新政権のアキレス腱は上院か=インフレ目標上げたいルーラ

リラが圧勝した下院、波乱含みの上院
上院下院とも現職議長が勝利した。これはルーラ政権に有利だ。次の2年間の連邦議会の運営を左右する舵取り役であり、それが政権に好意的か否定的かで、まったく法案の通り方が変わってくる。
例えば、ボルソナロ政権の最初はロドリゴ・マイア下院議長が政権の法案をことごとく否定し、新しく議会案を作って通していた。その時代に生まれたのが下院議長の権限を〝首相〟のように強化する秘密予算という制度だった。
あれは、確かにボルソナロ政権時代に作られた制度だが、大統領権限を骨抜きにするために作られ、ボルソナロは追随せざるを得なかった。その仕組みを最大限に活用したのはアルトゥール・リラ現下院議長だと言われる。自分のシンパ議員に秘密予算をばら撒いて票集めを有利にしたから、今回の下院議員には再選者が多い。リラに恩義を感じる下議は多い。

リラ下院議長は保守派でボルソナロ時代に大統領と蜜月を報じられることが多かった。だが、セントロン政治家には思想的こだわりはない。昨年末には政権移行PECでルーラに恩を売ったから、今回の下院議長選ではPTら与党議員もリラ支持に回った。だから保守派と左派議員が団結した結果、圧倒的多数464票(全513票中)を集めて再選を決めた。
だからと言ってルーラ政権が出す法案を、そのまま下院承認するようなセントロンではない。政権からズルズルと利権や譲歩を引き出すのと引き換えに、承認する場面が多くみられるだろう。
リラはさっそくルーラの意向に沿って「税制改革検討部会を近日中に立ち上げる」と発言している。政権には心強いコメントだ。保守派として選挙で当選したセントロン議員たちだが「権力に寄り添う」特性は遺憾なく発揮されている。
この変わり身の早さが政権にプラスに働いているうちは良い。だがジウマ罷免の時のように、セントロンに危険が迫ったときには、あっという間に身を翻す。諸刃の剣といえる特性だ。
ボルソナロ派の重要な票田だった福音派議連にもあちこちで亀裂が入っていると報じられている。連邦議会だけでなく、地方でも同様だ。前大統領の選挙地盤であるリオ州でクラウジオ・カストロ知事はボルソナロ家から距離を置き始め、元ボルソナロ政権の大臣、サンパウロ州のタルシジオ・デ・フレイタス州知事もルーラに接近している。
新政権発足わずか1カ月だが、野党の雄たるべきボルソナロが米国に逃げている状態であり、右派地盤が「穏健派」「強硬派」に分裂して弱体化する流れはさらに顕著になりそうだ。
ボルソナロ派だけではない反パシェッコ勢

下院ではリラが圧倒的集票力を持つことを証明したが、上院のロドリゴ・パシェッコ議長はそうではなかった。49票対32票だった。ここがルーラ政権のアキレス腱になる可能性がある。
2日朝のCBNラジオでベラ・メガリは《上院議長選挙の2日前の段階では、実はボルソナロ派に推されたマリーニョが「これは大統領選第3次投票だ」とばかりに猛烈な追い上げを見せてひっくり返していた。第1次投票、第2次投票ではルーラに負けた。でもここでは目にもの見せてやるという勢いだった。そのため、ルーラ政権にとっても「これはマズイ」となり、省庁の序列第2位や第3位の役職をばら撒いて票をつなぎ止め、なんとかひっくり返した。つまり、逆転されたのを、逆転し返した。かなり際どい状態だった》と解説した。
つまり、大統領府がパシャッコを全面援護したから何とか当選した。そうでなければ、危うくボルソナロ派に持っていかれる寸前だった。これをBBCブラジルは《パシェッコは上院再選、でも野党は〝魔法の数字〟を獲得》(https://www.bbc.com/portuguese/articles/cmlv3p32wmeo)と報じた。
2年前の2021年2月の上院議長選では、パシェッコはライバルのシモネ・テベテ上議を57票対21票で易々と破っていた。
1日朝のCBNラジオでベルナルド・メロは《ボルソナロ派の代表としてマリーニョは先週から急激に勢いを付けてきている。それに加えて、反ダヴィ・アルコルンブレ前上院議長勢力がマリーニョ側についている。パシェッコの後ろ盾になっているアルコルンブレ前上院議長は、上院で最も重要な憲政委員会(CCJ)委員長として権力を存分に振るい、2年後には再び自分が上院議長になるという密約を交わしているとの噂がある。それに反発する勢力が、マリーニョ側についた。そして上院は秘密投票だから裏切りが生じやすい特徴がある》と興味深い分析をしていた。
ブラジルの場合、法案承認以外にも上院にはかなり力がある。最高裁判事や連邦検察庁長官は上院のサバチーナ(口頭審問)を通過しないと就任できない。最高裁判事を罷免する審議も上院で行われる。
ボルソナロ派が上院を抑えたら起きること
現在、ボルソナロ派の天敵アレシャンンドレ・デ・モラエス最高裁判事には、60件もの罷免審議申請が上院に提出されていると25日付アジェンシア・エスタード(https://www.correiobraziliense.com.br/politica/2023/01/5068681-alexandre-de-moraes-e-alvo-de-60-pedidos-de-impeachment-no-senado.html)が報じている。
これは一般市民や下議、上議などから提出され、12件はすでにパシェッコ議長が否決済みだ。だが今年だけで7件も出ている。
マリーニョが上院議長に当選していれば、この罷免審議が動きだす可能性があった。「ボルソナロの天敵」モラエス判事が罷免されるとルーラにもマイナスだから、政権の総力を挙げて阻止する策に出たようだ。
つまり、罷免審議を始めるには足りないが、上院で議員調査員会(CPI)を始めるには27票あれば可能なので、ルーラ政権に何か問題が表面化した際、CPIを始めることは可能だ。例えばボルソナロ政権はコロナ禍CPIで、半年間毎日、批判的報道の嵐に苦しんだ。
万が一そのような問題が起きた時、マリーニョはCPIを始めるのには十分な票を持っている。これはルーラ政権には脅威だろう。
インフレ目標を4・5%に上げたいルーラ
政権の先行きを占う上で注意点となっているのは、ルーラから次々に急進左派=PT原理主義的な発言が出てきていることだ。例えば、ルーラは2日夜、RedeTV局のインタビューに答えて中央銀行の独立性に関して「ばかげている(bobagem)」と異議を唱える発言をし、それを変えることを連邦議会と検討するとまで言った。
これは中銀が1日に経済基本金利(Selic)を13・75%に維持し、なおかつ「公共支出の増大が予想されるので、より長期間続ける可能性がある」と示唆したことを批判したものだった。インフレが上がる傾向がある場合、Selicを上げて経済活動を押さえ込むことで、インフレを抑止する。
ルーラは早くSelicを下げることで経済活動を活発化させたいと考えているので、中銀が定めるインフレ目標を批判している。現在中銀はインフレ目標を3・25%(+-1・5%)と定め、24年と25年は3%(+-1・5%)に下げる意向だ。従って、インフレ目標の上限は4・75%となり、現在の年間インフレ率は5・79%なので、上限超え手いる。だからインフレ抑制のために高金利を続けなければいけない、となる。
これをルーラは、インフレ目標を4・5%に上げたい意向だ。そうなれば上限は6%になるので、現在のインフレ率なら正常な範囲内だから金利を下げ始めても良いという理屈になる。
インフレ目標を3%前後に設定するのを「欧州基準」と批判し、「ブラジルは独自基準を決めるべきだ」としている。
本来、財政政策は連邦政府の財務省、金融政策は中銀が担当し、それぞれが連携しつつも独立して一国の経済を運営していくのが理想の姿と言われる。だが、経済成長率の低さと財政政策の結果への不満から、政府が金融当局を非難して悪い結果になった前例がある。
前回のPT政権のインフレ目標は5~4%台
たとえばCNN記事中の表にあるように、前回のPT政権の間インフレ目標は5・5%から4%台だった。それがテメル政権以降に徐々に下げられ、現在の3・5%まで来た。
ジウマ政権は2011年に経済成長率に不満を持ち、12年には中銀に対して秘密裏に干渉を行って金融政策に口出しをした。インフレが収まっていないのにムリにSelicを下げた結果、一時的に経済成長率は上がったが、その後にひどいさらにインフレに襲われ、14年から16年まで不況に陥る流れがあった。
今回も、ルーラが言うようにインフレ目標を上げてSelicを下げたら、あと6月間も高金利が続けばインフレ抑制が終わるはずだったものが、12カ月以上に延びてもインフレ抑制ができない可能性があるという批判をするエコノミストもいる。
一方で、ブラジルにおけるインフレ目標制度の生みの親の一人、元中央銀行経済政策局長、経済学者セルジオ・ウェルランはルーラの考えを支持する。今後数年間、4%または4・5%程度の高いインフレ目標採用を主張する一人だ。
1月29日付フォーリャ紙(https://www1.folha.uol.com.br/mercado/2023/01/governo-nao-discute-mudar-meta-de-inflacao-apesar-de-criticas-de-lula.shtml)でウェルランは、こう主張している。
《彼によると、低い目標は「金融システムの士気を下げる」のだそうだ。「結局、実現不可能な数字を並べることになり、中銀は非常に保守的になって、金利を大幅に引き上げざるを得なくなる。それをやっても失敗することが多い」と、彼は言う。チリなど他の新興国も同じパラメーターを採用しているが、3%という目標はブラジル経済のキャパシティに対して低すぎるとも主張している》
ウェルランの言うとおりうまくいけば万々歳だが、高いリスクを伴うことも確かだ。ルーラによる国民への丁寧な説得と、経済に関するたしかな手腕が問われている。
右にも左にも幻滅して中道に集まる国民
4日付ポデル360サイトに《ブラジルでは右派が28%、左派が21%、中道が20%》(https://www.poder360.com.br/poderdata/no-brasil-28-sao-de-direita-21-de-esquerda-e-20-de-centro/?utm_source=terra_capa&utm_medium=referral)という興味深い記事が掲載された。
これは1月29~31日の間に、27連邦自治体に散らばる288市に住む2500人に電話調査した結果だ。
大統領選挙の前後で、国民の思想傾向を追った調査だ。一昨年の21年8月は左派24%、中道25%、右派24%、「知らない」が27%だった。大統領選挙の1年少し前には四つがほぼ同率だった。
ところが大統領選挙の半年前、プレ選挙運動中の22年4月には中道派が17%まで減って、右派が33%に増え、左派が23%に微減、「知らない」が27%と前回と横ばいだった。
それがこの1月29日から31日に行われた調査では、右派は28%に減り、左派も21%に減り、中道派が20%に微増、「知らない」が31%に急増した。
右派が減ったといっても33%から28%に4%減っただけで、左派も23%から21%に2%減っているので、痛み分けのような数字だ。驚くのは中道が17%から20%に上げ、「知らない」が27%から31%に急増したことだ。
中道派と「知らない」を合わせれば、国民の半分を超えた。ここから読み解けることは、2人に1人は「右でも左でもない。とにかく良い政治をやってくれ」という気持ちなのではないか。
同じ調査がルーラ政権の評価もしており、「評価する」と答えた人の35%が左派、32%が「知らない」、26%が中道派、8%が右派だった。逆に「評価しない」と答えた人の59%は右派、22%が「知らない」、中道派は12%、左派も7%いた。
同記事は《2021年4月以降、政治的中道派を自称する有権者は、ボルソナロよりもルーラを好む傾向がある。今日、この中道派は、ルーラの大統領就任1カ月を「評価する」と言うグループのかなりの部分を占めている》と締めくくる。
とはいえ1月21日付エスタード紙によれば、サンパウロ市民の約60%は2020年の地方選挙で「誰に投票したか覚えていない」と答えたとの調査結果も出ている。つまり、ブラジルにおいて一般有権者は、その場その場の雰囲気で投票するから、すぐに誰に投票したかを忘れる。その時の政局に影響を受けやすく、今の傾向から数年後の投票動向を推測することは限りなく難しい。(敬称略、深)