ぶらじる俳壇=167=伊那宏撰
麻州ファッチマ・ド・スール 那須千草
なにくそも踏ん張りも消え年の暮
〔一年の総決算とてやることが山積している年末。「何くそ!」と踏ん張り、それらすべてをやり通して新年を迎えていたのはつい先頃までのこと。加齢とともに気力も弱り、家族も離散してさみしくなると、それら年用意の事々はすべて億劫になり、怠りがちとなる。ましてや当国にはそのような年末の習慣はなく、世代が進むうちに日本人としての意識が薄れて、詰まるところ「どうでもよろし」と相成るのかも知れない。一つの文化の終焉が見えぬ形でこうして進行して行く。私たちは今その過程に立ち会っている事を自覚させてくれる句でもある〕
持ち寄りの忘年会や弾む声
年末の寂しさ増して訃報来る
サンパウロ 大野宏江
この国に掃納めるや半世紀
〔〈掃納め〉。その年最後の大掃除のこと。家の内や外の掃除は勿論のこと、時には身辺のもろもろの雑事をも掃き納めてしまおうと〝心の大掃除〟までやる。ブラジルに来て半世紀、毎年続けていた掃き納めを今年も無事済ませた。掃き納めねば新年を迎えられないとする日本人としての習慣は、生涯続くものと作者は承知している。なかなか郷に従いきれない年末年始の風習、日本人であることの何よりの証として、決して譲れないことの一つになっている。幼少時からの慣わしは百歳まで続くと言われる所以であろうか〕
餅つきや亡母の笑顔も忘れずに
除夜の鐘響きわたるや世界中
サンパウロ 馬場園かね
いち早し薄墨の実をプラタナス
忘れもの藪かげにあり蛇の衣
高々と望む土塀に花ユッカ
カンピナス 後藤たけし
戦火越え沖縄の悲話蘇鉄咲く
ヒマワリやロシア民謡の片田舎
墓参の日今年は行けず義理を欠く
サンパウロ 石井かず枝
マンチケイラ山脈みどり夏の旅
カジャマンガサビアの口に奪われて
孫来たるアセロラジュース旨そうに
サンパウロ 上村光代
集いたる家族総出の煤払
あれこれと支度疲れの年の暮
〔〈仕度疲れ〉とは年の暮れ、いわゆる年の最後の日を送り、新しい年を迎えるための諸々の準備で疲れたことを言っている。高齢者なれば体を使う仕事よりは気疲れという方が適切かも。家族が集まっての大掃除や、そのためのお料理の心配だけでも大ごと。主婦のなさねばならない役割は結構あり、年の暮れには一年分の疲れがどっとシワ寄せしてくる感じになるのである。ここは日本じゃないんだからブラジル風にもっと気楽にすればいいのに、と子供たちに言われても、習慣と言うものはげに怖ろしきもの、染みついたものは一朝一夕に消すことはできないのである。民族の持つ拭いきれない業というものか〕
行く年や無事に過ごせし日々感謝
サンパウロ 串間いつえ
暑き日の人通り無き時間帯
大人しく降り始めたる夕立かな
持ち歩き用とや小さき扇風機
サンパウロ 林とみ代
夫逝きて流るる月日十二月
極月や天候異変治まらず
年用意為す事あらぬ老の日々
イタペセリカ・ダ・セーラ 山畑嵩
容赦なく厨を包む大西日
とりとめのなきこと話し夕端居
蟻の列荷も担がずに急ぎ足
イタペセリカ・ダ・セーラ 山畑泰子
夏の雨粒太くして叩きつけ
師走とて日々の暮しのかはりなく
餅つきの掛け声ひびく昼下り
マナウス 大槻京子
極月や道でつまづきふと涙
燃え滾る落陽ながむる年の果
夫逝きて独りひそやか除夜の燭
サンパウロ 太田映子
主なき食卓の椅子年暮るる
ふるさとは災難続き年の暮
日々変化ついていけない老の夏
年賀状友に送るはホ句添えて(別稿より)
何となく気も華やいで初句会(〃)
サンパウロ 山岡秋雄
古暦最後の日までメモ書きす
〔暦にちょっと印すメモ書きというものはどの程度の字数が可能であろうか。暦の様式(大小)やスペースのありなしによるであろうが、十字前後まで可能とすれば、よく言う日記代りにともなる。忘れないようにちょっとした用件など記入できる。さて、一年の最後の日に書き残したこととは一体どのような言葉であったろうか。感謝の言葉?別れの言葉?着想の面白さに惹かれた一句〕
五十年知る友に買ふ歳暮かな
今年こそ茅の輪潜らむ八十路生き
日本 三宅昭子
煤払い心の内の隅までも
聖夜の灯離れし心取り戻す
餅つきも稀有となりし令和かな
モジ・ダス・クルーゼス 浅海喜世子
ひととせの食事重ねて大晦日
この年を歩かず大樹年暮るる
夫婦縁長らえて聞く除夜の鐘
新年の白紙踏み出す恵みかな(別稿より)
輝きて甍を昇る初日の出(〃)
サンパウロ 伊藤きみ子
煤払笹持つ巫女の緋の袴
湯上りに柚子湯のかほりほんのりと
侘助が床に鎮座の茶の点前
セザリオ・ランジェ 井上人栄
公園の大緑陰や待ち合わす
木肌脱ぎ鉄の大木牧の中
喜雨あとの菜園の物直立す
サンパウロ 谷岡よう子
肩車はしゃぐ幼子夏休
願わくばいぶし銀なり年の暮れ
初詣心新たに手を合わせ
サンパウロ 川村君恵
夫逝き淋しさつのる年の瀬や
亡夫宛賀状受け取り涙する
思い出は亡夫と共に紡いだ日
パラ州パラゴミナス 竹下澄子
樹海よりこっこく出ずる初日の出
厨にも小さく飾る鏡餅
読初め異国にありて六十年
ベレン 渡辺悦子
元旦や金波銀波のアマゾン河
新年の家族の集い五十余名
遠路来る初対面家族新年会
ベレン 岩永節子
初暦明日への伴の繰り返し
我が齢数え新たむ年始め
伝い来る心の弾み初電話
〔身内の者というより親しき人からの電話であろう、お互いを知り尽くしているという人間関係が〈心の弾み〉に表されている。電話を通して伝わる言葉は微妙である。互いの表情は見えなくても、その響きにこもる感情は隠せない。普段の会話と違い、新年を迎えた喜びが加味されて自ずと心が弾んでくるのである。話題は飛び出すように次々と浮かんでくる。初電話なればこその喜びの一句〕
ベレン 鎌田ローザ
アマゾンの初鏡なしの頬張りし
初日の出アマゾン河や祈願なり
新年やゆらゆら船の穏やかに
ベレン 諸富香代子
夏の午後実験ムゼウ(museu)に児輝く
旅先に夫を祝いて師走過ぐ
サーキット場湧き返る人我涼む
ヴィトリア 大内和美
古暦検査検査のペンの跡
〔暦が入るとまず数カ月先の予定を書き込んでおくのが慣わしである。暦は随時そうして予定が書き込まれてゆく。特に多いのが医者の診察日であろう。診察というのは一度で済むことではない。あれこれの検査があって、診察結果が出るまで数回はかかるのが普通である。高齢者となると体のあちこちに不調が生じ、それぞれ専門医の門をくぐることになる。いわゆる〝医者通い〟という煩瑣な日常生活がやってくる。暦は検査予定表と相成り、びっしりと検査日が印されてゆく。かくて高齢者にとって、暦は命を託す大切なものとなり、捨てきれずに毎年たまる古暦となってゆくのである〕
捨てきれず毎年たまる古暦
早ばやと余裕いっぱい大晦日
ヴィトリア 藤井美智子
平凡に生きた証を日記買う
夏帽子おしゃれに決めて若々し
泥蟹や息子の好物大鍋に
モジ・ダス・クルーゼス 浅海護也
沖縄の島々飾るアラマンダ
毎日の極暑に泣いた農作業
ブラジルは蛇の宝庫か大蛇迄
サンパウロ 吉田しのぶ
九十路過ぎて酌み交ふ屠蘇の味
生涯を佛に仕へ去年今年
喪に服す隣人ひそと三が日
賀状出す時代遅れと笑はれし
孫に杖贈られ嬉し初涙
〔〈初涙〉とは大変珍しく新鮮な季語である。しかも嬉し涙なのである。老いにとって何よりも有難い物をお孫さんが贈ってくれた。その心遣いに涙が溢れたのである。杖は何本あってもうれしいもの。帽子や靴のコレクションと同じで、その日、その場所へはどの杖を使おうかなどと楽しい選択をする。孫からのそんな贈り物を喜ぶ祖母様の心情は格別なのもがあろう。ところで「初泣き」という季語が日本の歳時記にある。「初涙」はない。同じような類のものだが、涙は普通悲しみをイメージするから、初春の季語としては頂けない―といった配慮が記載なしになっている理由なのかと思う。大抵の言葉に「初」を付ければ新年の季語になる―と言えば語弊もあろうが、「初泣き」が季語であって「初涙」が季語ではないという根拠もまたどこにもないのである。本句が異彩を放つ一句になったのは、そのように馴染薄い季語を使い、堂々の例句としてここに提示して下さったからである〕
読者文芸
サンパウロ新生吟社(12月)
課題「地」
縁の下がっちり果たす地味な役 今立帰
この土地で咲いて根づいた移民妻 大城戸節子
狭い土地あっと言う間に高層ビル 大塚弥生
地に足をつけている人平和人 甲賀さくら
人間は地球の上で生きている 比嘉洋子
運を賭け地球半周日本移民 堀江渚
子や孫に背中を見せて地に足を 早川量通
野心家の地盤堅めのでかい寄付 青井万賀
月曜俳句会(12月)
ジャッカ熟れ年々小さくなる家族 故・須賀吐句志
三人寄ればボール蹴る国夏暑し 岩本洋子
古里を遠く思うや展墓の日 富岡絹子
治安無き夜店賑わうリベルダーデ 浅海喜世子
百合一輪気高きかほりマリヤ 脇山千寿子
大ジャッカ息子と分けてもまだ大きい 鹿島和江
静かな星空に思い出夏の海 作野敏子
百合の花咲き初めしその白さかな 白石幸子
ミサ終えて神父立ち食い夜店かな 近藤佐代子
年の暮反省ありし感謝あり 高木みよ子
一隻の豪華客船夏の海 浅海護也
日永とは気怠いことでもありしかな 前田昌弘
密林に蛍光を放ちけり 竹下澄子
いきなりの喜雨に軒借り話が弾む 渡辺悦子
望郷は断ちたり夏の海に佇つ 伊那宏
モジダスクルーゼス俳句会(1月)
完熟のトマト畑で丸かじり 檀正子
老いゆける身にブレーキ無し去年今年 村上士郎
夕立が涼しさ置いて通り過ぐ 大石喜久江
アロハシャツ街に溶け込むおとこ達 尾場瀬美鈴
実を結ぶ明日の光や茄子の花 松本留美子
夕立や雨水溢るる交差点 田辺鳴海
冷蔵庫開けて献立思案する 秋吉功
ブラジリア俳句会(1月)
若い頃買った香水まだ大事 青砥久子
初夢はご当地ラーメン食べたこと 山根敦枝
椰子の花去りしアマゾン夢に咲く 渡辺隆夫
お年玉袋に詰まった祖父の愛 浜田献
亡き吾子と眺めし西日今日の暮 長谷部蜻蛉子
初場所や天覧相撲大波乱 田中勝子
枯れ果てて箒の如し椰子の花 荒木皐月
あらくさ短歌会(12月)
又来たと喜ぶべきか年の瀬を余命知らぬが幸せ者と 楠岡慶憲
ブラジルは夜明け前ねと夕月に思わず問いぬ胸迫り来て 矢野由美子
ハマナスは北風にゆれ首を振る我が旅立ちを嘆きいるがに 安中攻
病癒えカラオケ復帰の友の声声量落ちしが情感豊かに 金谷はるみ
ジャカランダ今も咲きおり穏やかな風に吹かれて紫の花 松村滋樹
今日もまた妻のさえずり楽しけれ朝にさえずり夕にさえずり 水澤正年
短歌会梅崎さんのお顔見て思わず抱擁子供のごとく 橋本孝子
義妹は野菜を育て鶏を飼い気楽な暮らし身を肥やしいる 吉田五登恵
夜となれば足の不自由も気にならず部屋にこもってひたすら読書 梅崎嘉明
晴天下急に降り出す雨ありて急ぎ取り込み洗濯物を 足立富士子
ひと昔前は杵ふり餅搗きも機械まかせの味なき時代 伊藤智恵
使ってるメガネで小文字見えるよう締め過ぎたのか耳痛くなり 足立有基
師走とて雪も降らねど夏も無し何と今の世は狂っていないか 篤常重









