胎盤タンパクが四肢麻痺治療薬に=脊髄損傷の再生医療に光明

リオ・デ・ジャネイロ連邦大学(UFRJ)の研究チームは9日、胎盤から抽出したタンパク質を用いた治療法により、脊髄損傷で四肢麻痺となった患者の運動機能の回復が確認されたと発表。25年以上の研究の末、損傷によって途絶えた神経の信号を再び接続し、機能回復を促す効果が実証されたと同日付のG1など(1)(2)が報じている。
研究チームは、通常出産後に廃棄される胎盤に含まれる「ラミニン」というタンパク質に着目。ラミニンは胎児期に神経細胞同士の情報伝達を促進し、神経の成長や再生に重要な役割を果たすことが知られている。研究者らはこの物質を胎盤から抽出し、網目状の構造に再構成した「ポリラミニン」と呼ばれる物質を開発。これを基にした実験薬「ポラミニナ(Polaminina)」が、UFRJと国内製薬会社クリスタリアにより共同開発された。
ポリラミニンには、損傷した軸索(神経細胞から伸びる長い突起)が新たな経路を形成し、電気信号の再伝達を可能にする仕組みがあることが明らかになった。神経細胞の損傷を抑える「神経保護効果」と、新たな細胞の生成を促す「再生効果」の両面を兼ね備えている点が特徴とされる。
研究チームの一員で、神経外科医のマルコ・アウレリオ・デ・リマ氏は、約7年前からこのポリラミニンを使った臨床応用に取り組んでおり、脊髄損傷を負った患者8人に対して、事故後72時間以内に損傷部位へ同物質を注射する治療を実施した。うち2人は外傷の重症度により死亡したが、残る6人はそれぞれ異なる程度で運動機能の回復を示した。
中には脚を持ち上げてペダルを漕げるようになった患者や、腕・手・体幹の可動性を取り戻したケースも報告されている。医療的な評価では、6人中5人が「機能・感覚が完全に失われた状態(レベルA)」から、「一部の機能回復が見られる状態(レベルC)」に改善したとされる。
中でも注目を集めたのがブルーノ・ドゥルモン・デ・フレイタスさん(31歳)の例だ。彼は23歳の時に交通事故で頸椎を損傷し、腕と脚の運動機能を完全に失った。ポラミニナの投与が、負傷から24時間以内という比較的早い段階で行われたこともあり、約1カ月後には足の親指を動かせるようになった。回復は徐々に進み、現在では通常歩行が可能となり、腕の運動機能もほぼ完全に回復している。
21年には、慢性的な脊髄損傷を抱える犬6匹にポラミニナを投与する実験を実施し、うち4匹で運動機能の改善が見られ、国際的な科学誌にも成果が掲載された。
また、発症から時間が経過した慢性期の脊髄損傷患者への応用も一部で始まっており、損傷から3年以上経過した患者でも、車椅子の操作やスポーツ参加が可能となるなど、一定の改善が見られた。ただし、慢性期では再生効果は確認されるものの、神経保護効果は限定的とされ、早期投与の重要性が指摘されている。
現在、同医薬品の臨床試験を人間に拡大するため、国家衛生保健庁(ANVISA)が安全性確認のための追加データ提出を求めている。Anvisaの臨床研究コーディネーター、クラウジオスヴァン・マルチンス氏は、「これまでの試験は学術研究の枠内で、ごく少数の患者を対象に行われたもので、今後は規制要件に沿った安全性試験を経て、正式な第1相臨床試験に入る必要がある」と説明した。
ポラミニナの実用化を見据え、サンパウロ総合大学医学部付属のクリニカス病院やサンタカーザ病院などでは、当局の承認が下り次第、治験に参加できるよう、事前契約を結んでいることが明らかになっている。
専門家らは今回の研究成果に大きな期待を寄せる一方、効果と安全性の両面における検証が今後の課題だとして慎重な姿勢を崩していない。