ぶらじる俳壇=170=伊那宏撰
ベレン 渡辺悦子
カルナバルの妻に見惚れる夫いて
〔華やかな衣装に身を包み、普段にない厚化粧をした自分の妻に見惚れる夫。夫もまた同様粋な衣装を身につけて、変貌した我が妻を讃美し共に踊っている。一年に一度の祭を大いに楽しんでいるのである。夫婦と言えども許される無礼講、自由にパートナーを取り換えて踊りに夢中になっている。南国の熱い太陽のもと、人々は日頃の鬱憤を晴らそうと体中で喜びを表すのだ。本句、自己体験のものとはとても思えないが、日本人である作者はこの句材を思い切り飛躍させて、カルナバルの雰囲気を最大限引き出した。これぞカルナバル。そんな納得の一句である〕
軽快な曲に酔いいてカルナバル
年明ける七転八起の七十年
ベレン 鎌田ローザ
亡き父の作業の道や苔の花
カーニバルヒール捌きの目に見えず
〔ブラジルのカーニバル(カルナバル)にサンバは付きもの、と言うよりサンバあってのカーニバルと言ってよい。サンバは体全体を震わせるようにして踊るのだが、やはり〝足捌き〟が重要であって、あの軽快で激しいリズムを生み出している。〈ヒール〉は踵のこと。踵を自在に動かせば両手を含む体全体が連動し、あの独特の踊りになるのである。〈目に見えず〉とは確かな詠みであり、スリムな体躯のブラジル人得意の足(踵)捌きで、まるでカーニバル本番の光景が目に浮かんでくるような一句になっている。(なお原句の中七は「ヒール足さばき」(意味重複)であったことをお断りしておく)〕
アマゾンの樹海の深さや苔の花
ベレン 岩永節子
アマゾンに住居重ね着雨季最中
華も無く健気に咲くは苔の花
ものの芽の競う朝の日我も浴び
ベレン 諸富香代子
踟幮する苔の花らの鎮座観て
一世の一人また減る新年会
街中を響く太鼓やカルナバル
パラゴミナス 竹下澄子
快楽の衣装は豪華カーニバル
身の丈に生きる晩年苔の花
年ですよ詮なき言葉朝寒し
サンパウロ 吉田しのぶ
椿寿の忌途絶えて久し移民老ゆ
カルナバル明けの犯罪記事数多
遠足児昼餉も忘れとんぼつる
照り焼きの秋鯖七輪出番です
大乳房画面はみ出しサンバ踏む
サンパウロ 川村君恵
梅の花可憐に咲いて風に揺れ
重ね着に動きも鈍る八十路かな
誕生日無事に迎えて笑い皺
ヴィトリア 大内和美
秋のハエどこに止まるか思案中
渡り鳥家族と離れ反抗期
渡り鳥毎年ふえる子沢山
ヴィトリア 藤井美智子
テレビ観るとうとう縁無しカルナバル
お向かいの赤ちゃん泣いてる秋暑し
厨中猫をからかう秋のハエ
サンタ・フェ・ド・スール 富岡絹子
正月の暑さや雪の故郷(くに)想ふ
踏み出せば火傷しさうな酷暑かな
今時の婆もメールで初便り
〔ひと昔前までは最先端機器としてのパソコン使用は〝爺婆〟には縁遠いものであり、覚えるには難し過ぎて抵抗感もあった。また、手紙は直筆でなければ心が通わないとて敬遠もしていた。ましてやメールで年賀状など「とんでもない話」であった。しかし今や、俳句などやっていると、句稿の送付にEメールは欠かせない。特に郵送がまったく頼りにならない昨今手紙ではラチがあかず、高齢者にもメール使用は当たり前になった。好む好まざるに関わらずそんな時代になってしまったのである。こういった時代の推移が〈婆もメールで初便り〉でぴったりと言い表されたのである。〕
セザリオ・ランジェ 井上人栄
食べごろのミーリョベルデ手土産に
豆飯や箸を上手に異人嫁
アルコールゼロのビールで年祝ふ
サンパウロ 石井かずえ
雑煮好きとモレーナの嫁箸を取り
眼尻下げ鏡に向かい初笑
夏の旅緑の山に魅せられて
マナウス 大槻京子
アマゾンや媼独りの雑煮椀
老いゆくは茨の道か年来る
つれづれに心ゆだねて明の春
〔人生の過渡期(喜怒哀楽)を充分経験し、すべきことはすべてやってしまうと、人は一種の空疎感に捉われる。見えてこない大きな〝明日〟というベールに包まれて、さて何をすべきかといった掴みどころのない日々に身をやつす。これをして「余生」と言い、人生の安楽期と考える人もいる。すべきことはあっても後に回してとりあえずゆっくりと考えましょう――折よく新年を迎えて、そんな落ち着いた心境を句に込めた。急かず焦らず、〈明の春〉はまさに作者の気持を象徴した季題となった〕
イタペセリカ・ダ・セーラ 山畑嵩
昼を超える夜の暑さに眠られず
風あるも日射し動かず畑の中
汗拭いて雑煮椀置く故郷(くに)の客
イタペセリカ・ダ・セーラ 山畑泰子
夕涼みにものみな息を吹き返し
土けむり立てつつ奔る驟雨かな
こきざみにせわしく動き古うちわ
サンパウロ 山岡秋雄
元日の無人の街路幅広し
初薬飲みて体にお供えを
午年の初市場にて鰯買ふ
麻州ファチマ・ド・スール 那須千草
菜園のきらめく宝石プチトマト
せせらぎに釣りを楽しむ青葉陰
夏雲にもう一雨と声をかけ
サンパウロ 大野宏江
初仕事今年こそはと挑戦す
書初に世界平和と競ふ子等
大雪に熊が出るとは知らぬ国
モジ・ダス・クルーゼス 浅海喜世子
淑気満つ汚したくなき今日ひと日
伝統の正月祝ふ子等集め
お正月くよくよせぬと誓いたり
夜の秋忍び寄りたり我がうなじ(別稿より)
雷鳴や見えざるものの音高し(〃)
〔雷鳴とは見えないもの、耳で聴くものだと再認識させてもらった。そして音の高さ(大きさ)低さ(小ささ)で距離感を認識するのだということも。当たり前のことだ思っていたことを文字にされると、何やら説得されたような、己の知らざることを指摘されたような気になる。これを〝知識の死角〟と言うのだと友人から教えられたが、日常生活ではよくあること。しかし本句は〈雷鳴〉に託して、目には入ってこない〝或るもの〟の存在を示唆している。例えば世間の噂、ストレス、自責の念……といったネガチーブな句意が裏側に潜んでいることを感じ取れるのである。本句は言うなれば「象徴句」であり、句の深みはそこから来ていよう〕
サンパウロ 馬場園かね
風鈴や片手に収まる南部鉄
犬の餌を銜へ運ぶや初雀
気負ひたつ書きだす一行初日記
サンパウロ 太田映子
故郷の友のなまりや初電話
初稽古フルートの音軽やかに
初日記油絵描きたし今年こそ
あと一句出来ず頬づえ雲の峰(別稿より)
〔規定投句数にあと一つ足らない。締め括りにはバッチリと決まった句が欲しい。そんなとき人はどうするであろうか。あれやこれやと頭の中にはさまざまな文字が飛び交い句にならない。椅子に座り込んで鉛筆を手にしたまま頬杖をつき、消しゴムを転がしたり沈思黙考したり、ふと思いついて指折り数えたり、唸ったり、挙句には無我の境地を取り戻そうと、窓の外の入道雲をじーっと眺めたり……と、たぶん情況はどなたも大同小異、句作りの苦しみを身に染みて味わうことになる。まったく筆者も〝同病相哀れむ〟の心地にさせられたのである〕
湯気囲みみんな笑顔のおでん鍋(〃)
日本 三宅昭子
柔かく身体伸ばそうお正月
書初の膝を正して年の計
七草の粥に胃の府を癒しけり
サンパウロ 林とみ代
お降の激しく叩く海の宿
街中を泥沼化して大夕立
老いたれど生きる喜び初鏡
サンパウロ 串間いつえ
読初やブックカバー付き古き本
日伯の話題は尽きず初句会
賜はりぬまさに八十路の初鏡
〔八十歳から人生最終章に入るという人もいる。女性男性によって差はあろうけど、どちらにしても八十歳は人生の大きな区切りの一つ。〈賜りぬまさに…〉はそのことを充分意識されて使われた言葉だ。「八十になるとはよもや思わなかった」という感慨と共に、作者はつくずくと鏡の中の我が顔を眺め入ったのである。「これが八十のわが顔?」疑問ではなく納得!。いずれにして記念すべき年の〈初鏡〉。普通は「傘寿」として祝われ、どなたも通って行く人生の目出度い節目なのである。作者に心から「パラベンス!」を〕
読者文芸
ロンドリーナ親和川柳社(1月)
課題「陽焼け」
陽焼けした腕をさすって釣り自慢 今立帰
陽焼けして元気な夫がとてもいい 福田広子
今時は農婦もしっかり陽焼け止め 高橋和子
陽焼けから来る染み増えて厚化粧 久保久子
陽焼け止め塗っても波に洗われし 平間輝美
労農の勲章となる陽焼け肌 鈴木甘雨
サンパウロ新生吟社(1月)
課題「踏む」
踏み込んだ議論に見えてくる妥協 今立帰
人の世も踏まれて強く根を張って 大城戸節子
足失くし一歩踏み出す歩行器で 大塚 弥生
ある時代踏み絵とやらに苦労して 甲賀さくら
雑草は踏まれながらも生き返り 比嘉洋子
先人の足跡踏んで今がある 堀江渚
希望の地踏み半世紀いまだ夢 早川量通
踏ん張って見せても所詮爺と婆 青井万賀
月曜俳句会(1月)
新年も国際情勢目まぐるし 畔柳道子
あちら向きこちら向きしてアマリリス 岩本洋子
年明ける終の棲家となりし家 富岡絹子
じっと見る淑気の中の夫の顔 浅海喜世子
「どっこいしょ」ポ語にはなくて年暮れる 脇山千寿子
お互いに健康祝い初電話 鹿島和江
新しい夢と希望のお正月 作野敏子
気ぜわしく過ぎる月日や去年今年 白石幸子
初空も緑の大地と青空と 近藤佐代子
屠蘇を酌む親子三代老の幸 高木みよ子
呼ぶ声も居留守を決めし寝正月 浅海護也
大西日真正面に受く生家かな 前田昌弘
いち早く受けるメールの賀状かな 竹下澄子
賀状受く見事な草書に見惚れけり 渡辺悦子
今年より再起を誓う初詣 横地みのり
大樹海まさに淑気を極めたり 伊那宏
老壮の友(2月)
招待を戴き今年が最後かと老体励まし出でて来たりし 梅崎嘉明
古里に帰ればとびだす国ことば昔むかしの友に囲まれ 野口民恵
夕暮れて雨に打たれしペンチビーか細く鳴きぬ宿を求めて 小濃芳子
年の瀬の暑き夕べに弾けそな産声あげて孫生まれ来る 金藤泰子
米噛みで五十回噛みて飯を食(は)む長寿を願う歯固めのごと 森川玲子
盗品を買いとる場所が数ありて山と積まれた物流絶えず 足立有基
お正月我が楽しみは家族みなのニコニコ顔に写真に納まる 足立富士子
月下美人夜咲き匂い振りまいてそれはジャスミンクチナシの香に 松村滋樹
住みふれど未だに慣れず南国の暑いさ中のこのお正月 小池みさ子








