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サンパウロ日本人学校移転の歴史=卒業生伊豆山PTA会長が語る=「カンポ・リンポは夢の校舎でした」

2025年10月11日

サンパウロ日本人学校の思い出を語る伊豆山PTA会長
サンパウロ日本人学校の思い出を語る伊豆山PTA会長

「夢の校舎でしたね。本当に広々として、プールもあったし。ブラジル人のチームを呼んでサッカーの試合をしたりもしました。たった10分の休み時間でも、外に出て遊んでいました」――取り壊しが決まったサンパウロ日本人学校(以下、サ日)カンポリンポ校舎について、そう語るのは、現サ日PTA会長で卒業生でもある伊豆山定夫さん(64歳、2世)だ。伊豆山さんはブラジル生まれで、兄弟とともにサ日に通っていた。

サ日は1967年、日伯文化連盟の日本語講座として創立され、当時はリベルダーデの文協ビルの一角にあった。その後、1968年にサンフランシスコ・ザビエル学園内に校舎を移転。伊豆山さん...

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