ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(267)
そういう…陰謀をめぐらすような人格ではなかった。育ちからすれば出来ない、裏面をかくせない人だった。
やったとすれば、その片鱗が何処かに顕れたはず。私は、それは感じなかった。経済的には困っていたが、そういう事をしなければならない程ではなかった。
円売りは、事件にはなっていない。円が大規模に売られたことを裏付ける社会現象、起きたか?
巨額の円が存在したということなどありえない。すべての説が憶測の域を出ていない。
ただし火のない処に煙は立たないで、円売り、多少はあったろう。ババを掴んだものが…デマ、千里を走る…で、行き着く処は、認識派憎しで認識派がやったことにしてしまった。
当時は九割以上が戦勝派だった。認識派は不倶戴天の敵だった」
この本永の説には説得力がある。
山本が客に、紙包みの山を指さしながら「中身は円だ」と言ったという話も、確かなところは判らない。仮に事実としても、性格が違う少額の円であったろう。
被害者が現れない!
前記以外にも、円売りを告発する資料はある。
しかし、いずれも納得できる根拠を明示していない。
何よりも、この円売りの不思議さは、戦中・戦後を通じて、被害者が現れないことである。
円売り告発の多くは「被害者は幾らでもいる」式の書き飛ばしが多い。
噂の様な巨額の円が存在し、組織的に売り捌かれたとしたら、数百人、数千人の被害者が出ていなければならない。
無論、円を買ったことを恥として隠した人も居よう。が、総ての人がそうであったとは考えにくい。 今日まで、この円売りを取り上げた資料で、肝心の被害者の名前や被害額を、具体的に明示しているケースは数件に過ぎない。ところが、それも調べてみると、事実と違っていたりする。
例えば、邦字紙の日伯毎日新聞の経営者であった中林兄弟の叔父が円を買い、それが無価値と判ってショックを受け自殺したと記す資料がある。
筆者は二〇〇九年、そのコピーを持参、中林兄弟の生き残り昌夫を自宅に訪問した。
氏は一読後、語気を強めて言った。
「この記事は、日伯毎日新聞社長の中林敏雄氏の叔父努氏が、ノロエステ線の何処かで、農薬か何かを飲んで自殺した、と書いてある。が、社長の名前は敏雄ではなく敏彦、叔父の名前は努ではなく定一。その叔父が死んだのはノロエステ線ではなくパラナ州ロンドリーナだ。
円を買って、それが無価値と判りショックのあまり自殺したと書いてあるが、仮に、そうだとすると、それほどのショックを受けるだけの額の円を(新円切り替えを知らず相当の値で)買う金を持っていたことになる。が、叔父は、そんな大金は持っていなかった。小さな野菜づくりだった。持っていたとしても小金だ。
自殺でもない。釣りをしていたとき、外人(非日系人)に後ろから殴られ、それから暫くして死んだと聞いている。
いずれにせよ、円売り問題は絡んでいない」
詐欺としての円売りは、噂や憶測ばかりが派手で、実態を追及して行くと、ドンドン萎んでしまう。そもそも「ある時、ある処に悪の組織があって、それが犯罪を陰で操って…」というのは大昔から芝居、映画、小説、テレビなどで、飽き飽きするほど、繰り返されているストーリーである。
円売り陰謀説も、そういうストーリーの域を出なかろう。
これも状況誤認
筆者は、この円売りに関する騒動も、前章までに記した諸々の諸現象と同様、状況誤認から起きた…と観ている。
しかも、同時期に起きていた御三家の軍需物資の買い付け資金の流用問題とゴッチャになっている臭いが強い。
どういうことかというと。━━
八章で記したことだが、日米開戦前、米国は支那に於ける日本軍の軍事行動を妨害するため、軍需物資の対日輸出を禁止した。
ために日本政府は、米に代わる買い付け先を探した。ブラジルからも輸入した。
その買い付け、送り出しの実務を請け負った業者の中に、御三家があった。
ブラ拓などは、鉱業部をつくり、軍需用鉱物の買い付けを本格的にやっている。海興、東山も商事部を設けていたから、そこでそうしたであろう。(つづく)