インド見逃しブラジルは標的に=米国が狙うグローバル決済覇権

即時決済技術においてブラジルの「Pix」とインドの「統合決済インターフェース(UPI)」は、それぞれの国の金融インフラを刷新し、世界的な潮流を形成している。いずれも政府が設計・開発した電子決済サービスにもかかわらず、米政府はPixを「不公正な実務」として通商調査の対象とする一方、UPIには目をつぶった。多国籍企業の利害と国家戦略が交錯する、即時決済を巡る国際競争の構図を、11日付BBCブラジル(1)が報じた。
Pixは20年にブラジル中銀が導入した即時決済システムで、24時間無休・手数料無料の送金を可能にし、わずか3年間で人口の約74%に普及。金融包摂の推進に寄与している。
これに先立つ2016年、インド政府は同様の機能を備えたUPIを開始。現在は「インド準備銀行」と「インド決済公社(NPCI)」が運営し、約5億人が利用、月間取引件数は180億件超に達する。
両者は政府の関与という共通点を持つが、運営モデルには大きな差がある。Pixはブラジル中銀が設計から実装までを直接主導した公的インフラで、一定規模以上の金融機関には導入が義務づけられている。一方、UPIは官民連携型の構造で、民間企業が主体的な役割を果たす。この違いが、米国の姿勢に影響を与えている可能性がある。
実際、米通商代表部が7月に公表した調査開始の通知文では、Pix名こそ明記されていないが「政府開発の電子決済サービスを推進している」との表現が含まれ、不公正な商慣行として指摘されている。文書には、具体的な問題点や被害企業名は示されていないが、ブラジルの国家的プロジェクトが米系フィンテック企業に不利益をもたらしているという懸念が示唆されている。
Arko Advice社の戦略ディレクター、チアゴ・アラゴン氏は、Pixをめぐる通商調査の背景には、米国の大手テクノロジー企業の利害が影響しているとの見方を示す。ワッツアップやグーグルの利用率、ネットフリックスの普及度の高さを踏まえ、「ブラジルは米国のIT企業にとって極めて戦略的な市場だ」と指摘。だが、Pixは決済が各金融機関のアプリ内で完結する構造となっており、「こうした企業が十分に参入できない状況が、米政府の関心を集めた可能性は否定できない」と分析。
一方、インドのUPIは、グーグルペイやウォルマート傘下のフォーンペといった米企業が消費者向けアプリの主要な提供者となっており、全取引の8割以上を担っている。こうした市場構造の違いが、両国の即時決済システムに対する米政府の対応の差異に影響を与えている可能性がある。
Pix普及がクレジットカード市場成長を阻害しているとの見方も一部にある。だが、実際にはPixの導入後、金融サービスへのアクセスが拡大した結果としてカード発行数も増加傾向にある。20〜22年にクレジットカードの年平均成長率(CAGR)は31・7%に達しており、インドでも同様の傾向が確認されている。
にもかかわらず、Pixが調査対象とされ、UPIが対象外となっている点については、「二重基準」との批判もある。実際、UPIはすでにネパール、シンガポール、アラブ首長国連邦(UAE)など複数の国と接続し、国際的な決済ネットワークとしての基盤を築きつつある。インド政府はBRICS諸国への展開も視野に入れており、国家主導で国際展開を進めている。
インド政府はまた、UPIの初期段階から既存の国際送金網「SWIFT」に代わる選択肢として、UPIを国際決済基盤に育て上げる意向を示し、その構想は各国との二国間協定を通じて具体化されつつある。
一方、Pixについては、アルゼンチンやパラグアイとの間で、民間主導による越境送金の事例が出始めてはいるが、国際展開は本格化していない。
UPIとPixはいずれも自国の金融包摂と技術革新を後押ししてきたが、その制度設計や国際的な利害関係の違いが、米国の通商対応に影響を与えている可能性がある。Pixを巡る調査の行方は、単なる貿易問題にとどまらず、デジタル決済を取り巻くグローバルな力学を映し出すものとして引き続き注目される。