ぶらじる俳壇=168=伊那宏撰
イタペセリカ・ダ・セーラ 山畑泰子
積乱雲嵐を呼ぶか育ちゆく
ただ灼けて耐えるしか無し畑の物
星の夜昼の酷暑を忘れさせ
〔昨今の夏の暑さは筆舌では言い難いほどだ。地球が炎上していはしないかと思わせるほど厳しいものがある。熱中症による死者の数はどの国も急上昇中、炎天下での作業を禁じているのは今や世界の常識となっている。そんな昼間の暑さも夜ともなれば嘘のよう。この夜と昼の著しい温度差は、海岸山脈圏内に位置する御地を含めた一帯の特徴。雨量も多く、近郊農業として野菜栽培には最適の地と言われる所以である。酷暑に耐えた後の煌めく星を眺めての夕涼みは、また格別なもがあろう〕
セザリオ・ランジェ 井上人栄
住み慣れし我が家が一番去年今年
初場所や郷土力士の勝ち名乗り
菜園は私の宝鍬はじめ
〔菜園を我が宝物として自家用野菜を栽培しておられる農家の主婦の方。かつては大規模な農業を営み、夫と共に苦労を分かち合ってこられたが、家督を譲り現役を退いた後、農場の一角を主婦専用の菜園として、自給自足の充実した余生を送っておられるのである。こうした土に根を下ろした人生の在り方に、作者の揺るぎない意志と確たる人生観を感じ取ることが出来る。自然と共に生き、そこから生まれる俳句を友としての、文字通り理想的な人生がそこにある〕
サンパウロ 石井かずえ
新年やうまく行く年前向きに
臼と杵父母の作りし鏡餅
母さんの雑煮食べにと子等集ふ
サンタ・フェ・ド・スール 富岡絹子
年新た友は補聴器杖メガネ
戦無き国に感謝のお正月
年明けて小鳥の声も楽し気に
イタペセリカ・ダ・セーラ 山畑嵩
遠雷に慈雨を願ふも遠ざかり
炎天に萎れ耐えつつ畑のもの
炎天下無人の野良に風もなし
日本 三宅昭子
初日の出二キロメートルの橋渡る
木いも粉を餅に練り込み初料理
〔〈木いも粉〉とはファリンニャ・デ・マンジョカのことであろう。それを餅に練り込んで正月料理にされたという。作者は目下日本に在住しておられる。在日日系人も多いゆえ、フェジョアーダには欠かすことの出来ないマンジョカ粉も現地生産されていて、誰の思いつきかそれを餅に練り込むという〝粋な一品〟を考え出したのであろう。まさに〝和伯折衷料理〟の傑作?。或いはブラジル移民がすでに当地で考案した餅料理であったか、その辺のことはよく知らないが、この特異な一句はあれこれと想像を巡らせてくれて、大変面白く読ませて頂いた〕
初撮りや成人式の孫娘
マナウス 大槻京子
古きものみな愛ほしきお元日
歳時記の紙やはらかき年始
初鏡むりやり笑ふ悲哀顔
麻州ファチマ・ド・スール 那須千草
夏草の繁り鮮やか蛍草
夏草を削り疲れて仰ぐ空
南国のゴーヤチャンブル我が家にも
サンパウロ 山岡秋雄
伯人が除夜の鐘撞く本願寺
パソコンで拝む祖国の初日の出
午年の平和な夜明け犬吠える
サンパウロ 馬場園かね
是やこのメタセコイアへ初日の出
〔〈是やこの〉=これこそあの、これが例の、これが前から聞いていた―等の意味で「感動詞」として用いられる。メタセコイアは邦語「あけぼの杉」としてお馴染み。但し筆者は、杉科の植物について(ばかりではなく)不勉強ゆえ実物については全く知識がない。手持ちの辞書によれば、杉科の落葉高木、雌雄同株、葉は淡緑色とある。中世代末期に繁茂していたが絶滅、一九四十年代中国で再発見され、今では「生きた化石」と称されている由。何やら植物学上特別な杉らしいが、作者の農園内に、或いは近在の山野にそのメタセコイアがあり、それに初日が射していると詠まれたのである。句材としてまったく珍しく、詠嘆調の格調ある詠みぷりが異色だ〕
御降に仏間の灯し柔々と
出合いたる陸橋渡る蝶の群
サンパウロ 大野宏江
娘からPIXで届くお年玉
新年に新しき靴おろしけり
鏡餅幸せ皆におすそ分け
サンパウロ 串間いつえ
二日早や独りの暮し始まりぬ
午年の馬の絵は無き初暦
不確かな友の情報初電話
モジ・ダス・クルーゼス 浅海喜世子
書初の白紙に墨の香の走る
正月や神がおわすと思いけり
正月の力頂き身に宿る
サンパウロ 林とみ代
雑煮椀母の気づかひ遠思ふ
日伯の混じるお節に舌鼓
移民船通りし航路初日の出
〔この年末年始を作者は海辺の町で過ごされたと聞いている。海は大西洋であり、海岸沿いは船舶の航路として、かつては移住者たちが通った航路である。元日の朝、海辺に立った作者は、水平線の向こうから初日が昇るのを拝んだ。海面を煌々と輝かす光を身に受けながら、作者は厳粛な思いに捉われる。初日に照らされるその海は、昔移民である自分も通ったことのあるあの海なのだ。当時と少しも変わっていない、いや変わるはずのない海。あれから何年経ったことだろう。清涼な海辺のひととき、過ぎし日のいろいろな思いが交錯し、感慨を深くしたのであった〕
サンパウロ 太田映子
漆黒の空にきらめく初日の出
壮麗な初富士仰ぎ手を合す
道産子の鮭入り雑煮すまし仕立て
くる年も思いこもごもお正月(別稿より)
年賀状友に送るはホ句添えて(〃)
サンパウロ 谷岡よう子
猛暑日犬も木陰で一休み
立ち止まる感動の先虹ひかり
サンパウロ 川村君恵
お正月お雑煮作り一人食べ
新年や初雪降るもすぐに溶け
ヴィトリア 大内和美
初電話もう待ってるよ誰が先
書初めや匂い吸い込み墨をする
初暦最初に捜す誕生日
ヴィトリア 藤井美智子
書初めや姿勢正して墨をする
傍らに猫覗き込む初鏡
〔ふと気がつくと、鏡面の一隅に猫が顔を覗かせている。〈初鏡〉を見ている作者の目が飼い猫の姿を捉え、ふと和む。「正月だから福を招いてくれたらねえ」などとひと言ふた言声をかけながら、視線は鏡の中のご自身の表情に抜かりなく動いていく――。この鏡と言う画面構成のシチュエーションがとても面白く、言って見れば、非俳句的な、どなたにも思いつかないような、スナップ写真ならぬ〝スナップ俳句〟とでも言える句姿をそこに見たからである。これをして「俳句における表現の可能性」という新たな糸口を私は見出した気がした。行き詰まり気味の俳句世界に風穴を開けてくれたような、そんな自由な句姿である〕
初場所や横綱目指せ安青錦
モジ・ダス・クルーゼス 浅海護也
乳房にはっきり残る日やけ線
前方に陽炎ゆれる車かな
夏草や牛群白し奥麻州
ベレン 渡辺悦子
年明けても婚期気にする様子なく
胸に湧く感慨新たに初日の出
自ずから活力の元初日の出
ベレン 岩永節子
花マモン健やか果実日々感謝
長病みへ希望の笑顔初鏡
神々と大河染ゆく初明かり
ベレン 鎌田ローザ
新年の転々の蜂尊さや
正月や行先に蜂希望なり
花マモン小さく可憐力秘め
ベレン 諸富香代子
花マモン白く広がる耕地かな
初鏡古希過ぎの顔つくづくと
新年会一世参加は減り続く
パラ州パラゴミナス 竹下澄子
老斑は長寿の証初鏡
真ん中にハーフの曾孫初写真
花マモン万を咲かせし農地かな
〔マモンの主要産地はこれまでバイア州を中心に東北伯地方だと思っていたが、北伯全般にも産地が分布しているようで、我が不明を恥じるところである。マモンは夏から秋にかけて次々花が開き始め、乾燥季の秋から春にかけて順次収穫されていく。アマゾン地方ではどうなのか情況はよく知らないが、今が花マモンの季節なのであろう。〈万を咲かせし〉とは花の数ではなく、万単位の本数のことを言っており、栽培規模のいかに大きいかを詠まれている。「ブラジル歳時記」の例句の中に「出稼げる空家を囲み花マンガ―坂口清子」「天職は日語教師よ花マンガ―西谷晃」などがある。例句はどれも聖州の人のものばかりだが、本句のようなボリューム感は望むべくもない。場所変われば句も自ずと変わるという好例であろうか〕








