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ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(217)

2025年8月2日

 そういう…つまり敗戦派による警官買収という方法も地域的にはとられていたのであろう。

 ただ全体的に観ると先に記した様な米側の工作による処が大きかったであろう。

 六月。

 認識運動の活動家が各地で自警団を結成し始めた。

 警察権の一部委託を受け、拳銃を携帯した。

 自警団の設立で、先頭を切ったのはバストスである。

 団員は、戦勝派に対する家宅捜索を次々と行った。書類や武器を押収した。

 移住地の入り口とその中心部にある街区の入り口の両方に、警備員を配置、通行人の身体検査をした。

 外部から移住地に入る者には、自警団発給の通行許可証の所持を義務付けた。

 この自警団の中心的人物が山中弘であった。

 バストスに次いでガルサでも自警団が設立された。

 ここは、一時は戦勝派の切り崩しに成功していたが、その後、状況が変化、再び緊張した。ために七月、

 「もはや穏健策では解決の途なし、最後の手段として、汝等にトッコウタイあれば、こちらにも…」

 と自警団を発足させた。

 そのほかの地域も、同様であった。

 自警団には警察が協力していた。

アンシエッタへ島流し

 七月十日夜、DOPSや未決囚拘置所の房に居った人々の一部が、突如、移動を命じられた。臣道連盟員が多かった。

 四月一日事件と六月の脇山事件の襲撃決行者や協力者も含まれていた。

 計七八名だった。汽車に乗せられた。行く先は知らされず、窓は閉められていた。 

 朝になると、サントスに居ることが判った。銃を持った州警兵の警備の中、波止場まで歩かされた。住民が「シンドウ・レンメイだ」「テロリストだ」と、囁きながらゾロゾロついてきた。

 「顔から火が出る思い」であり、生涯の恥辱と感じた人もいた。

 岸壁で、汚物の運搬用の様な船に詰め込まれた。

 翌日、着いたのが小さな港町ウバツーバの沖合の島アンシエッタであった。

 二十四日、三人追加された。計八一名となった。

 島には刑務所があった。刑務所というものは、裁判終了後、受刑者が送り込まれる施設である。

 が、この場合は、起訴以前の段階であり、彼らをサンパウロから一時隔離するための、便宜的措置として、利用された。

 隔離の理由は、何も説明されなかった。が、要注意分子をそうした様である。

 八一名は、獄舎に収監された。 

 これで、四月一日事件以降、狩りこまれた人々は――釈放者以外は――サンパウロのDOPS、未決囚拘置所、地方の警察、アンシエッタに分散したことになる。

 事件、続発

 七月から翌月にかけて、また襲撃事件が起こり、それは続発した。

 七月。ノロエステ線ビリグイ方面。

 ビリグイ…というと、三章で紹介したが、一九一〇年代以降、ジェームス・メーラーという英国人が采配を振るう土地会社が、原生林を伐り拓き多数の植民地を造った処である。

 その土地会社に雇われた宮崎八郎が、多くの日本人移民を勧誘して入植させた。一時は州内最大の邦人集中地帯といわれるほどになった。

 終戦直後のこの話の時期は、中心部がビリグイという名の市に発展、その近くに邦人の村や町が幾つも生まれていた。ブラウーナやビラッキその他である。

 七月十日の午後四時、ブラウーナの八木武人宅を二人の若い男が訪れた。

 八木家は敗戦派で、その二人は戦勝派であった。

 八木の長男と二人が口論、乱闘となった。双方が発砲、戦勝派の一人(入谷某)が被弾、血まみれになって仲間と共に去った。

 当時、その近くの栄拓植民地に住んで居た鳴海忠雄(後にサンパウロ新聞営業部勤務)は、ずっと後年であるが、筆者にこう語っている。

 「不審な人物が二人来て、八木さんの息子と格闘か何かをした…ということだった。

 八木さんは地域の認識運動の指導者だった。農産物の仲買商をしていた。ほかに、大きな農場にコロノを何十家族か入れて営農していた。

 人の恨みを買うというタイプではなかったから、怨恨の線はなかろう。

 争いの原因は戦争の勝敗問題だろう」

 同日、同じくブラウーナ。

 午後七時、栄拓植民地の安倍宅と渡辺宅に、数人ずつの不審人物が接近した。

 安倍は不在、渡辺は八木家から「そちらにも行くかもしれない」と報せが入っていたため、警戒して戸を開けなかった。

 不審人物は引き上げた。安倍、渡辺は八木の認識運動の仲間であった。(つづく)


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