の誓いでしたが、それはやくざの復讐とは違います。
相手を殺すことでも打ち負かすことでもありません。
アントーニオをそのまま生かしておいて、私が立派に立ち直る姿をみせつけてやること、この男の裏切りを踏み台にして、私が素晴らしい人生を築き上げ、いかに幸せに生きているかを示してやること。
そう、それしかないのです。