外国人受入れ政策の矛盾のしわ寄せ=複雑な在日ブラジル人子弟の家庭問題=CIATEコラボラドーレス会議《記者コラム》
日本で暮らすブラジル人の労働者や子どもたちの生活環境が、40年にもわたり複雑な課題を抱え続けている――。中でも両親の問題、日本社会の外国人受入れ政策の矛盾のしわ寄せが、在日外国人の子どもを取り巻く環境に集まっているのではないか。
その課題を話し合うため、2025年度国外就労者情報援護センター(CIATE)コラボラドーレス会議が11月29、30日、「社会変革の時代における在日日系人労働者の現状」をテーマにブラジル日本文化福祉協会貴賓室で開催されたのを取材した。
外国人労働者支援に取り組む専門家らが集い、その実情と支援の方向性について議論するこの会議では。家庭環境や教育支援の不足、世代間で連鎖する孤立など、看過できない問題が次々と指摘された。
劣悪な家庭環境が子どもの発達に悪影響
30日朝、浜松医科大学子どものこころの発達研究センターの土屋賢治医師は、「メンタルヘルスに問題を抱える在日ブラジル人のおとな、子ども」について、浜松からオンライン講演した。在日ブラジル人子弟の相談を受けており、その一部を紹介した。
日本生まれの中学1年生の少年からの相談として、「普段はいない父親がたまに帰ってきて母親と喧嘩になり、家庭内暴力を振るい、自分にも説教をするという家庭環境で育った。次第に学校に行かなくなり、ベットでスマホを見ながら一日過ごす生活を送っている」という相談を受けている。
母親には若い恋人がおり、彼が最近、母と息子をドライブに連れ出し、車内で大喧嘩になり、母と息子は車から引きづり出されて罵倒され、殴られた。「また彼が来ると思うと怖くて震えてしまう」ので母に恋人を家に入れないように訴えたが、改善せず。
息子の安全確保のために、入院治療の準備に着手したが、母が激しく抵抗。父も登場して「息子を日本の病院に入院させるなら、ブラジルに連れて行く」と息まき、入院は頓挫。息子の一時保護を検討するため、静岡県児童相談所に介入を依頼。母の了承のもと、息子に対する本格的な心理治療・薬物治療が開始されたという経緯が説明された。
別のケースでは、日本の公立学校に通っていたが適応できず、ブラジル人学校に転校した青年を紹介。彼は17歳で学校に通うのが辛くなり、自宅に篭るようになり、心配した母が病院で連れて行き、診察を受けるように。彼は診察中、ポルトガル語や日本語ではなく、英語を使った。主治医である土屋さんは英語で彼に質問し、彼は英語で答え、そのやりとりを土屋さんが日本語で父に伝え、父がポ語で母に伝えるという複雑な診察。
彼の訴えは「脳がブレイクダウンする」「ブレイクダウンすると無性に食事がしたくなる」などの理解に苦しむものだった。
土屋医師は「スケジュールを持たない生活をする母との共生により、彼も日常生活のリズムが確立しない」という家族の問題もあると診断し、不安と抑うつを抑制するための薬物療法を行っているが、改善の気配は乏しいと報告した。
外国人子弟には義務でない日本の義務教育
土屋医師は「在日外国人には日本語ができないという言葉のバリアがあり、利用できる支援機関が限られている現状」があり、医療通訳、行政サービス案内の多言語化を解決策として挙げ、「こどもへの学校・教員の対応の質・量の乏しさ」を指摘し、「いつでもいいから学校においで」は子どもの登校への動機づけにならない、子ども自身の学ぶ意欲が軽視されていると訴えた。
その背景には、在日ブラジル人子弟で日本の高校の卒業者が半分もいないと推測される現実がある。それは日本の義務教育において、日本人子弟は授業内容を理解しないと卒業させないし、不登校になれば先生が訪問して心配してくれるが、外国人子弟は放って置かれる現実があるからだ。地方自治体によって差は大きく、しっかりやっているところもあるだろう。
これ関してコラム子は、東京外国語大学の小島祥美准教授が2022年7月1日付Nippon.comで《日本に暮らす外国籍の子どもたちに就学支援を:平等に教育を受けられる体制づくりが急務》(https://www.nippon.com/ja/in-depth/d00814/)で発表した内容に同感だ。
いわく《2019年9月、日本で暮らす外国籍の子どものうち、約2万人が学校に通っていない可能性があるという実態が、文部科学省が全国規模で初めて行った外国人の子供の就学状況等調査(2019年度)によって明らかになった。これは、日本で暮らす外国籍の子どもの約5人に1人(18・1%)が不就学状態に置かれている可能性を示す。この数を同じ時期の2019年に発表された国連教育科学文化機構(ユネスコ)リポートと照らし合わせると、その深刻さが顕著になる。なぜならば、世界で最も学校(初等教育)に通っていない子どもの比率が高い「サハラ以南のアフリカ地域」(18・8%)と、ほぼ同じであるからだ》と問題提起している。
小島氏は文部科学省サイト(www.mext.go.jp/a_menu/shotou/shugaku/detail/1422256.htm)において、「外国人の子の就学に関する手続について、どのような点に留意が必要でしょうか」という問いに関して「我が国においては、外国人の子の保護者に対する就学義務はありませんが、公立の義務教育諸学校へ就学を希望する場合には、国際人権規約等も踏まえ、その子を日本人児童生徒と同様に無償で受け入れているところです」と書かれていることを紹介。
つまり、文科省自ら「外国人の子の保護者に対する就学義務はありません」と明言している。そのため、土屋医師が「こどもへの学校・教員の対応の質・量の乏しさ」と指摘する現実が生まれ、外国人子弟は義務教育において放置されやすい現実があるようだ。
さらに土屋医師は在日ブラジル人側の問題として「身勝手な男性」「力に依存した解決を求める男性が多い」「学ぶ楽しさを知らない大人が多い」という点も列挙した。
加えて、在日ブラジル人の「高齢化/社会的孤立の世代間連鎖」の問題を挙げ、「若い世代の新規流入が限定的である」「2010年以降も定住を続けた成人が歳をとり、傷んで、孤立している」「その子どもたちは、親たちの振る舞いに影響を受けている」という分析をした。
金融危機以降に学歴低下と高齢化が深刻化
土屋医師は2005年時点の年代別在日ブラジル人のグラフを例示し、2008年の世界金融危機を境に大きく状況が変わったと分析した。そこに日本政府の帰国支援があった2009年の帰伯者の数を重ねると、2009年以降に日本に最も残った層が40代であり、そこから20年近く経った現在、60歳に近づいて高齢化している現実があることを解き明かした。
この時の帰伯者の特徴を「高学歴者、非就労者、非労働者」とし、「20代以下の若者層」「大学卒業以上の高学歴者」「5年未満の短期滞在者」と指摘した。逆に日本定住を選択した層には「年齢が高い」「低学歴者が多い」「日本での職歴をブラジルで生かせない人が多い」との傾向があると説明した。
これはコラム子の見方では、訪日できる3世までの世代が高齢化したことを背景に、世界金融危機で若い世代を中心に10万人以上が退去して帰伯した結果だ。その傾向を日本政府自身も帰国支援策を取って強化した。
この若い世代がそのまま日本に残っていれば、今ごろ、次の世代が日本の中で育っていた。だが、そうならず、しかも新世代だる4世ビザの要件が厳しすぎて、新しく訪日する層がおらず、学歴低下と高齢化が加速してしまった。
30年も繰り返し起きている教育問題
途中からは、デカセギ帰伯子弟支援「カエル・プロジェクト」を10年以上進めているサンパウロ市在住の中川郷子心理科医も加わり、「在日子弟の環境は、言葉の問題だけでない。両親が残業でストレスが多く、子どもとコミュニケーションをとる時間が少ないとか、転職が多くて隣人とつきがいない、つまり社会への所属感が弱いという家庭環境自体が、子どもの発達やアイデンティティ形成に深い影響を与えている。診察の際に、親のどちらかが使えるポ語でも日本語でもなく、医師とだけ会話できる中立的な英語で答える子供のケースは、まさに親との関係の問題を示唆するケース。多言語を使える能力は素晴らしいものだが、どれもが中途半端になりがち。どれかの言語がしっかりしたレベルに達するには、それ相応の努力が必要であり、そのためには教育がきちんと受けられることが基本。日本の義務教育が、外国人子弟には義務になっていない現状には問題がある。このような問題は、この20年、30年と驚くほど繰り返し起きている。土屋先生が子どもたちに心配を抱いていることに、全面的に共感する」との経験的な分析を述べた。
日伯の警察対応の違い
日本で外国語事務弁護士登録をしているブラジル人3人のうちの一人、マルシア・コシバ弁護士も「在日ブラジル人の法律問題」を講演した。「『児童相談所の命令で子供を連れていかれた。なんとかならないか』という相談も実際にあった。日本では家庭内暴力があれば、子供を家から連れ出すケースは多い。家庭内暴力に対する意識を啓蒙するキャンペーンがもっと必要」と述べた。
さらに「日本にはマリア・ダ・ペーニャ法(家庭内暴力に対する厳罰法)がない。日本では、暴力を伴わないメンタルな家庭内暴力だと、警察は『相談』だけであまり力を入れてくれない。ブラジルでは加害者を家から外に出すが、日本では被害者が家から出るのが普通。日伯司法の違いはいろいろあるので、違いをよく理解することが大事。何があれば日本でもブラジルでも相談して」と呼びかけた。マルシア外国法事務弁護士事務所の連絡先は愛知県岡崎市(81・80・6904・7960)、ブラジル側は(55・44・99161・3410)。
来年から社会保険含めた税金未払いがビザ更新に悪影響
特定非営利活動法人在日ブラジル人を支援する会(SABJA)理事長の田村エリカ氏からは「日本における社会保険料徴収の厳格化について」をテーマにした講演があり、「来年から外国人が社会保険なども含めた税金未払いしていると、ビザ更新時に影響するなどの厳格化が予想され、日本語要件も厳しくなることも想定される。ネット上には信用できない情報も多々あるが、在東京ブラジル総領事館のサイトのなどに正しい、詳しい条項があるので、自分でしっかりとチェックを」と呼びかけ、特に日本の社会保険の基礎を説明したポ冊子(www.gov.br/mre/pt-br/consulado-toquio/arquivos/nosso-futuro.pdf)を読むように勧めた。SABJA連絡先(日本050・6861・6400、nposabja@gmail.com)
外国人と共生する社会をどう築くのか
会議では、在日ブラジル人の抱える問題は「言語」や「労働環境」だけではなく、家族関係や教育、地域社会とのつながりなど、多層的で長期的な構造に根ざしていることが示された。日本の受け入れ態勢だけでなく、ブラジル人の本人の意識を高める必要がある。専門家らの報告は、支援体制の見直しと社会全体の理解促進の必要性を改めて浮き彫りにしている。
「外国人を長期滞在者・移住者としてどう受け入れるのか」「外国人と共生する社会をどう築くのか」――日本社会は、その問いに正面から向き合う時期に来ている。(深)
★当日のライブ動画=日本語(www.youtube.com/watch?v=aqD1p6SE8uE)、ポ語(www.youtube.com/watch?v=gtsu-EeRRmw)
【参考記事】
《記者コラム》外国人問題の本質とは何か?=与党過半数割れの参院選挙争点=海外在住日本人からの視点
2025年7月22日
https://brasilnippou.com/ja/articles/250722-column
《記者コラム》技能実習全盛で訪日就労どうなる?=「日本語勉強して直接雇用目指せ」=一般ブラジル人が育成就労行く時代に?
2024年11月12日
https://brasilnippou.com/ja/articles/241112-column
《記者コラム》移民大国ニッポンという現実認識を=なぜ外国人子弟教育はアフリカ並み?
2024年2月6日
https://brasilnippou.com/ja/articles/240206-column
《記者コラム》リーマンショック世代という宝=4世ビザ要件のさらなる緩和を
2023年10月10日
https://brasilnippou.com/ja/articles/231010-column
《記者コラム》「第2の棄民」始めた日本政府=老いた日系に用なし、若いアジア人へ
2022年1月25日








