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《記者コラム》「経済崩壊の元凶」VS「過激な超リベラル」=亜国国民が選んだ究極の大統領2択

2023年10月31日

レビスタ・オエステ10月22日付けサイト記事《ムヒカ、アルゼンチンのペロン主義と左翼を批判》
レビスタ・オエステ10月22日付けサイト記事《ムヒカ、アルゼンチンのペロン主義と左翼を批判》

ムヒカ元大統領「インフレに苦しむ国の現役経済大臣が、なぜ大統領になろうとしているのか」

 《アルゼンチンには独自の経済(思想)があり、世界の他の国々とは別のものだ。アルゼンチンは解読不能だ。(ペロン)神話のある国だから。アルゼンチンのようにインフレに苦しむ国の現役経済大臣が、なぜ大統領になろうとしているのか説明できますか?》――そう隣国ウルグアイの元大統領、ホセ・ムヒカ氏(88)が呆れるように語ったと、レビスタ・オエステ10月22日付けサイト記事《ムヒカ、アルゼンチンのペロン主義と左翼を批判》(1)が報じている。
 これは、アルゼンチン大統領選の第1回目のタイミングで出された記事だが、ムヒカ発言はその1週間前だとされる。同じスペイン語圏で、隣国に位置し、しかもマッサ候補と同じ左翼であるムヒカ氏は、当然アルゼンチン事情に誰よりも詳しい。その人物がペロン派(ポピュリズム左派政治)のマッサ候補を公然と批判している。
 その際、アルゼンチン左派は《ペロニズムと呼ばれるものに支えられ、これは生きている。アルゼンチン人が持つ神話だ》とし、独特の感性や歴史の部分が強い為に、理屈では判断できないとする。その上で《私はマッサが選挙に勝つと言っているのではない。だが、勝つ可能性は十分にある》と明言した。
 そこまでアルゼンチンは混沌としている。
 実際に第1回投票で、現在のハイパーインフレに代表される経済崩壊を引き起こした張本人の一人である経済大臣セルヒオ・マッサ候補は、36%の得票を得て1位になった。2位は超リベラル派で過激問題発言の多いハビエル・ミレイ候補だ。
 アルゼンチン国民は、決選投票の候補に、自ら究極の選択を選んだ。「現在の状況を招いた元凶そのもの」VS「政治経験の少ない過激な超リベラル主義者」だ。決戦投票に向けた最新世論調査によると、この二人は誤差の範囲内で互角の戦いを繰り広げている。どちらに転んでも、来年の国家運営は多難だと報じられている。 

転落を続けるかつての世界最富裕国の一つ

マッサ候補、ミレイ候補が世論調査でほぼ同率であることを報じる10月26日付ポデル360サイト記事
マッサ候補、ミレイ候補が世論調査でほぼ同率であることを報じる10月26日付ポデル360サイト記事

 ガゼッタ・ド・ポーボ紙10月23日付でJRグッゾ氏はコラムで《アルゼンチン人は未知のプロジェクトか、確認された災害のどちらかを選択する必要がある》(2)と書いた。「未知の提案に賭けるか」はもちろんミレイ候補のこと、「確実な惨事に見舞われるか」はマッサ候補だ。
 過激ではあるが「根本的に新しいアルゼンチン」を提案する超リベラル派ミレイ候補は、少なくとも過去80年間に政府が行ってきたほぼすべてのこととの決別を説いて、それを「電動ノコギリ」という選挙シンボルに象徴させている。
 一方、伝統的ペロニズムであるマッサ候補は、「前任者たちが常にやってきたことすべて実行する」ことを提案している。グッゾ氏は、どちらにしても《かつては世界で最も裕福な国の一つだった国が貧困と後進性への転落を確実に続けることである》とし、カルロス・ガルデルの不滅のタンゴ名曲「クエスタ・アバホ」のように、アルゼンチンが過去の栄光を偲ぶだけの国になってしまうことを危惧する。
 グッゾ氏は《ブラジルが誇るべき隣国アルゼンチンは、謎に包まれた謎の中の謎である。それは本当に超自然的な現象で、アルゼンチン政府は例外なく、常にあらゆる可能性の中で最も間違った手段を取ろうとする強迫観念がある。悪いことに、国民の大多数が、ほぼ1世紀にわたって自国を破壊し続けてきた政治家たちを、宗教的な情熱をもって支持しようとすることである》とペロン主義者に否定的な見方をしている。
 日本の財務省財務総合政策研究所「経済の発展・衰退・再生に関する研究会」報告書の第7章アルゼンチンで、新潟大学経済学部教授の佐野誠氏は次のように書く。
 《「世界には4種類の国々がある。先進国と発展途上国と日本とアルゼンチンだ」―クズネッツによるともいわれるこの警句は一昔前ならそれなりに説得的であった。1860年代に近代化を開始した日本は資源小国でありながら資本主義的工業化に成功し、とりわけ第二次大戦後の1950~73年には世界随一の高度成長を遂げた。当時は完全雇用状態に近く、インフレは低率で、所得分配も改善する傾向をみせた。
 これに対して世界有数の沃野パンパをもつアルゼンチンは19世紀末から第一次大戦にかけて農牧産品輸出を基礎にやはり世界最高の1人当り経済成長率を実現し、当時の富裕国の1つに数えられた。ところがその後は新興工業国家への転換に必ずしも成功せず、他の国々と比べて相対的に衰退していくようになる。その過程は世界有数の高率インフレをはじめとして著しく不安定でもあった》(3)
 日本の戦後復興が世界でも稀なことであったのと同様、戦前に世界の最富裕国の一つであったアルゼンチンが戦後転落していく様子も、世界的に見て稀な事例であった。
 亜国で戦中戦後に活躍したカリスマ政治家ペロンが残した社会や経済の制度不備が後を引き、南米最富裕国は60年代から徐々にアジアの新興国日本や韓国、台湾、そしてブラジルやチリなどのラ米の競争相手にも追い抜かれていった。

転落の原因を作ったと言われるペロン大統領

ペロン大統領の公式写真(http://webs.ucm.es/BUCM/irc/39331.php, Public domain, via Wikimedia Commons)
ペロン大統領の公式写真(http://webs.ucm.es/BUCM/irc/39331.php, Public domain, via Wikimedia Commons)

 このカリスマ政治家フアン・ドミンゴ・ペロン(1895年~1974年)は大戦中に事実上の実権を握り、中立国でありながら露骨な日独伊枢軸国寄りの政策を取った。そのため、米国は経済制裁発動など厳しい反ペロン対策を採った。このことが逆に国内では「外圧に抵抗する国家主権の擁護者」としてペロンのイメージを高め、「ペロニスタ(ペロン主義者)=反米左翼」を増やす結果になったと言われる。
 彼は大統領に3回当選したのに加え、軍事クーデターでも政権を取って企業国営化推進、外資排斥を打ち出すなど、同国ナショナリズム・左派ポピュリズムの政治家の先駆けとなり、「南米における左派ポピュリズムの元祖」と見られている。
 同国内の全ての労働組合をCGT(アルゼンチン労働総同盟)傘下に再編して、軍部協調による国家社会主義的な「全体主義的支配」をしたと言われる。正負の両面で大きな遺産の残したが、国民には深く愛され、1974年にペロンが死んだときは全国から100万人以上の支持者が葬儀に参列し、議事堂周辺には別れを告げる数キロに渡る列が出来たという。
 ムヒカ元大統領が指摘するのは、そんなペロンに対する国民からの宗教的ともいえる〝左派信仰〟が今も続くことが、外国からは分かりにくい政情を醸し出す原因になっていることだ。

対ボルソナロ選挙戦略をマッサ候補に伝授するルーラ陣営

 だが現在の互角状況を作った原因の一つは、ブラジルのルーラ政権の支援だと言われている。
 全ての発端は8月13日に行われた亜国大統領選の予備選挙(PASO)で、第3勢力と目された「自由前進」(LLA)のハビエル・ミレイ候補が事前予想を覆す形で大躍進し、1位に躍り出たことだった。
 事前予想で本命視されていた野党連合「変革のために共に」(JxC、マクリ元大統領陣営)は次点に甘んじ、与党連合「祖国のための同盟」(UP)は3番に沈んだ。ミレイ候補が1位になったことが意味するのは、長年続いてきた「ペロン党対非ペロン党」という選挙の構図を、国民が変えようとしているという意思だった。
 この結果を受け、10月5日付エスタード紙《アルゼンチン新聞は、ルーラが対ミレイの選挙キャンペーンでマッサを応援すると約束したと報道》(4)によれば、8月29日付けアルゼンチン新聞は、その前日にブラジリア大統領府でルーラ大統領とマッサ経済大臣が会合した内容を報じた。
 それによれば、現フェルナンデス大統領の後継者であるマッサ経済大臣は、輸出資金調達を目的とした6億ドル相当の新たな融資の手配をブラジルに依頼していた。その際、マッサ氏がアルゼンチン紙に語ったところでは、ルーラ氏は「右翼を阻止する」ためのキャンペーンを支援する目的で、選挙チームの人材を亜国に派遣するつもりだと語ったという。
 同エスタード紙には《大統領との対話について記者団に語った人物はマッサ本人だった。ブラジル外務省の外交官らは個人的な会話内容の漏洩について不満を漏らした》と報じられている。
 さらに《ルーラ氏は、昨年の再選候補ジャイール・ボルソナロ前大統領との選挙運動を引き合いに出し、「ミレイは狂っている。ボルソナロよりも悪い」と述べた。大統領はまた、マッサの勝利のためにあらゆる努力をする必要があるとも指摘した。ラ・ナシオン紙によると、「メルコスールが存続するには彼を倒さなければならない」とPTメンバーは語った》とされている。
 その流れで、昨年のブラジルの大統領選等でルーラ氏が重用したPTの選挙参謀たちがブエノスアイレスに派遣された。PTマーケティング担当者のシドニオ・パルメイラ氏(もしくはその配下)と、昨年の対ボルソナロ選挙キャンペーンに携わったラウル・ラベロ氏がマッサ陣営で雇用されたという。
 さらに昨年のサンパウロ州知事選でハダジ候補を応援したオタヴィオ・アントゥネス氏も加わった。彼はコロンビアのグスタボ・ペトロ氏やパラグアイのエフライン・アレグレ氏の選挙運動にも加勢した外国選挙に経験豊富だ。
 また2002年の南大河州知事選でエドガー・ペトロ立候補に尽力したハレー・アレイスも送り込まれたと9月25日付アントゴニスト記事《ルーラのマーケティング担当者はアルゼンチンでセルジオ・マッサのキャンペーンに取り組む》(5)と報道した。
 PTによる隣国の大統領選挙への干渉は、今のところ大きな問題にされていない。だが、いずれ俎上に挙げられる可能性はあるだろう。

今のところ功を奏するPTの選挙戦略

10月23日付ブラジルCNN記事《ルーラはアルゼンチン選挙でマッサを手伝うように元選挙参謀に指示》
10月23日付ブラジルCNN記事《ルーラはアルゼンチン選挙でマッサを手伝うように元選挙参謀に指示》

 10月21日付CNNブラジル《マッサ氏のキャンペーンで、PTマーケティング担当者がアルゼンチンでミレイ氏への攻撃を強化》(6)によれば、このPTチームはまず第1回選挙でミレイ候補が勝つのを防ぐことに専念したという。主にSNS上でコンテンツ制作とデータ解析をし、ミレイ候補が教皇は「残忍な共産主義者と親近感がある」と述べて物議を醸した挙げ足を取って攻撃し、後にミレイ候補は、この発言について謝罪した。
 さらにマッサ氏はSNSで第1回投票の直前にアルゼンチン人に国旗を持って投票に行くよう求めて右派取込みを仕掛け、若者、芸術家、文化プロデューサーとの会合に関するコンテンツを公開して、ミレイ候補支持が多い若者層の取込みを図ったと報じられている。その選挙マーティングが功を奏した結果、10月22日の第1回選挙では見事、マッサ候補が1位になったようだ。
 10月23日付ブラジルCNN記事(7)では、PTの選挙参謀らは《(昨年のブラジル)大統領選挙期間中、ルーラのイベントで異なる色(PTカラーである赤以外の色)をあえて採用したり、ルーラを支持していなかった中道派を探して取り込んでその方向性を強化するなどして、左派イメージを和らげる戦略をとった。昨年の決選投票の最中、左派拡大戦線にはマリーナ・シルバやシモーネ・テベテなどの名前が加わり、PT色を薄れさせた》という戦略を、今回のアルゼンチン決選投票でも応用しようとしていると言う。
 さらにこの選挙参謀らは、マッサ候補の決選投票戦略として、ミレイ候補と論争をする際、マッサ候補には分が悪い経済関連の話を極力避けることを薦めている。加えて、ルーラが昨年の決選投票の際に取った左派拡大戦線の戦略のように「団結」を強調して、3位だったブルリッチ票をかき集めることを狙う。その際、ミレイ候補が物議を醸している武器所有規制緩和や臓器売買などのポレミックな点を突いて行く方針だと報じられている。
 決選投票では、第1回投票で3位だった中道右派連合「変革のために共に」(リーダーはマクリ元大統領)がどちらにつくかで、大きく戦況が変わる。3位候補だったブルリッチ氏は投票2日後にミライ候補支持を単独表明し、マクリ中道保守陣営分裂が噂されていた。
 だが、結局この週末にはマクリ元大統領も「私たちは違いがあることを承知で、何の見返りも与えずに支援しなければならない」と表明して、ミレイへの投票呼びかけ始めるなど、保守陣営が固まりつつある(8)。とはいえ、まだまだ互角の戦いであり、どちらに転ぶか分からない。
 いずれにせよ、隣国の次の4年間を決める決選投票は、11月19日に行われる。その結果は、次のブラジル大統領選にも影響を及ぼすに違いない。(深)

(1)https://revistaoeste.com/mundo/argentina-indecifravel-mujica-uruguai/

(2)https://www.gazetadopovo.com.br/vozes/jr-guzzo/argentinos-decidir-entre-desconhecido-ou-desastre-confirmado-milei-massa/

(3)https://www.mof.go.jp/pri/research/conference/zk051/zk051h.pdf

(4)https://www.estadao.com.br/politica/lula-prometeu-ajudar-massa-contra-milei-em-campanha-eleitoral-dizem-jornais-argentinos/

(5)https://oantagonista.com.br/brasil/marqueteiros-de-lula-vao-atuar-na-campanha-de-sergio-massa-na-argentina/

(6)https://www.cnnbrasil.com.br/internacional/em-campanha-por-massa-marqueteiros-do-pt-reforcam-ataques-a-milei-na-argentina/

(7)https://www.cnnbrasil.com.br/internacional/eleicao-na-argentina-lula-pediu-a-ex-marqueteiro-que-ajudasse-na-campanha-de-sergio-massa/

(8)https://gauchazh.clicrbs.com.br/mundo/noticia/2023/10/ex-presidente-mauricio-macri-pede-voto-para-milei-no-segundo-turno-na-argentina-clo8ssddl00ed01j6ls0432my.html


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