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県連ふるさと巡り北パラナ編(3)=活気ある伝統的な日系社会《マリンガ》=英国資本が開拓した特異な歴史

2026年4月16日

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 『北パラナ国際植民地開拓十五周年史』(中西周甫著、国際植民地連合日本人会刊、1950年)のマリンガー項(174頁)によれば、《1945年以前は在住者数家族であったが、1945年1月1日に日本人会を設立し、会長に田口光蔵氏、副会長に林芳雄氏を選任した。当時会員18家族に上り、1947年12月まで留任した》とある。

 さらに《1948年4月に土地会社より運動場敷地として市街地の一隅2アルケレスの土地無償提供を得て直ちに伐採整地に着手、第一期事業をとして、半アルケレスを運動場に充当し、外人運動団体に先んじて作業を了り、同時に将来奥一帯に創立されるべき同胞大植民地の子弟を収容して、マリンガ市街地にて学習の便を図るために奨学舎の建設に着手、工事費40コントスを投じてその工成り、1949年1月落成式を挙げた》とある。

 そこから約80年の間に、あのような立派なACEMA会館が建てられ、現在の活発な日系社会を形成するに至った訳だ。先ほどの「土地会社」とあるのは、「北パラナ土地会社」のことだ。

 サンパウロ州は州政府が鉄道をひくタイミングを見ながら、ブラジル人農場主や移民が個別に奥へ奥へと開拓していったが、北パラナは異なる。アフリカのスダンで植民地を開発した経験を持つ、国際的な資本家グループ「英国シンジケート」が計画的に開発した。

 1924年、ベルナルデス大統領の招待により、ロバート卿(Lord Lovat)率いる英国人実業家グループがパラナ州を訪問し、チバジ川、イヴァイ川、パラナパネマ川に囲まれた一帯に着目した。赤土(テーラ・ロッシャ)の沃土が広がった川沿い地域だ。 

 その結果、ロンドンのパラナ・プランテーションズが主要株主となって、1925年から27年にかけて「北パラナ土地会社」(Companhia de Terras Norte do Paraná)を設立した。パラナ州政府と交渉して50万アルケールもの土地を取得する代わりに、同エリアに鉄道を敷設する義務を負った。その代わりに、鉄道沿線の土地を計画的に区画分譲・販売していった。

 同社は、ジャタイジーニョからウムアラマに至る広大な地域における土地の区画分譲・販売権を付与される一方、同エリアに沿って鉄道を延伸する義務を負っていた。

 同社は英国式の農地分譲モデルを導入し、分水嶺に沿って鉄道を敷設しつつ、約10〜15キロ間隔で都市を計画的に建設した。都市名にはアプカラナ、アラポンガス、カンベ、イビポラン、ジャンダイア、タペジャラ、ウムアラマなど先住民由来の名称が採用される一方、ロンドリーナやロランジア(ドイツ語起源)、ロヴァット(現マンダグアリ)といった欧州系の名称も見られる。さらにマリンガ、シアノルチ、サランジ、ウムアラマなどの都市も、同社によって区画開発が進められた。

 1934年にはサンパウロ・パラナ鉄道のレールがロンドリーナまで到達し、敷設完了を祝う式典が行われた。植民計画の実現には、移民の流入と農産物の輸送を担う交通網の整備が不可欠であった。このためパラナ・プランテーションズは1928年、オウリーニョス〜カンバラ間を運行していたサンパウロ・パラナ鉄道会社を買収。翌29年以降、鉄道網の近代化と延伸を進め、30年にコルネリオ・プロコピオ、32年にジャタイジーニョ、35年にロンドリーナ、42年にはアプカラナへと路線を拡大した。

 北パラナ土地会社は国籍ごとにグループを作ってそれぞれに入植・管理運営させる独特のスタイルをとった。1929年から北パラナ土地会社の日本人部総代理人として日本移民を勧誘して植民させる責任を負ったのが氏原彦馬氏だった。

 氏原氏は高知県出身で、1910年に第2回移民船・旅順丸で渡航した先駆者だ。『日本ブラジル交流人名事典』(五月書房、パウリスタ新聞)には《その努力が実り、1932年頃より購入者が激増。日本人移民の同州入植者も増え、サンパウロ州に次ぐ日本人居住州となる。「氏原の北パラナか、北パラナの氏原か」と言われ、北パラナ州黄金時代の功労者となる》(47頁)と書かれている。

 この植民計画の流れに乗った日本移民が、どんどんサンパウロ州から流れ込んだ。

 当時すでにレジストロ地方、モジアナ線、ノエロエステ線、ソロカバナ線などは開拓地が少なくなり、次男三男を中心とした新しい土地を求める若者が中心になって、次々に北パラナに移り住んでいった。(続く、深沢正雪記者)



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