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ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(343)

2026年2月19日


 しかも、この頃、国内金利も国際金利と同様、暴騰中であった。組合は、その原資のコストを基準に、いわゆる「内部利子」を設定、それを加算して、(出荷物の販売時に)組合員に資材の代金を清算させていた。

 翌八八年、バタタの市況はさらに悪化した。ハイパー・インフレの中で、消費者の購買意欲が一段と低下したのである。

 一方で、金利は暴騰段階を超え、狂騰しており、バタタの生産コストの五割近くを占めてしまった。

 無論、大きな赤字となった。二年連続の大赤字である。この事態に、バタタ生産者たちは唖然とし、それが高じての馬鹿笑いすらアチコチで上がるようになった。

 状況が悪過ぎると、人は青冷めるよりも馬鹿笑いすることもある…と筆者は知った。

 コチアの本部では、バタタの担当職員が、

 「去年と今年、バタテイロの組合員さんたちが組合に対して作った借金が、全部キレイになるまでには四、五年かかるのではないか…」

 と、その深刻さを語っていた。が、それも状況の好転を前提としての話であった。

 好転するまでは、組合の焦げ付き債権となる。ドンドン膨れ上がって行く。

 それは組合の銀行に対するホット・マネーの負債を、同様に膨れ上がらせる。

 担当理事や幹部職員は背筋が凍る思いであったろう。

 バタタは、そういう状態となってしまった。

 ここで、話の筋は若干逸れるが、前記の内部利子は、バタタ部門に限らず、組合による組合員の操縦に利用されていた。

 組合に反抗的な組合員には高利の…柔順な組合員には低利の…利子を適用するという方法である。

 これは、かなり古くから使われていた手で、組合員は知っていた。だから一部の組合員は組合に逆らうまい、睨まれるまい…とした。

 中には、組合役員になり、低利の利子を出して貰おうとする者もいた。

 そういう傾向が一段と進み、組合と組合員、そして組合員同士の間の、ギスギスした空気が強まってもいた。

 

 セラード戦線、壊滅

 

 コチアにとって、バタタが組合の歴史をつくった伝統的作物であったとすれば、セラードは新時代を切り拓く開拓前線であった。

 その前線でも凶事が相次いていた。

 凶事の一は、組合員の組合に対する反抗的行動である。

 二種類あった。「内部利子に関する告訴」と「組合が生産・配給する肥料に対する不買運動」である。

 前者は、最初、ミナス州サンゴタルド事業所で起きた。

 「内部利子は違法」

 と、組合を告訴する組合員が現れたのである。上昇を続ける利子の重みに耐えかねたのだ。

 それと、法的には原則として、組合は農業融資の利子以上の額を要求することは、できないことになっていた。

 裁判は、この組合員が勝訴した。すると、それに倣う組合員が次々と出た。一九八〇年代半ばには二〇~三〇人を数えた。

 その一審の判決が八六年に下り、組合員が勝った。組合は控訴した。

 この係争は、他の地域にも広まって行った。

 次に後者は一九八七、八年のことである、やはりサンゴタルドの組合員が「組合の肥料が市場相場に比較、高過ぎる」と連携してボイコットを始めたのである。

 その時、同地の評議員(組合員代表、二世)が、そのボイコットを知らぬまま、サンパウロの組合本部へ出張した。本部へ着くと、会長のゼルヴァジオに呼ばれた。何の用件なのか判らぬまま行くと、激昂している。

 「まず、怒る理由を説明してくれ」

 と要求したが、ゼルヴァジオの怒りは鎮まらない。それが余りに激しいため、秘書の知らせで、監事が駆けつけたほどであった。

 ゼルヴァジオにすれば、サンゴタルドは、自分が直接手掛けたセラード開発の最初の拠点であった。しかも、この時期、全事業所中、最大の事業量を誇っていた。

 しかるに、地元の組合員が数年前から次々と、組合に対する反抗的行動を起こしている。それで堪忍袋の緒を切ったのだ。

 対して、この評議員は(わけも言わず怒鳴りつける。なんだ、この糞ジジイと思った)と言う。

 これを聞いたとき、筆者は驚いたものである。ゼルヴァジオは七十歳位であったから、ジジイではあろうが、そんな風に表現する組合員が居るということは、想像を越えていたのである。が、こういう時代になっていたのだ。

 凶事の二は、生産物の採算の極度の悪化である。

 当時、セラードの主たるそれは、大豆とカフェーであった。(つづく)


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