《記者コラム》ブラジルは地域通貨の先進国?!=レアル以外に100種類以上も

銀行支店がない地域にも独自通貨
日本なら円(日本銀行券)、ブラジルならレアルと、通貨はその国の中央銀行しか発行できないと思っている人が多い。だが実は、日本を始め各国には「地域通貨」(社会通貨)と呼ばれるコミュニティ銀行が発行するローカル通貨があり、ブラジルだけでも100種類以上が存在する。
2014年6月15日付エスタード・デ・ミナス紙《レアルをはるかに超え、ブラジルには104の他の通貨がある》(1)によれば、《社会通貨の役割はまさに、消費者が家の近くでお金を使うよう促し、地域経済を活性化することだ。代替通貨を生み出すためには、地域コミュニティが組織化してコミュニティ銀行を設立する必要がある。コミュニティ銀行は、無利子の信用枠を通じて、または市場で行われている金利よりもはるかに低い割合で貸し出される通貨を住民に供給する》とある。
この記事で紹介されているミナス州エスメラルダ市の地域通貨「エスメラルダ」の例では、2010年から設立準備が始められ、2012年に実際にコミュニティ銀行が創立された。ある精肉店はこれに加盟することで売り上げが20%伸びたと報告する。こちらはクーポン券のような紙幣として流通する。ブラジルには銀行支店がない町も多く、地域通貨にはクレジット機能があるので、そのような所では特に威力を発揮する。
リオのムンブカ通貨は市役所の公共政策
22年5月17日付のヴァロール・インヴェスチ紙《レアルの代わりに社会通貨:連帯経済は不平等に立ち向かう賭け》(2)によれば、最初の社会通貨は1998年に創設されたが、この現象がブラジルで勢いを得たのは、2013年10月9日の法律第12.865号と、中央銀行がブラジル決済システム(SPB)の一部である決済機関および決済取決めの監督において遵守すべきガイドラインを定めた規則第4282号が承認された後、2015年になってからだとある。
2007年以来すでにブラジルのすべてのコミュニティ銀行の統括機関として機能していたブラジルコミュニティ銀行ネットワークが、デジタル プラットフォーム「E-dinheiro」を創設したのは2015年のことだった。これは、フィンテックの市民社会公益組織(Oscip)として機能する。それ以降、地域通貨は、物理的な紙幣として存在するだけでなく、デジタル化された。
コミュニティ銀行に行き、自分の電話番号とCPFを登録し、いくらかの金額をレアルで預け入れると電子残高に変換され、「E-dinheiro」アプリなどを通じて取引や支払いを行うことができるようになった。
同紙は、社会通貨の導入成功例として、リオ大都市圏のマリカ市のムンブカ銀行を紹介。それは2013年6月の市条例第2448号によって連帯経済、貧困との闘い、開発のための自治体の公共政策として誕生した。
現在、同市人口16万人の自治体による一種のベーシック・インカムプログラムとして月額170ムンブカが4万2千世帯に支払われている。ムンブカ銀行に当座預金口座を開設したりクレジットを利用したりする顧客も含めると、合計6万5千人の顧客がいる。市内で約1万1千社が社会通貨を受け入れている。同銀行CEOは「従来のクレジットカードブランドよりも、ムンブカを受け入れる小売店の方が多い」と語ったと報じられている。
最初に地域通貨誕生から25周年

ブラジル初の地域通貨は、1998年にセアラ州都フォルタレーザの貧困地域コンフント・パルメイラスに登場し、「パルマス」と名付けられた。その10年後、レアルに代わる通貨はすでに51種類に達し、2014年現在で104種類にもなり、過去6年間で100%以上増加したと報じられている。
この「パルマス」創立から今年で25年目の節目だ。1998年当時、その地区の住民は実質的にすべての買い物を近所の富裕地区で行っていることに気づき、地域内に落として雇用を生み、経済を回す方法としてパルマス銀行設立して、クレジット機能を持つ地域通貨を発行するアイデアが生まれたという。
ポリチゼサイト2018年12月19日付ブログ《連帯経済:社会通貨とパルマスの事例》(3)によれば、1パルマスは1レアルに相当、コミュニティ銀行が発行する。従来の銀行機関に口座を持てないような、貧困コミュニティ住民に社会通貨で融資ができる。パルマスでのローンには金利はかからないが、通常のレアルでのローンには銀行の金利が1・5~3%かかる。しかも地域の加盟店で買えば、10%以内の値引きがあるので、利用者が一気に広がった。
第1期ルーラ政権下の2003年に、労働雇用省内に国家連帯経済事務局(SENAES)創設が行われ、このコミュニティ銀行を「連帯経済(economia solidária)」活性化の動きを国家統制し、拡大する柱にした。
産業資本主義によって金持ちはより金持ちになり、貧乏人がどんどん増えて社会的に排除される現象が起きたことから、貧困や社会的不平等と闘う手段として、「連帯経済」という考え方が19世紀に英国で生まれた。この運動は通常、小さなコミュニティで行われ、地域経済を活性化する取り組みとして現れている。
パルマス銀行研究所のコミュニティ銀行サイト(4)によれば、現在は全伯にコミュニティ銀行が103行。大半が北ブラジル・北東ブラジル、中でもセアラ州だけで36も集中しており、やはり貧対策として始まったことが分かる。

零細企業が集まって地域通貨を開始

ジョルナル・ド・ブラジル記事《社会通貨が地位を獲得し、ミナス州の自治体経済を強化》(5)によれば、ミナス州北東部のテオフィロ・オトニ市の地域通貨「リサ(Lisa)」が紹介されている。「共に学び生産する協会」(APJ)の創立者、ジョバンニ・リサ神父の名前から取って、2012年に作られた地域通貨だ。同市南部にある建築資材、スーパー、パン屋、ガス販売店、バール、レストラン、美容室など80店舗で利用できる。
APJには民芸品生産者、零細企業、地域協会などが集まり、コミュニティ銀行Banclisaを設立した。ここがリサ通貨を運営管理して、国家労働社会開発事務局(Sedese)と提携してミナス州で実施されている全国人民連帯経済(EPS)プログラムのコミュニティ銀行ネットワークの傘下銀行となっている。
リサ通貨はレアルの価値と連動し、加盟店で買い物をすれば最大15%割引というメリットがあり、地元での買い物を促進することで地域経済を活性化させる役割を持つ。2015年には、前年比で30%増の利用があったと報じる。
この通貨はデジタル通貨システム「E-dinheiro」を通じて流通し、携帯電話アプリケーションまたはSMS経由で動作するので24時間いつでも使える。この電子ツールは地域銀行向けに特別に作成され、ブラジルの9割の州で受け入れられている。コミュニティ銀行に口座を開設し、一定の金額を入金すれば、消費者はこのシステムの利用を開始できる。
《このコミュニティ銀行は連邦貯蓄銀行と提携しており、ボルサ・ファミリアなどの特典の一部を、リサに渡すことができるようになった》とも報じている。
この取り組みはテオフィロ・オトニだけでなく、近隣のエスメラルダス、シャッパーナ・ガウシャなどの自治体も同じ金融機関モデルを採用している。同記事の中で、国家労働社会開発事務局の収入創出部長、ラモン・ラマーリョ氏は更に多くのコミュニティ銀行が同じシステムを導入する予定だと強調。
この取り組みは、地域経済を活性化することによって、正規雇用が不十分な地域で収入を増やすための戦略となっている。
低所得者支援や職業訓練に使う地域通貨

地域経済の活性化による雇用増に加えて、社会格差の是正のために、積極的にこの地域通貨を使う自治体もある。10月1日付エスタード紙《PIX、社会通貨、運転免許、処理水はブラジル内陸部の不平等との戦いに貢献》(6)では、ミナス・ジェライス州内陸部のイタビラ市の電子社会通貨「ファシリータ」の例を紹介している。
通常の自治体では、当選した市長やその親族、友人や関係者を一斉に雇い入れて、盛大に給与を払う傾向がある。そのために市予算の大半を公務員給与として浪費し、肝心の市民サービスは最低限という場合があると報じられている。
ところがこのイタビラ市では公務員給与への支出を予算の35%に制限し、その分を貧困家庭の救済に振り向けた。
同市役所は地元企業に流通を限定した電子社会通貨を創設し、低所得世帯には「ファシリータ」通貨を使えるカードが配布され、毎月140レアルが支給される。この通貨は食料品、衛生用品、調理用ガスの購入にのみ使用できる。商店は売上金を市役所から受け取る。
同時に自治体は、このプログラムの恩恵を受けた女性たちを厨房補助員、環境補助員、一般サービス補助員としてパートタイムで雇い、1年間、月660レアルで働かせる。それ以外の時間は、職業訓練コースを受講する。その目的は低所得者が手に職をつけ、正式な仕事を得て経済的に自立することで、彼らの多くは実際にそうなっていると報じられた。
《住民のレイディアーヌ・ザビエル・ドス・サントスさん(38歳)は、2021年にこの社会通貨を使い始めた。家に2人の幼い子供がいたため、彼女は資格コースを受講した。プログラムに参加した後、彼女はレストランの調理補助として雇われた。今はパン屋を開くことを夢見ている。「最初にしたことは、子どもたちのためにフルーツを買うことでした。それで自立できたし、収入を得るという目標も達成できたから、とても助かったわ」と彼女は言う》の同記事にはある。
この3年間で計6千世帯が同通貨の恩恵を受けた。市はすでにこのプログラムに1100万レアルを投資した。その成果として、1割近い500世帯が極度の貧困から抜け出し、もはや社会通貨に頼っていないという。
《同市のネリア・クーニャ社会扶助局長は「脆弱な状況にある人々は、労働市場へのアクセスが困難である。彼女たちの多くは正式な契約を結んだことがなく、このプログラムによって、彼女たちは経済的・金銭的依存から抜け出したのです」と言う》とある。そのような地域通貨の使い方もある。
多種多様な地域通貨

この他にエスピリットサント州モーロ・デ・サンベネジット市の「Bem」、セアラー州サンタナ・ド・アカラウ市の「Santana」、南麻州ポンタ・ポラン市イタマラチ入植地にできた初めての農村部通貨「Ita」などな、多種多様な地域通貨が、それぞれの経済を支えている。
ミクロに見てみると、ブラジルは意外にも新しい経済システム、地域通貨の先進地かもしれない。(深)
(3)https://www.politize.com.br/economia-solidaria-moeda-social-caso-de-palmas/
(4)https://www.institutobancopalmas.org/rede-brasileira-de-bancos-comunitarios/