《記者コラム》若き日のハダジは共産主義者=移行PEC論拠に現代貨幣理論

市場「共産主義者が財相就任?!」と危惧
《「環境は悪くなる一方、6レアル以上の為替レート、経済基本金利16%へ」と元中央銀行理事のカンチュク氏、ASAマクロ経済担当ディレクターによると、財政悪化により、来年半ばに中銀が行動を起こす必要性が出てくる》と16日付ヴァロール・エコノミコ紙サイト(https://valor.globo.com/financas/noticia/2022/12/16/bc-vai-ter-que-subir-juros-no-ano-que-vem-diz-kanczuk.ghtml)は金利再上昇の可能性を注意喚起している。
エスタード18日付には《財政リスクにより金利下降は24年以降になりGDP成長を妨げる》(https://www.terra.com.br/economia/risco-fiscal-pode-fazer-juro-baixar-so-em-2024-e-travar-o-crescimento-do-pib-dizem-analistas,b944416e761eb011b398f89c98768ba531eyexwf.html)という記事も出た。
政権移行PECの推移、フェルンド・ハダジ財相指名に対する評判の悪さが、来年以降の経済見通しを暗くしている。
ハダジがルーラの代理で大統領選挙に出た際、18年10月3日付エスタード紙でジャイル・バルボーザは《疑問を持っている人のために、疑いなく、PTの大統領候補は共産主義者だ》(https://www.estadao.com.br/emais/jair-barboza/o-comunismo-de-haddad/)とのコラムを掲載した。彼はサンタカタリーナ連邦大学哲学科教授だ。
またレビスタ・オエステ・サイト10日付でアルツール・パイヴァは《ルーラの財相ハダジは修士号論文で社会主義を擁護 PT党員は国家主義と私有財産終焉を支持する》(https://revistaoeste.com/politica/haddad-ministro-da-fazenda-de-lula-defende-socialismo-em-mestrado/)とのコラムを掲載した。
1990年に出版されたハダジの修士論文「ソ連体制の社会経済的特徴」では、ロシアの社会主義的経験を、カール・マルクスが構想した共産主義と区別することを試みているという。ハダジによれば、レーニンら独裁者以降のロシアは「退化した労働者国家」になったのだという。
同論文からは《ハダジが公共の自由を制限する権威主義的な国家を問題視していないことがわかる。ハダジにとって、問題の核心は、レーニンのような独裁者が、世界の左翼の統合である「国際革命」のモデルを確立しなかったという過ちを犯したことにある》と同コラムにはある。
さらに《この論文からは、将来の財相がソ連の経済発展に「成功モデル」を見出している。「私有財産の廃止と計画(国家が経済の面倒を見ること)に基づく社会主義的手法が技術的に可能であることの証明になる」と指摘した》と書かれている
若き日のハダジの考え方を単純に推測すれば、世界の左翼連合を形成し、私有財産を廃止して、ソ連の計画経済を成功モデルにした政策をとれば、マルクスの提唱した本来の共産主義に近づくというものか。
共産主義を始めたマルクスやエンゲルスの思想によれば、資本主義が円熟した後に共産主義の時代が訪れると考えている。経済的な危機を政治的・意図的に引き起こすことによって資本主義を終わりに向かわせ、共産主義へ向かわせようとしているのかとの疑問がついて回るから、ハダジ新財相に対する市場や財界からの評判は良くない。
そしてスプートニク・サイト14日付は《「ルーラは関係回復をするために中国と欧州を訪問する」と次期外相は言う》と報じた。ルーラがマウロ・ビエイラ次期外相に命じた最初の3カ月の訪問地の一つは、権威主義的な国家の代表格である中国だ。さらにベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領との外交関係を回復するという。
移行PECの背景にあるのはMMT

さらに来年以降の経済見通しを下げているもう一つの要因は政権移行PECだ。その文章中には、歳出上限を超えて支出を増やしてもインフレにならない論拠としてMMT(現代貨幣理論)が参照されている点も波紋を呼んでいる。
同PEC報告者は「国庫が発行する国債はレアル建てなので、政府が払えない可能性はない」と説明するために同理論を参照している。
MMTは、中長期的な財政赤字の拡大を容認する論理で、政府債務が自国通貨建てである限りは、どれだけ増大しても信用リスクによる財政悪化はありえず、通貨発行と徴税調整による総需要管理を行えば問題がないとするもの。
これは従来支持されてきた一般常識「財政赤字や政府債務残高の拡大は不健全だから、歳出抑制や増税等の緊縮財政を通じて国の借金を削減して財政収支を黒字化することが重要」という考え方と決定的に対立する。評価が分かれる理論だ。
ブラジルにおけるMMT最大の提唱者は、経済学者アンドレ・ララ・レセンデだ。ルーラ次期政権の経済移行チームのメンバーであり、次期政権で何らかの役職を占めることも予想される。
ブラジルの場合、コラム子が注目すべきと思うのは、元大蔵・財務官僚で嘉悦大学教授の高橋洋一が以前、MMT批判の動画中で「インフレが3%を超えたら自国通貨建て国債でも危ない」と語っていた点だ。
慢性インフレ国であるブラジルでは、3%より下である期間の方が例外的だ。常に3%を上回る状態の中でMMT的な政策を実行すれば、いずれ財政破綻する恐れがあると財界が心配するのもムリはない。だが十分な説明がないまま推し進めようとしている。
だから「わざと国家財政を破綻させて共産主義化を狙っているのでは」との疑いをかけられることになる。
何が何でも秘密予算を残したいセントロン

現在の政権移行PECのドタバタ具合も財界を不安にしている一因だ。上院ではわずか2日間で承認されたPECだが、下院に来てから立ち往生している。どんどん審議日程が後回しにされ、「遅くても16日」と言われていたのに20日になっている。
新年からの連邦議会の構成では、ボルソナロ派議員が現在よりはるかに多くなるので、ルーラにしてみれば、今のうちに移行PECを通して最低限の政策資金を確保したいとの気持ちは強いだろう。
このため、新閣僚を先週ズラリと発表するはずだったルーラの思惑が外れた。先々週、第1回発表ではハダジ財相就任を目玉に5人公表した。だが一人も女性がおらず不評を買い、「来週に女性閣僚をまとめて発表」との予告までしていた。先々週の時点でルーラは「80%の名前は決まっている」と語っていた。
なぜ発表できなかったかと言えば、最高裁の秘密予算審議だ。大統領にしかない予算執行権の一部を下院議長にも認める秘密予算は、どの議員が何のためにどれだけ支出したかを公表しないという不透明な制度だ。
下院議長が票買収のために使っていると疑われており、与党ら特定議員に資金が集中して流れていると推測されている。その不透明かつ不公正な部分が問題になって、最高裁で合憲かどうかの審議がされている。
移行PECを年内に是が非でも通したいというルーラの弱みを逆手にとって、リラ下院議長率いるセントロンはルーラに対して「秘密予算を残すように最高裁に働きかけること」「リラの下院議長再選への支援」「できるだけ多くの大臣ポスト」などを要求したと報道されている。
15日の段階で、最高裁の秘密予算審議ではこの制度を残すことに関して反対5、透明化・公正化させる条件で賛成4となり、残り二人は19日(月)に意見を述べる。この勢いなら制度反対多数となる可能性が高い。
このままで秘密予算の制度が無くなってしまうと危ぶんだリラ下院議長やパシェッコ上院議長らセントロン勢力は、16日に急きょ、先手を打って秘密予算の法律の方をスピード改訂して、より透明性が高く公正な形に変えた。下院では賛成328票、反対66票。上院では賛成44票、反対20票だった。
最高裁審理の成り行きを見ながら、審理対象の法律自体を変えるのは「後出しジャンケン」だ。最高裁で反対多数となれば制度自体がなくなってしまうが、批判を減らす形に制度を変えれば、秘密予算の制度自体は残せると踏んだ。この臨機応変さがセントロンの面目躍如だ。
本来、ルーラは選挙運動中「秘密予算をなくす」と明言してきた。大統領権限を減らすこの制度は邪魔に違いない。だが16日、ルーラの根回しによりPTですら、秘密予算制度改訂の承認審議で多くが賛成に回った。リラの意向を酌んだ形だ。PT内には「賛成するなんて譲歩しすぎ。それより移行PECを廃案にして、ルーラ就任後に扶養手当600レアルを可能とする大統領暫定令を出すべき」との意見も出ている。
ルーラと仲の良いレナン・カリェイロス上議(MDB)ですらも「秘密予算改正に賛成するなんてPTは一貫性がなさ過ぎる」と批判した。ペトロブラス疑惑でも名前が挙がったあのカリェイロスですら、そう批判するという現状に、ルーラがいかにムリヤリPECを通そうとしているかが窺える。
最高裁は19日、秘密予算審議を「反対6」対「条件付き賛成5」で終わらせ、違憲判断を下した。両院議会は秘密予算制度の改定をしたが、まだ透明性が不十分だとの判断だった。だが、この反対多数の場合を見越していたリラ下院議長は、移行PECの中に秘密予算の代わりになるシステムを組み込もうとしていると報道されている。だから、移行PEC審議は最高裁判断が決まったあとでなければならなかった。
移行PEC承認後、ようやくルーラは閣僚人事を発表できる。PECより先に閣僚人事は発表できない。なぜなら、残りの閣僚を先に発表すれば、自党からのポスト要求が通らなかったセントロン政党が怒り、政権移行PECに反対する可能性があるからだ。
どんどんセントロンに大臣ポストを譲歩

ルーラ第3次政権では大臣ポストは37にもなると報道される。ボルソナロ政権が18省、大臣ポストは計23人だったから大幅に増える。連立左派政党に加え、移行PECを通して、今後の議会運営を円滑にしようとセントロンに振り分けるためにポストを増やしたと言われている。
セントロンのリーダーであるリラ下院議長は、大統領の罷免申請をできる唯一の役職であり、ルーラはそのご機嫌を最大限に伺うはずだ。
これだけ増やしたにもかかわらず、ポストが足りない。だから本来なら大臣になるべきグレイシー・ホフマンPT党首が党首を続けると発表され、やはり大臣と思われていたアロイジオ・メルカダンテがBNDES総裁と公表された。大臣ポストの代わりにあてがわれたようだ。
17日には左派連合のPSOLからも大臣を出さない、ボウロスを閣僚にしないことも公表された。その分セントロンに大臣ポストを譲らざるを得ない状況に追い込まれている証拠だと報じられている。
ルーラにとって一番身近で信頼関係が深いところから順に大臣ポストを諦めて貰い、セントロンに捧げている。移行PECを通すためにルーラはセントロンにどこまで譲るのか。
リラ下院議長は18日(日)、サッカーW杯決勝戦直前の2時間、ルーラをホテルに訪ねて「移行PECと閣僚人事について懇談した」と報じられている。その日の晩、最高裁のジルマール・メンデス判事は、ボウサ・ファミリアを歳出上限枠外にすることを許可する判断を下した。少なくともボウサ・ファミリア分の資金は移行PECに頼らずとも確保でき、リラとの関係も多少変わる。最高裁からのルーラへの最高のクリスマスプレゼントとなった。
連邦議会の仕事納めは23日。どのような形で新政権が始められるかを根回しする山場は今週だ。水面下の交渉は相当白熱している。(敬称略、深)