ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(381)
コチアは農拓協の中心メンバーであり、ゼルヴァジオは、その会長を務めていた。常勤の目的は、報酬を得るためであった。
ところが、当時の農拓協の、ほかの役員たちが報酬を払おうとしなかった。
(後日談になるが、そのほかの役員たちは、ゼルヴァジオが会長を辞めると、自分たちは報酬をとるようになった。しかし「相応の仕事もせず、高給を取っている」と批判の声が上がった。結局、役員会の人事は一新された)
そうした中で、一九九五年七月、コチアの清算人から農拓協のゼルヴァジオへ、一通の手紙が届く。
「コチア産組は自主解散することになり、農拓協から退会することになりました。従いまして、遺憾ながら、貴殿も農拓協に於けるコチアの代表権を失います」
という内容であった。署名者は清算人の内の二人で、一人はケイロウであった。
ゼルヴァジオが、訴訟を起こしたのは、その直後である。
「提訴は、あの手紙がキッカケになった」
という観方もある。
こうなれば、ゼルヴァジオ・ケイロウ宿命の対決の続編…ということになるが、余りにドラマ風に出来過ぎている観がある。
後に、ゼルヴァジオ夫人は、
「私たちには、弁護士を含むブラジル人のお友達が何人か居って、(それまでの経緯を前々から)何度も話合っている内に…(訴訟を起こすことになった)」
と話している。
ちなみに、この時、筆者が身振りを混じえて、
「あなたが強引に、ゼルヴァジオを裁判所に連れて行ったのでしょう、こういう具合に…」
と訊くと、笑い飛ばしていた。
さらに、
「雇われた者ではなく、雇った方のゼルヴァジオが何故、労働裁判を?」
と質問すると、
「ゼルヴァジオは、エンプレガード(被雇用者)ではなかったのですか?」
と、大きな声を上げて驚いていた。
筆者は最初、とぼけているのか…と疑ったが、どうも、そうでもないらしかった。夫人は、この日、最初に、
「私は法律のことは、全く解らない」
と断っている。
この労働裁判の判決は、提訴から二年後に下ったが、ゼルヴァジオの要求を退けていた。その理由として、要旨、
「コチア産組及びグループ五社と井上ゼルヴァジオ忠志との間に、雇用関係が存在したことの裏付けがない」
「FGTSは、雇用関係の証しにはならない」
の二点を上げている。
しかし何故、一流の法科大学出身のゼルヴァジオが、しかも弁護士もついていて、こんな訴訟を起こしたのか?
実は本人は、当初は労働裁判ではなく、別の裁判を考えていた、という説もある。
「ゼルヴァジオは、自分が会長を退いた後、コチアの内部で大規模な不正が発生した…という情報を入手しており、それを法廷で暴くつもりだった」
「それと、組合を退く少し前から、色々と不名誉な噂を立てられたことを気にしており、訴訟を起こすことで、自分は潔白であることを、世間に知らせようとした」
というものである。
その当初の予定通りの裁判を起こしておれば、経営者が労働裁判を…などという馬鹿なことはなかったであろう。
が、これが直前になって労働裁判に変わってしまったのである。その時の事情をよく知る人によれば、ゼルヴァジオの身辺の人間が、それを強く主張したという。
「労働裁判でなければ、経済的に得るものがない」
と。
また、別の筋によると、この段階で、
「ゼルヴァジオは肉体的にも精神的にも、極端に衰弱しており、正常な判断力を失っていた。ために、労働裁判への切替えを承知してしまった」
という。
そういうことで、最初の法廷で、判事から聞かれた単純な質問に、正確に答えられなかったのであろう。
裁判の末期、ゼルヴァジオは病床にあった。が、判事と原告・被告の弁護士が、当人の話を直接聞く必要があって、自宅を訪れた。そして、
「貴方の労働裁判のことで来た」
と伝えると、
「労働裁判? ワシ、そんなことやっていないヨ」
と答えた、という。
富森と似た精神状態にあったことになる。
この二人は、かつては輝ける存在であった。
しかし、その人生の最終章は、余りにも悲劇的で、シェークスピアの戯曲並である。(つづく)









