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ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(381)

2026年4月15日


 コチアは農拓協の中心メンバーであり、ゼルヴァジオは、その会長を務めていた。常勤の目的は、報酬を得るためであった。

 ところが、当時の農拓協の、ほかの役員たちが報酬を払おうとしなかった。

 (後日談になるが、そのほかの役員たちは、ゼルヴァジオが会長を辞めると、自分たちは報酬をとるようになった。しかし「相応の仕事もせず、高給を取っている」と批判の声が上がった。結局、役員会の人事は一新された)

 そうした中で、一九九五年七月、コチアの清算人から農拓協のゼルヴァジオへ、一通の手紙が届く。

 「コチア産組は自主解散することになり、農拓協から退会することになりました。従いまして、遺憾ながら、貴殿も農拓協に於けるコチアの代表権を失います」

 という内容であった。署名者は清算人の内の二人で、一人はケイロウであった。

 ゼルヴァジオが、訴訟を起こしたのは、その直後である。

 「提訴は、あの手紙がキッカケになった」

 という観方もある。

 こうなれば、ゼルヴァジオ・ケイロウ宿命の対決の続編…ということになるが、余りにドラマ風に出来過ぎている観がある。

 後に、ゼルヴァジオ夫人は、

 「私たちには、弁護士を含むブラジル人のお友達が何人か居って、(それまでの経緯を前々から)何度も話合っている内に…(訴訟を起こすことになった)」

 と話している。

 ちなみに、この時、筆者が身振りを混じえて、

 「あなたが強引に、ゼルヴァジオを裁判所に連れて行ったのでしょう、こういう具合に…」

 と訊くと、笑い飛ばしていた。

 さらに、

 「雇われた者ではなく、雇った方のゼルヴァジオが何故、労働裁判を?」

 と質問すると、

 「ゼルヴァジオは、エンプレガード(被雇用者)ではなかったのですか?」

 と、大きな声を上げて驚いていた。

 筆者は最初、とぼけているのか…と疑ったが、どうも、そうでもないらしかった。夫人は、この日、最初に、

 「私は法律のことは、全く解らない」

 と断っている。

 この労働裁判の判決は、提訴から二年後に下ったが、ゼルヴァジオの要求を退けていた。その理由として、要旨、

 「コチア産組及びグループ五社と井上ゼルヴァジオ忠志との間に、雇用関係が存在したことの裏付けがない」

 「FGTSは、雇用関係の証しにはならない」

 の二点を上げている。

 しかし何故、一流の法科大学出身のゼルヴァジオが、しかも弁護士もついていて、こんな訴訟を起こしたのか?

 実は本人は、当初は労働裁判ではなく、別の裁判を考えていた、という説もある。

 「ゼルヴァジオは、自分が会長を退いた後、コチアの内部で大規模な不正が発生した…という情報を入手しており、それを法廷で暴くつもりだった」

 「それと、組合を退く少し前から、色々と不名誉な噂を立てられたことを気にしており、訴訟を起こすことで、自分は潔白であることを、世間に知らせようとした」

 というものである。

 その当初の予定通りの裁判を起こしておれば、経営者が労働裁判を…などという馬鹿なことはなかったであろう。

 が、これが直前になって労働裁判に変わってしまったのである。その時の事情をよく知る人によれば、ゼルヴァジオの身辺の人間が、それを強く主張したという。

 「労働裁判でなければ、経済的に得るものがない」

 と。

 また、別の筋によると、この段階で、

 「ゼルヴァジオは肉体的にも精神的にも、極端に衰弱しており、正常な判断力を失っていた。ために、労働裁判への切替えを承知してしまった」

 という。

 そういうことで、最初の法廷で、判事から聞かれた単純な質問に、正確に答えられなかったのであろう。

 裁判の末期、ゼルヴァジオは病床にあった。が、判事と原告・被告の弁護士が、当人の話を直接聞く必要があって、自宅を訪れた。そして、

 「貴方の労働裁判のことで来た」

 と伝えると、

 「労働裁判? ワシ、そんなことやっていないヨ」

 と答えた、という。

 富森と似た精神状態にあったことになる。

 この二人は、かつては輝ける存在であった。

 しかし、その人生の最終章は、余りにも悲劇的で、シェークスピアの戯曲並である。(つづく)


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