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《記者コラム》「ラドロン」に政権を戻したのは誰か?

2022年12月23日

軍事介入を求める抗議者(Instagram)
軍事介入を求める抗議者(Instagram)

 明日はクリスマス・イブ。今年も残り約1週間のところまで来たが、ボルソナロ政権もそれと同じ長さを残すのみとなった。

 一部のボルソナロ派は23年1月1日以降も軍事介入によりボルソナロ氏が大統領を継続して務めると信じ、軍施設前で抗議活動を続けている。
 世論調査では国民の93%が「ルーラ氏がブラジルを良い国にするべく応援したい」と答えたとの結果も出ており、抗議活動を支持する国民は多いと思えない状況だ。
 ボルソナロ派の人々の主張を聞いていて、コラム子がかねてから気になっている言葉がある。それはルーラ氏を揶揄する時に使われる「ラドロン(泥棒)」という言葉だ。「ラドロンに大統領など任せられない」などの言い方で使われる。
 「ラドロン」がそれほどまでに嫌なら、どうしてルーラ氏の被選挙権が最高裁のエジソン・ファキン判事の判断で回復したとき、あるいはその翌年に最高裁が全体審理でそれを改めて承認したときに今と同じような勢いで抗議運動を起こさなかったのか。ルーラ氏の大統領選当選後になっても使われ続けることに非常に強い違和感を覚える。
 ルーラ氏の被選挙権回復当時などに、ボルソナロ派から血相を変えての全国規模の抗議活動が起こった話などは聞かなかった。そこで抗議機運が盛り上がっていればルーラ氏のイメージも今ほど良くならず、大統領選で敗北することだってありえたはずだ。それを怠っておいて、後の祭りのように騒いだところで法的には何も影響しない。
 仮にルーラ氏や労働者党(PT)が本当に「ラドロン」だったとして、そのラドロンから政権を奪取し、新しい国のリーダーに選ばれたのはボルソナロ氏だ。ラドロンに政権を戻さないようチャンスを与えられていたのも他でもない彼だ。
 だが、コロナ対策初期には世界で数えるほどしかいなかった「社会隔離をやめて労働を続けろ」と主張して、世界第2位の死者数を記録し、環境問題では4年にわたり国際的な要注意人物のように扱われ、コロコロ変わる教育相は国際関係をこじらす人種差別発言や宗教関係者に便宜を図った汚職で逮捕…。結果として在任中に支持率が過半数どころか40%を超えることはほとんどなかった。
 ラドロンより国民を惹きつけられなかったのは誰だったのか。人のことを罵詈雑言で批判する以前に自分の支持する大統領がどうだったのかをもう少し客観的に考える必要はあるだろう。(陽)


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