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ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(294)

2025年11月26日


その過程で盛り上がってくるお祝い気分、仲間意識を、社会全体の規模で引き出して行ったのである。

戦勝・敗戦両派の対立は、四百年祭以降のこの過程で一応、鎮静した。

山本の下で奔走した人々の中に、本永群起という若者がいた。(前章で登場)

パウリスタ新聞で記者をしていたが、山本に招かれて四百年祭の協力会に入り、文協では事務局次長を務めた。地方の多数のコロニア(地域々々の邦人社会)を回り、戦勝・敗戦両派を説得、統一組織を創るよう説得した。

そういう働きもあって山本は、日系社会そのものを、精神面で再出発させることに成功した。

しかし実は山本のこの行動は、視点を変えると、実に異例であった。山本は日本の岩崎家の、いわば番頭さんであった。東京の東山農事の派遣社員であった。

その岩崎家は、戦後の財閥解体で三菱を切り離されていた。残った事業は東山農事のみであった。

その東山農事は、敗戦で東南アジアの事業を総て失っていた。残ったのは岩手県の小岩井農場、千葉県の末広農場とブラジルの事業だけである。

終戦以前に比較すれば、芥子粒のような存在であったが、岩崎家最後の砦であった。

そのブラジル事業を預かる山本が、コロニアにのめり込んでいたのである。

一九五五年の末、東山農事創立者の岩崎久彌が没した。九十歳。

久彌は晩年は末広農場に隠棲していた。彼が山本をどう思っていたかは不明である。が、その死後、日本本社から山本に、

「事業に専心し、文協会長を辞めよ」

という指示が届いた。

が、山本はそれに従わなかった。ために、東山の事業の進展は鈍かった。

農場はたいして発展しなかった。

銀行は小の域に留まり、中堅へ成長して行った南銀に大きく水をあけられた。

従って山本は、日本だけでなくブラジルでも、東山の内部では不評であった。彼の裏面である。

一九六三年、サンパウロで病死。七十一歳。遺族は帰国せず、そのまま永住した。

なお四百年祭、五十年祭の頃から、コロニア人は、その生活設計を大きく変えた。かつては出稼ぎのつもりでいたが、永住に気持ちを切り替えた。敗戦認識が進み、帰る所が無くなった…という諦めからである。

これも精神面での再出発であった。


奇策


一九五〇年代、コチア産組の下元健吉が、また新たな奇策を打ち出した。二策あった。

「日本から大量の青年移民を導入」

「サンパウロの市内に於ける広大な土地の購入、その資金調達のための増資積立金の大幅引き上げ」

である。(増資積立金=組合員の生産物販売額の一部を、資本金用に徴収する制度。六章参照)

いずれも組合員を、世間を…驚かした。何故なら、規模の大きさに比較、何故そんなことをするのか判らなかったからである。

青年移民に関していえば、当時コチアは、そんな大量の労働力を必要とはしていなかった。当然これには、組合内部に強い反対の声が上がった。しかし下元は押し切った。

同時にその導入許可を得るべく、理事長のフェラースにリオの移植民審議会(政府機関)と交渉させた。これは難航、フェラースは何度も諦めようとした。

許可が下りなかったのは、連続襲撃事件で、サンパウロ州では日本移民の導入に反対の空気が強く、審議会はそれを知っていたからである。

が、下元はフェラースに交渉の継続を命じた。

何らかの手を打ったのであろうが、漸く許可が下り、青年の渡航が始まったのが一九五五年である。

計画着手から数年が経っていた。

許可枠は第一回分が一、五〇〇人で、五八年までに十数回に分けてサントスに上陸した。引き続き、第二回分として同数の許可を取得した。こちらは、途中で応募者の枯渇や下元の死で中断した。

これがコチア青年である。計二、五〇〇人余を数えた。

彼らは組合員の農場で四年間就労、以後は独立することになっていた。無論、コチアの組合員として…である。

コチア青年に関する資料は種々あるが、肝心の「何故、これだけの数を導入しようとしたのか?」を納得行く様、明示するそれは見つからない。

既述の産組の再編成・一本化の時と似ている。

コチア青年の渡航が始まったのと同じ年、下元は突如、前記した広大な土地の購入に踏み切った。

場所は、サンパウロ市の西の外れジャグァレーであった。

コチアは九年前、このジャグァレーで四万二、〇〇〇平方㍍の土地を買い、肥料や飼料の工場を建設していた。

これだけでも大変な投資であったが、さらに、その隣接地に六万平方㍍の土地を買い増したのである。一万平方㍍の大倉庫付きであった。

こんなバカデカイものは必要なかった。が、何故か下元は決断した。しかも、その資金調達のため、増資積立金を二㌫から五㌫へ引き上げるという荒技を発案、総会にかけた。(つづく)


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