今のブラジルにリアルな意味持つ米アカデミー賞候補作「アルゼンチン1985」

世界最大の映画賞、米国アカデミー賞のノミネート発表が24日に行われた。コラム子の注目をひときわ引いたのが国際長編映画賞にノミネートされたアルゼンチン映画「アルゼンチン1985〜歴史を変えた裁判」だ。同作はブラジル含め、南米に生きる人たちにとって避けて通ることのできない事件を描いた大事な映画だ。
舞台は文字通り、1985年のアルゼンチン。軍事政権が終わってわずか2年の同国では、70年代後半のビデラ大統領政権が行った政治犯の大量処刑、拷問疑惑に関しての裁判が行われようとしていた。担当検事のフリオ・セーザル・ストラセッラは、家族への恐喝や、軍による軍政復活示唆に屈せず、勇気を振り絞り、毅然と軍への処罰を下していく。
「もし、このときに民衆の側が軍を罰していなかったら、南米社会はまだ軍政を引きずっていたのではないか」と言われるほど、南米社会にとってこの裁判は運命の分岐点だった。
南米ではチリのピノチェト政権時代の民衆虐殺が有名だが、ビデラ政権も極めて悪名高い。劇中でも妊娠中の女性政治犯が、警察官からの取り調べ中にレイプされたことを訴えるシーンがある。政治犯たちを飛行機の上から投げ落としたというショッキングな悪行も今日まで語られ続けている。
そして皮肉にも、この映画のメッセージは、まさに隣国のブラジルの現在に、まざまざと意味を持っていることも痛感した。
ブラジルでは気に入らないことがあれば何かと軍の威光をちらつかせる政治家が登場し、その影響を受けた支持者たちは「軍さえあれば世の中を意のままにできる」と信じ、選挙結果への軍事介入を2カ月求め続けた挙句、連邦議会、大統領府、最高裁という三権の象徴的な施設の襲撃事件を起こした。ブラジルはアルゼンチンのようには軍政時代の軍の行動を罰してはいなかった。
ただ、「軍政復活の威嚇」に屈しない姿勢はブラジルでも受け継がれていたようで、選挙結果通りに政権交代は実現され、襲撃事件でも襲撃者1千人以上、資金提供容疑者らが逮捕された。ネットでのテロを煽る言動も厳しく取り締まられている。この映画を見た人からは「アレッシャンドレ・デ・モラエス判事はストラセッラ検事のよう」との感想も多く上がっている。
同作品は現在、動画配信サービス「アマゾン・プライム」で配信中。アカデミー賞の授賞式は3月12日に行われる。(陽)