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ブラジル マンダカルー物語=黒木千阿子=(1)

2025年5月29日

新天地

 長年サンパウロに住んでいた私が、日本語学校の子供達や親たちから、新しい土地に独りで行くなんてとんでもない、あまりにも無謀だ、と猛反対されたのを委細構わず、アントーニオ一家に助けられながらサンパウロを脱出?リオ州、ミナス州を横断、バイーア州に入り、まるまる二日の車の旅を終えて、このジェキエー市マンダカルーにたどり着いたのは、人が寝静まった真夜中でした。
 辺りは真っ暗、誰一人出迎えてくれる人とていませんでしたが、美しい星空の歓迎に、長旅の疲れなどどこかにすっ飛んでしまいました。
 ビルに仕切られた、四角い空ではないのです。
 見渡す限りの空、そして空。その大空をうめつくす無数の星の中に、ひときわ美しく瞬く南十字星を仰ぎながら、自分がそのまま宇宙に吸い込まれてしまいそうな神秘的な錯覚に襲われて、その場に立ちすくんでしまいました。
 そう、この宇宙には間違いなく支配者としての神がいる。その神を信じるかぎり、人はどんな困難にも打ち勝つことができる。私は、そう感じたのです。
 深い感動から生まれ出る、あふれんばかりのエネルギー。
 これは、宇宙の神が私に与えて下さった贈り物に違いない、と思いました。
 アントーニオの妻、マリーもそばで大地にひざまずいて、祈りをささげていました。その姿は、大変な旅を無事に終えることができました、と神に感謝しているようでした。
 さて、私たちを送り届けてくれた運転手さん親子に別れを告げて、建てたばかりの我が家の扉を開けた途端に息をのみました。
 薄暗い電灯に照らし出された家の中は、先に送った家財道具がいっぱいで足の踏み場もなかったのです。
 これでは、寝る場所もないわ、と私はあわてながら、もう一度夜空を仰ぎ、一つや二つの星じゃ足りない、哀れな私のためにすべての星よ、輝いてくれ、と心の中でつぶやいたのです。と、暗闇におびえたのか、旅の間ご機嫌だった赤ん坊のカイオが泣き出しました。
 母親のマリーがなんとかしようとあやすのですが、泣き声はいっそうにおさまりません。(つづく)


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