site.title

《寄稿》アマゾンでCOP30の意義=ブラジルや日本企業にとっての展望=CIが商議所でセミナー

2025年10月4日

COP30(国連気候変動枠組み条約第30回締約国会議)が11月、アマゾンの玄関口ベレンで開催される。これを前に9月27日、ブラジル日本商工会議所と国際環境NGOコンサベーション・インターナショナル(CI)が共催するセミナーが開かれ、ホスト国ブラジルにとっての意義や日本企業にとっての展望が議論された。

セミナー「COP30@ベレン─世界の気候交渉とブラジル:企業を取り巻く新しい展望」には約80人が参加。講師を務めたのは、CIブラジル気候ソリューションダイレクターのラウラ・ラモニカ氏である。本稿は、同氏の講演を中心にCOP30の主要論点と日本企業にとっての示唆を整理する。


2024年、過去70年で最も深刻な干ばつに見舞われたブラジルでは、高温と相まって国内各地で記録的な森林火災が発生した。(写真/CI提供)
2024年、過去70年で最も深刻な干ばつに見舞われたブラジルでは、高温と相まって国内各地で記録的な森林火災が発生した。(写真/CI提供)

▪️気候危機の緊迫性と行動の必要性

セミナーではまず、地球が不可逆的な転換点=ティッピングポイントに迫っていると警鐘が鳴らされた。ブラジル・アマゾンはすでに17%が失われ、劣化も含めれば約半分に達している。科学者は「アマゾンは、あと5%の消失でティッピングポイントに達する」と警告し、広大な熱帯林はサバンナ化に向かい、地球規模の気候システムに深刻な影響を及ぼすと指摘する。

ラモニカ氏は「無為はもはや選択肢ではない」と強調し、わずか0・1度の温度差が極端気象や生態系崩壊を左右する現実を訴えた。


▪️COPの歴史とブラジルの役割

COP30は、1992年リオデジャネイロの「地球サミット」で始まったCOPプロセスから30年以上を経て、再びブラジルで開かれる歴史的節目の会議である。ブラジルは国際交渉の出発点を担い、市民社会や民間部門の参画を伝統としてきた。

その文脈で「議長国として世界をまとめ上げる胆力が試される」と指摘された。気候交渉は198カ国すべての合意を要し、1カ国の反対で成立しなくなるため、高度な政治的調整が不可欠である。こうした困難を乗り越え、明確な方向性を示すことが議長国ブラジルの最大の課題となる。


▪️議長国が掲げる三つの優先事項

ブラジルがCOP30で示す優先課題は三つである。

多国間主義の再強化 ― 危機や不信を越え、迅速で責任ある意思決定を行う。

パリ協定の実装加速 ― COP28のグローバルストックテイク(GST=世界全体の進捗評価)を具体的行動へ。

気候行動と生活の接続 ― アマゾン開催を活かし、気候変動が暮らしに与える影響を示す。

要は、地球規模の気候ガバナンスをいかに設計し、多国間協力を行動に結びつけられるか。そして、その中心にアマゾンをはじめとする熱帯林を据えられるかが問われている。

日本企業によるトメアスにおけるアグロフォレレストリー事業(写真/CI提供)
日本企業によるトメアスにおけるアグロフォレレストリー事業

▪️アマゾン(森林)・資金・エネルギー・倫理──COP30の主要論点

COP30は「Nature COP」とも呼ばれ、アマゾンや森林の役割が中心に据えられる。自然に基づく解決策(NbS)は大きな削減潜在力を持つ一方、資金配分は著しく不足しており、気候資金は最大の焦点の一つだ。COP29で目標は1・3兆ドルに引き上げられたが達成は遠く、量だけでなく制度設計も課題である。

同時に、化石燃料から再生可能エネルギーへの移行は必然であり、公正な移行には雇用確保や気候正義を含めた対応が不可欠だ。その文脈でマリナ・シルバ環境相が主導する「グローバル倫理的ストックテイク」が紹介された。進捗を単なる技術的レビューにとどめず、倫理や公平性を組み込み、社会的正当性を高めることを目指す。

ラモニカ氏は「社会システム転換には倫理的視点が欠かせません。実施の成否は、ブラジルが能力と責任を持って対処し、社会的受容を得られるかにかかっています」と強調した。

「ブラジルは誰一人取り残さない移行モデルを求めている」世界持続可能な開発サミットで語るマリナ・シルバ環境大臣(写真/TERI(The Energy and Resources Institute)COP30公式サイトより)
「ブラジルは誰一人取り残さない移行モデルを求めている」世界持続可能な開発サミットで語るマリナ・シルバ環境大臣(写真/TERI(The Energy and Resources Institute)COP30公式サイトより)

▪️行動アジェンダ─交渉から実装へ

COP30の「行動アジェンダ」は、交渉や首脳会談と並ぶ四本柱の一つで、世界各地の取組を束ねて気候行動を実行・拡大につなげる仕組みである。

パリ協定後の10年間、4万を超える企業や団体が行動アジェンダに関与してきた流れを受け、9月のニューヨーク・クライメイト・ウィークで「Granary of Solutions(ソリューションの貯蔵庫)」が始動した。各地の成功事例を可視化し、測定可能性や拡張性などの基準で審査したうえで共有することで、投資家や政策決定者の信頼を高め、解決策のスケールアップを促す狙いがある。

行動アジェンダは6分野・30の目標で構成され、それぞれに政府、企業、市民社会などが参加する「アクティベーション・グループ」が設置されている。これらのグループがGranaryに紹介される事例を整理・推進する役割を担っている。

ラモニカ氏はCIが複数テーマで詳細をフォローしている旨を示し、「企業も情報を得て関与できる」と具体的関与の可能性を示した。


▪️民間セクターの役割──気候行動を支える推進力

行動アジェンダの実行には、政府だけでなく企業、市民社会、学術界など幅広い参画が欠かせない。COP30議長のアンドレ・コレア・ド・ラーゴ大使も「気候行動の実施は社会のあらゆる主体にかかっている」と強調している。

ここで注目されるのが、ハイレベル・クライメート・チャンピオンに任命された実業家ダン・イオシュペ氏である。自動車部品大手イオシュペ・マクシオン社会長を務めるほか、複数の大手企業の取締役、サンパウロ州産業連盟(FIESP)の副会長も兼ねる。2024年のG20議長国時にはビジネス20(B20)を率いた経歴を持ち、国内外で発言力が大きい。

イオシュペ氏は議長団を代表して各国や企業と対話し、GSTや国別目標(NDC)と整合させつつ行動アジェンダを実施へつなげる。国際ビジネス界を巻き込み、気候資金やエネルギー転換を加速させる「橋渡し役」として期待されている。


▪️企業と環境NGOの協働がもたらす可能性

セミナーでは、CIジャパンから日本企業やグローバル企業による協働事例も紹介された。三井物産のJCM-REDD+事業やトカンチンス州における企業と政府協働による管轄REDD+、サステナクラフトとの技術協力(JICA・IDB-LAB支援)、ダイキンの森林再生事業、スターバックスの持続可能な調達基準などである。また、ソニーが展開する環境メッセージ発信の協働事例も紹介された。

環境NGOと企業の連携は、CSR、サプライチェーンの持続可能性確保、カーボンクレジット活用、技術協力、国際金融、ブランド力活用など多様であり、企業は自らの強みを生かして柔軟に参画できることが示された。

国連総会にてTFFFへの拠出を表明するルーラ大統領 (写真/ Ricardo Stuckert COP30公式サイトより)
国連総会にてTFFFへの拠出を表明するルーラ大統領 (写真/ Ricardo Stuckert COP30公式サイトより)

▪️気候資金とTFFF─ブラジルにとっての意味

セミナーで繰り返し強調されたのは気候資金の行方である。自然に基づく解決策(NbS)は温室効果ガス削減の3割を担える可能性があるのに、配分される資金はわずか3%にとどまる。アマゾンでは年間70億ドル規模の不足(世界銀行試算)が生じており、このギャップを埋めることがCOP30の核心課題だと指摘された。

その解決策の一つがTropical Forest Forever Fund(TFFF)である。各国や投資家から低コスト資金を集めて投資し、運用益を成果に応じて森林国に分配、その20%超を先住民や地域社会に直接届ける仕組みをめざす。2023年のCOP28でルーラ政権により構想が示され、これまでにドイツ、ノルウェー、コロンビア、UAEなど12カ国が関心を示している。ブラジルは2025年9月、10億ドルの拠出を正式表明し、TFFF初の国家コミットメントとなった。「まず自ら範を示す」という決意を国際社会に示した形だ。

TFFFの特徴は、従来の先進国主導型の援助とは異なり、ブラジルをはじめとする熱帯林諸国が主導的に制度設計に関わっている点である。ブラジルにとっては、アマゾン保全を外交カードに、先進国と途上国をつなぐ橋渡し役を果たし、国家利益と地球規模の公益を両立させる戦略的意味を持つ。TFFFは国際社会が注目するCOP成果物の一つである。

ラモニカ氏は「キーワードは実装です」と結び、資金をいかに正当かつ効果的に現場へ届けるかが最大の論点だと強調した。

COP30セミナー後、ブラジル日本商工会議所にて撮影。左から:一瀬氏(環境委員会委員長/ホンダサウスアメリカ取締役社長)、Pedro Bernardes氏(CI-Brazil Sr. Institutional Development Coordinator)、Laura Lamonica氏(CI-Brazil Climate Solutions Director)、松村氏(環境委員会副委員長/ブラジルデンソー副社長)、大塚氏(ホンダサウスアメリカ ダイレクター)、鵜飼氏(南米日本製鉄取締役)
COP30セミナー後、ブラジル日本商工会議所にて撮影。左から:一瀬氏(環境委員会委員長/ホンダサウスアメリカ取締役社長)、Pedro Bernardes氏(CI-Brazil Sr. Institutional Development Coordinator)、Laura Lamonica氏(CI-Brazil Climate Solutions Director)、松村氏(環境委員会副委員長/ブラジルデンソー副社長)、大塚氏(ホンダサウスアメリカ ダイレクター)、鵜飼氏(南米日本製鉄取締役)

▪️まとめ

今回のセミナーを通じて浮き彫りになったのは、COP30が交渉にとどまらず実行を軸に据えた会議となることだ。議長国ブラジルは、アマゾンを前面に押し出しつつ三つの優先事項──多国間主義の再強化、パリ協定実施の加速、気候行動を生活と結びつけること─を掲げている。

気候資金、とりわけTFFFのような新メカニズムは、ブラジルが環境外交で主導権を発揮できるかを占う鍵である。さらに、行動アジェンダへの企業・市民社会の参画は、交渉を「現場の変化」へと結びつけ、COP30を実装の会議として位置づける核心となる。

日本企業にとってもCOP30は遠い出来事ではない。サプライチェーン、技術協力、投資、発信など参画の余地は広く、その影響は大きい。ブラジル発の「Global Mutirão(地球規模の共同作業)」に加わることは、気候行動にとどまらず未来の競争力を形づくる選択となるだろう。(文/武田エリアス真由子)


街角ちょっと見=在レシフェ日本国総領事館=大野政美総領事前の記事 街角ちょっと見=在レシフェ日本国総領事館=大野政美総領事
Loading...