マイゾウ・メーノス(まあーまあー)の世界ブラジル(48)=サンパウロ 梅津久
第40話
ブラジルには神様が一杯
どんな田舎に行ってもあるのが教会。日曜日の朝は家族そろって教会へ。世界最大のカトリック国のブラジルではキリスト教の「神様」にちなんだ表現がたくさんあり、「神様」(Deus デーウス)を伴った言語表現が頻繁に使われている。言葉の面からブラジル国民がいかに「神様」に頼った生活をしているかを知ることができる。
アマゾン川に住みribeirinho(ヘビリーニョ)と呼ばれる川岸生活者たちの数軒しかない部落や、数軒しかない水上生活者たちの集落にでも、木片を十字に組み合わせて作った十字架を取り付けた家が見られる。
「Pelo amor de deus!」(ペロ アモール ディ デーウス)神の愛のためにという意味ですが、神頼みする時に使われ、「お願いだから」、「後生だから」という時に使われる。
「Meu deus do céu!」(メーウ デーウス ド セーウ、私の天の神様)。予期しないことが起こった時に「何てことだ」、「ちくしょう」として使う。
「Se deus quiser!」(セ デーウス キゼール、神が望むなら)これから先に起こることに対して「できるなら」、「うまく行けば」という意味で使う。頻繁に使われ、「明日また会いましょう」と言われた時の返事に使うと「神が望むなら」と他人事のように頼りない返事になる。
「Deus abençoe!」(デーウス エベンソーエ、神様のご加護)。神頼みする時。神様の加護がありますように、神様頼みます。
「Graças a deus!」(グラーサ ア デーウス、神様のおかげで)うまくいった時に「おかげさまで」として使う。
「Vai com deus!」(ヴァーイ コン デーウス。神様と共に行きなさい)別れるときに使う。
「Deus me livre!」(デーウス メ リーヴレ、神様自由にして)、うまくいっていないとき頼むよ、助けてという感じで使う。
「Juro por deus!」(ジューロ ポル デーウス、神様に誓う)自分の言っていることが正しいときに「本当だよ」として。
「Deus que sabe!」(デーウス ケ サーベ、神様だけが知っている)。俺の知ったことかとして
この様に、何事も神様に頼り、神様を理由にしてしまう。自分の存在がなくなるような生活習慣になっている。
人生の最後は、「Vontade de deus!」(ヴォンタージェ ディ デーウス、神様の意思で)。神様に召されていく。








