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ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(218)

2025年8月5日

 やはり十日。ブラウーナの西北約二十キロ、ビラッキ(旧称ニホンランヂア)で、殺害事件が発生した。

 夕方、森五一が営むバールに若い男二人が入ってきた。「今、何時ですか?」と聞くので、五一が柱時計を振り返った瞬間、銃声が響いた。弾は頭部を貫通、五一は即死した。

 店に遊びに来ていた兄の森丸井が駆け寄ったが、これも心蔵を撃ち抜かれ、即死。襲撃者は逃亡した。

 この丸井の長男正秀が二〇一〇年一月現在、八十八歳でサンパウロに健在であり、筆者は詳しい事を聴くことができた。

 「叔父の五一はバールをやっていた。店内に玉突きの台が置いてあった。父の丸井は、近所で洋服屋をやっており、毎晩、そこで玉突きをしていた。

 叔父は、短波用の高性能の大型ラジオを持っており、戦時中は東京ラジオを聞いていた。

 地元の警察署長と親しくしており、署長は黙認していた。

 知人や親戚がよく戦況を聴きに来ていた。終戦の詔勅は、ハッキリ聴こえたそうだ。日本の降伏報も皆に知らせた。身辺の子供たちには、

 『これからはブラジル人として生きるように…』

 と話していた。

 しかし叔父は、認識運動の指導者というわけではなかった。指導者という意味では、ヤナセさんという人がいた。

 当日、二人の見知らぬ若い男が町に現れ、ヤナセさんの所へ行った。が、当人はビリグイへ行って留守だった。それで代わりに叔父を…ということが考えられる。

 動機は、戦争の勝敗問題以外、例えば怨恨の線は考えにくい」

 当時ビラッキには、梁瀬喜六という認識運動の活動家がいた。ヤナセというのは、この人のことであろう。

 なお、正秀は叔父の死後、そのバールの経営を引き継いだ。後に人に譲りサンパウロへ移った。

 筆者は正秀の話を聞いた後、事件の現場を訪れたことがある。何処までも続く農場地帯の中の低い丘の上の小さな町の中心部、教会の傍に、そのバールはあった。

 道に面して横に長く奥行きは短い造りで、その奥の壁の中央部に扉があった。

 事件の様子は、店主(非日系人)や土地の邦人に語り伝えられていた。

 それによると、前記のそれとは少し違っている。

 その襲撃者二人は二手に分かれ、店の表、両側からフイに入ってきた。瞬間、五一は気づき、逃れようとして奥の扉に走った。

 といっても数歩の距離だが、その時撃たれたという。次いで丸井も…。

 瞬間、気づいたというのは、襲撃者と…という意味で、すでに戦勝派の強硬分子が、敗戦派を狙っているという噂が流れ、緊迫した空気の中にあったのである。

 以下は、別筋から聴いた余談である。この襲撃を目撃した邦人が居た。バールの前にオニブスの停留所があって、そこにあった椅子に腰掛けていた。

 その時、店内で銃声が響き、二人の人間が倒れた。 

 その目撃者は椅子から転がり落ちた。

 後年、サンパウロに出て理髪店を営み、その時の驚きを、客に語り続け、椅子から転がり落ちる様まで演じ、聞き手の興を引いたという。

 森兄弟の死の翌十一日、その葬儀が行われた。これに出席した客の中に佐羽内治という五一の知人が居た。ビラッキの南に在るベラビスタという植民地の住人であった。

 やはり森正秀によれば、佐羽内は五一の生前、よく店を訪れ、東京ラジオの放送内容を聴いていた。葬儀から帰宅した直後、七時頃、何処からか現れた二人の若い男に射殺された。

 風呂を沸かそうとして、井戸からつるべで水を汲んでいるとき、撃たれたという。 

 当時、そこからさらに南のサントーポリス(11章参照)に岩井邦親という人が、住んでいて佐羽内を知っていた。この人が、二〇一二年現在、サンパウロに住んでいて、こう話してくれた。

 「彼は、認識運動に関わっていたが、狙われねばならない程の存在ではなかった。

 ウチの親父などと、さかんに議論して、天皇陛下の悪口を言ったり、皇后陛下がマッカーサーのめかけに…などと口にしたりしていた。

 それでやられた、と思う。彼の奥さんは、そんなことまで言わなくても…と、よく亭主に注意していた」

 やはりサントーポリス植民地に居った梅田清(11章で登場)は、

 「佐羽内は敗戦派であったが、ベラビスタの認識運動の指導者というほどではなかった。

 が、指導者の清水建三氏と親しかった。襲撃者は清水氏を狙い、当人が不在だったため、佐羽内をやったと思う」

 と語る。

 とすると森五一と同じである。(つづく)


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