砂糖消費量は日本人の3倍=ブラジル人が砂糖を好む理由とは

甘いお菓子はブラジル人の日常と切り離せず、様々な甘味が幅広く親しまれている。14日付BBCブラジル(1)は、こうした砂糖を巡る食文化の歴史的背景や経済的要因、現代における健康への影響について報じた。
最近のトレンドスイーツ「モランゴ・ド・アモール(愛のいちご)」は、苺をブリガデイロで包み、さらに赤い飴でコーティングした現代風のフルーツ飴。その写真映えするビジュアルと〝カリッ〟とした食感がSNSを通じて話題を呼び、一時は入手困難となるほどの人気を博し、社会現象ともなった。
だが、ブラジルにおける砂糖の歴史は、こうした現代のスイーツブームよりもはるかに古く、ポルトガル植民地時代にまで遡る。砂糖の原料となるサトウキビは、オセアニアのパプアニューギニアが原産地とされ、約1万年前から栽培されてきた。長らく供給は限られており、薬剤や滋養強壮剤として用いられるにとどまっていた。この状況が変わったのは14世紀、ポルトガルがマデイラ島で大規模なサトウキビ栽培に乗り出してからだ。
16世紀にブラジルに持ち込まれ、奴隷労働に支えられた大規模な砂糖生産が始まった。歴史家ルイス・ダ・カマラ・カスクード氏によれば、1583〜87年に北東部ペルナンブコ州の66の工場で約3千トンの砂糖が生産されたという。
その砂糖の多くは欧州へ輸出されたが、国内でもケーキや果物の保存など食文化に影響を与えた。16世紀の王妃の料理書には、蜂蜜を使っていた料理が徐々に砂糖へと置き換えられていく様子が記録されている。
歴史学者でサンパウロ総合大学(USP)教授のヴェラ・フェルリーニ氏は「砂糖は徐々に食文化に定着し、とりわけ修道院で伝承された甘味レシピを通じて、フィオ・デ・オーヴォス(鶏卵素麺)、パン・デ・ロー(スポンジケーキ)、タルトやパイなど、現在のポルトガル菓子に見られる伝統がブラジル菓子の原型となった」と指摘。
ブラジルの食文化にはアフリカ人や先住民の影響も見られる。彼らはサトウキビの甘みのほか、クプアスー、アサイーなどの果物や蜂蜜の自然な甘さを好んだ。こうした多様な甘味の嗜好が、現在の豊かな甘味文化の土台となっている。
20世紀に入り、砂糖とブラジル人の関係はさらに多様化。食品の工業化が進み、清涼飲料水やクリーム入りクッキー、コンデンスミルクなどの加工品が広く普及した。2020年の調査によれば、コンデンスミルクは94%の家庭に常備され、1人あたり年間平均6・5キログラムを消費。ネスレ社によれば国内菓子の約6割に使用されており、他国には例を見ない規模という。
歴史学者デボラ・オリヴェイラ氏は「コンデンスミルクは〝しっとりして甘い〟というブラジル人の好みに合致し、多様な風味付け可能な点が人気の理由と分析する。
その後、製品のパッケージや付属のレシピ集などの実用的な調理支援が人気を後押し、家庭での活用が広がった。社会学者ジルベルト・フレイレ氏は「ブラジルでは甘味が訪問時の手土産や祝い事、慰めの象徴として社会的な役割を持っている」と述べ、甘味文化が国民性の形成にも寄与していると語る。
砂糖は政治の場にも影響を及ぼしてきた。たとえば、現在では国民的菓子となったブリガデイロは、1945年の大統領選で候補者エドゥアルド・ゴメスを支持する陣営が配布したチョコレート菓子に由来する。彼の空軍階級「ブリガデイロ(空軍少将)」にちなみ、その名が定着した。
ブラジル菓子は国際的に見ても甘いとされ、海外の類似レシピに比べて砂糖の使用量が5割多い場合も。たとえば、英国のキャロットケーキが砂糖200グラム程度なのに対し、ブラジル版では倍の400グラムが使われることもある。
農林省によれば、ブラジル人の砂糖摂取量は1日平均約80グラムで、世界保健機関(WHO)が推奨する上限(50グラム)の1・5倍に相当。これは米国、ロシア、メキシコと並び世界有数の水準であり、日本や中国の約3倍だ。
30年代には年間15キログラムだった個人消費量は、90年代に50キログラム、現在は約65キログラムにまで増加。世界的にも砂糖消費は増加傾向にあり、その多くは加工食品や清涼飲料に含まれる。
こうした過剰摂取は、糖尿病や肥満、高血圧、心疾患、一部のがんなど、さまざまな慢性疾患のリスクを高める。栄養学者ダニエラ・カネラ氏は、「肥満は見た目の問題ではなく、深刻な健康リスクだ」と警鐘を鳴らす。
とはいえ、砂糖を完全に排除するのではなく、適度な摂取と味覚の調整が重要だ。急な制限は難しいため、少しずつ使用量を減らし、食材本来の味を引き出す工夫が推奨されている。