site.title

《記者コラム》ジウマがPTの「お荷物」に=ルーラ中道化選挙戦略の矛盾

2022年2月8日

ルラウキミンへの反発

昨年12月19日で握手するアウキミン、ルーラ(Foto: Ricardo Stucker/Divulgação)
昨年12月19日で握手するアウキミン、ルーラ(Foto: Ricardo Stucker/Divulgação)

 ルーラとアウキミンが急接近するに従い、それへの反発がでている。政治を分析するための〝リトマス試験紙〟として、その反発のベクトルはとても興味深い。その最たるものが、ジウマ・ルセフ元大統領(PT)の扱いを巡る議論だ。
 彼女はブラジル初の女性大統領として2011年に就任し、2015年に再選され、2016年にインピーチメント(罷免)された。
 2003年にルーラから始まった労働者党(PT)政権の2人目の大統領だ。ルーラ本人が2期8年を務めて満期となり、「中継ぎ」の後継者としてルーラに指名された。しかも初めて出馬したのがこの大統領選挙で、ルーラの後押しによって見事当選した。ルーラ全盛期を象徴する異例づくしの展開だった。そして彼女が罷免されなければ、18年選挙で再びルーラに戻っていた可能性が高かった。
 今問題になっているのは、ジウマの罷免時に、アウキミンがPSDBの重鎮として積極的に賛成した過去があることだ。ジウマに近いPT幹部の中からは、そんな人物をルーラの副大統領候補として受入れて共闘することなど考えられない。
 だが、ルーラからすれば、今年の選挙では10月2日の第1回選挙で過半数を制して一気に当選を決めたい。決選投票に持ち込まれると、「第3の候補」にひっくり返される可能性があるとの分析があるからだ。
 「第3の候補」の筆頭はセルジオ・モロだが、ルーラからすればできれば戦いたくない相手だ。かつてモロが担当判事だったラヴァ・ジャット(LJ)作戦ではさんざ叩かれ、痛い目に遭わされた。
 最高裁判断で、LJ作戦は審理やり直し状態になっただけで、まだルーラは無罪放免ではない。突かれたくない部分があり、決選投票の選挙戦がスキャンダル暴露合戦になった時、無傷ではいられないと覚悟しているのかもしれない。
 ルーラとしては、第1回選挙で有効投票数の50%を得て、スカッと勝利を決めたい。そのためには、現在の左派票と反ボルソナロ票だけではギリギリであり、中道派票を是が非でも取り込みたい。かつて大統領選で争ったことがある中道政党PSDBを代表する存在だったアルキミンと組むことは、大きなイメージチェンジになる。
 つまり、「左派票+反ボルソナロ票+中道票」で一気に過半数を制したいともくろんでいる。
 そのために、足元のPT内にある反アウキミン勢力を、ルーラは豪腕で押さえ込もうとしている。反アウキミン勢力の多くがジウマ支持者であると見られ、昨年末からジウマの扱いに関する記事がでるようになった。

ジウマ罷免の総括

 そもそも昨年12月21日オ・グローボ紙で著名ジャーナリストのマル・ガスパールは、コラム《ルラウキミンを祝う夕食会から除外され、ルーラにとってジウマは問題児に》と書いた。この辺からジウマの問題が表面化した。
 「ルラウキミン」とはルーラ=アウキミンのシャッパを短縮した表現。昨年末12月19日に開催されたルーラとアウキミンの連合を公式にお披露目する夕食会にジウマが招待されなかった件を考察したコラムだ。
 《出席した友人たちはジウマがそこにおらず、招待状が出されなかったことに驚いた。関係者の話を総合すると、ジウマはルーラにとっての政治的な問題児になったと認識されていた》と書かれている。
 たとえジウマが夕食会に招待されたとして、自分を罷免に導いた政治家の一人と、どんな顔をして会えばいいのか。
 ジウマは超真面目な性格で、融通が利かない女性だと言われる。それゆえ、大統領在任中は、たとえ連立与党の政治家ですら大統領府に入れず、「政治的な談合」を極力避けたことで有名だ。ひたすら自分が信じた政策実現のために懸命にやったが、それゆえに連邦議会との関係は常に最悪だった。
 その結果、6年間の在任中、一つも憲法改正案を施行できなかった。特に第1期目には連立与党は過半数を十分超えていたにも関わらずだ。2期目は連立与党からも見放され悲惨だった。
 三権分立の原則に従って、司法への口出しも一切せず、LJ作戦捜査に介入することもなかった。だからセントロン系の政治家から嫌われ見捨てられ、「ペダラーダ・フィスカル(粉飾会計)」を問題視されて財政責任法の名目で罷免に追い込まれた。
 だが、今になってみれば、粉飾会計はあくまで表面上の理由だったと総括されることが多い。
 だいたい、62万人の国民をコロナ禍で亡くすという、ジウマより遙かにヒドイ罪状が上院議員調査委員会で結論づけられ、訴えられたにも関わらず、ボルソナロが罷免される兆しはない。
 罷免かどうかを決めるのは、罪状のひどさではなく、連邦議会からの反発の大きさ、国民の支持率の低下だ。ボルソナロはいくら罪状がひどくても、20%前後の岩盤支持層があり、セントロンを味方につけたから罷免されない。
 ジウマが罷免されたのは、10%超のインフレと高失業率という不況を招いて国民からの支持率が10%を切り、その経済政策の悪さに加え、議会の政治家と談合せずに唯我独尊的に振る舞っていたことが嫌われ、罷免に追い込まれたように見える。
 ボルソナロが2018年の選挙時は、セントロンを敵に回して「政治的談合は一切しない」「古い政治手法は執らない」と宣言して当選した。だが、ジウマはすでにやっていた。でも、それゆえ罷免された。ボルソナロは連邦議員としてそれを見ていたから、最後はセントロンを選んだ。
 LJ作戦でルーラは数々の容疑をもたれているが、ジウマのそれはあまりない。潔癖かつ、女性初の大統領ですら「邪魔になれば用済みに・・・」というルーラの論理は、政治の世界ゆえの冷徹さを感じさせる。

ルラウキミンには補完関係がある?

 ジウマに対するルーラの低い評価が、昨年末が紙面を飾るようになった。エスタード紙1月28日付《ルーラはジウマを賞賛、でも彼女は「対話が好きじゃなかった」》(https://www.terra.com.br/noticias/brasil/politica/lula-elogia-dilma-mas-diz-que-aparentemente-aliada-nao-gostava-de-conversar,29c93601ac26c238d13bf7fbbd9162081330w828.html)の中で、ルーラはジウマを評価して、このように複雑なコメントをした。《多くの苦しみを味わった女性、かつて拷問された女性、恨みを持つ多くの理由があった女性、この女性は逮捕され、大統領になり、誰に対しても復讐心を持たずに統治した》と自分の後継者だった人物という立場上、絶賛した。
 だがあくまでこれは建前で、実際の部分としては、彼女は《《腹芸(jogo de cintura)ができない、政治家に求められる忍耐力がなかったとの評価をし、彼女は対話をするのが好きじゃなかった》との本音も報道されている。これは「政治家としての適性がない」という致命的な評価だ。
 つまり「使えないジウマよりもアウキミンを選ぶと」言っているのに等しい。
 同記事の中でルーラはアウキミンとのシャッパについても語り、「副候補の所属政党は、PTとは対極にある政党(contraponto ao PT)でなければならない。副候補は私と同じ陣営でなく、まったく別であるべき。我々とはまったく異なる社会階層の人々を支持者として連れてこられる人、連立政権の構築に寄与できる人でなければ」と語っている。
 つまり、左派陣営を増やして固める方向ではなく、中道に支持基盤を広げる考え方だ。
 その一方で、ルーラはアウキミンが副候補になれば農相指名権を与える意向とのエスタード紙2月3日付記事(https://politica.estadao.com.br/noticias/eleicoes,alem-da-vice-lula-oferece-a-alckmin-o-comando-do-ministerio-da-agricultura,70003968318?utm_source=webpush_notificacao&utm_medium=webpush_notificacao&utm_campaign=webpush_notificacao)が出ている。
 と言うのも、PTは環境重視を売りにしているので、政権をとれば規制を強化するとのイメージを持たれており、農地拡大の傾向が強い農牧族議員やアグリ企業とは相性が悪い。実際、農牧族議員は現在、完全にボルソナロ派だ。そこの部分をアウキミンに掌握させることによって、農牧族の支持を取り戻そうと考えているようだ。
 そのようにルーラは、アウキミンには補完効果があると見ている。
 その結果、ジウマをセントロンが擁護するという不思議な現象が起きている。1月18日付エスタード紙《テメルはジウマのルーラ選挙運動参加を擁護》(1月19日参照、https://www.terra.com.br/noticias/eleicoes/temer-defende-participacao-de-dilma-na-campanha-de-lula,c5fe7c0bd242a7f1040b28d3dc8569c3hhm)は興味深い。
 テメル前大統領はセントロンを代表する重鎮であり、同記事の中で《ジウマは全国的な存在感を持つ人物。ルーラの選挙キャンペーンの中で、彼女の存在を隠す理由は何もない》と擁護する。
 罷免されたジウマの代わりに大統領に昇格したのが、当時副大統領だったテメルだ。本来、連立与党だったPMDB(現MDB)代表として副大統領になったテメルだが、LJ作戦に介入しようとしないジウマにセントロンがぶち切れて、捜査の標的にされていたPMDB政治家らも加わって罷免が実行された。
 つまり、PTにとってテメルは裏切り者だが、それがジウマを擁護するという不思議な構図になっている。

ルーラに反発する左派

2014年10月、再選を決めたジウマ大統領。右後ろがテメル副大統領(Senado Federal, via Wikimedia Commons)
2014年10月、再選を決めたジウマ大統領。右後ろがテメル副大統領(Senado Federal, via Wikimedia Commons)

 当たり前だがジウマはテメルを嫌っている。2月5日付フォーリャ紙《PTはジウマ政権の自己反省を前倒ししてルーラ防衛を固め、内部で摩擦》(https://www1.folha.uol.com.br/poder/2022/02/pt-antecipa-autocritica-sobre-gestao-dilma-tenta-blindar-lula-e-cria-desgaste-interno.shtml)は、1月13日にルーラとジウマが話し合った内容の一部をすっぱ抜いた。
 PT党内部では、今回の大統領選でジウマ政権時代の政策の問題が出てくることを想定して、予めジウマが罷免に至った経緯を総括し、先手を打って公表する準備をしている。ジウマ政権をPTが自己反省して、批判する形になりそうだ。
 それに対して、同記事で《13日にルーラと会談したジウマは、選挙期間中に自分の時代の政権が攻撃された場合、弁護すると警告した》とある。PTがジウマ政権を自己批判することになっても、ジウマ本人は自分の政権時代の弁護をし、PTの方針に反すると明言した訳だ。
 さらにジウマは《ミシェル・テメル前大統領(MDB)との経験を思い出し、ルーラが大統領に選ばれた場合、アウキミン前知事(無所属)に裏切られる危険性があると警告した。
 これに対し、ルーラは「アウキミンはテメルと対等ではない」と発言。当選すれば、元トゥカーノは積極的に政権に参加するという》と答えたと報じられている。
 ジウマはテメルに裏切られたことを忘れていない。今度は、ルーラやPTが自分を裏切ろうとしていると感じているかもしれない。
 そんなジウマに共感する勢力がPT内にも、左派勢力にもいる。
 カルタ・カピタル誌1月10日付《ルーラ/アウキミンに不満足なPT党員が署名集め開始》(1月11日参照、https://www.cartacapital.com.br/cartaexpressa/petistas-descontentes-com-possivel-chapa-lula-alckmin-lancam-abaixo-assinado/)によれば、元党首のジョゼ・ジェヌイーノ、ルイ・ファルコンら大物を筆頭に550人がその時点で署名していると報じている。
 この署名運動の呼びかけ人、ダニエル・ケンゾウによれば《アウキミンは2016年クーデター(ジウマ罷免のこと)に公に参加しただけでなく、アウキミン聖州政府は労働者一般、公務員にとってマイナスな政策を執ってきた》と反発している。
 本来なら仲間である左派陣営で最も厳しくルーラ/アウキミンを批判しているのは、PSOLのボウロスだ。
 オ・グローボ紙1月19日付《ボウロスとPTの一部は、ルーラ/アウキミンシャッパへの批判を激化》(1月29日参照、https://oglobo.globo.com/politica/boulos-alas-do-pt-intensificam-criticas-chapa-entre-lula-alckmin-25359514)では、土地なし労働者運動(MTST)のリーダーであるボウロスは、アウキミンが聖州知事時代に同運動の占拠地に対して軍警などの武力を使って強制的に法的退去をさせた際、多数の路上生活者や不法占拠者に負傷者がでた件を上げ、《ルーラは良いが、アウキミンはダメ》との声明を出した。
 この記事によれば、前掲のPT党内反対署名は17日時点で、1285筆にまで増えている。
 カルタ・カピタル誌サイト2月6日付(https://www.cartacapital.com.br/cartaexpressa/mais-grave-do-que-derrotar-bolsonaro-e-o-que-pretendemos-colocar-no-lugar-diz-ciro/)は、シロ・ゴメスによるルーラ批判の次のような発言を紹介した。《支持率調査のトップであるルーラ元大統領は「非常に危険な方法で議論を非政治化した」と指摘》し、《PSOL、PCdoB、PSBを破壊しようとしている》と強く批判した。
 ルーラが左右の主義主張を無視して、投票を集めるために中道化することを疑問視している。最左翼の大統領候補となったシロからすれば、ルーラがアウキミンを巻き込んでいることは、左派勢力を弱めることに他ならないと分析する。
 ルーラがこのシャッパを強引に進めれば、PT内や他の左派政党との亀裂が深まる。PT以外の左派勢力がジウマを担ぎ上げて分離し、PSOLなどに移籍することもあり得るかもしれない。そうならルーラは本来の仲間から足元を揺さぶられる。ルーラ中道化選挙戦略は、まだ落としどころが見えてない。(深)


『消えゆく民主主義』以後のモロ前の記事 『消えゆく民主主義』以後のモロ一方通行のコミュニケーションの恐ろしさ次の記事一方通行のコミュニケーションの恐ろしさ
Loading...