書評=増田恆河の〝文化的格闘〟の軌跡=なぜポ語ハイカイに季語があるのか
地球の反対側で、日本の伝統文芸である五七五がこれほどまでに豊穣な進化を遂げていたのか-と感じさせる1冊。白石佳和氏の『ブラジル移民と五七五―ブラジル国際俳句(ハイク)のトランスカルチュラルな展開』(春風社刊)は、移住という過酷な経験を詩情へと昇華させた人々と、その精神を言語の壁を越えて手渡そうとした仲介者たちの足跡を辿る、壮大な文化史だ。
本書の軸となるのは1911年生まれの戦前移民、増田恆河(こうが)だ。彼は1929年、18歳の時に家族で移住し、本人はエメボイ農事実習場でポ語を学んだ。終戦戦後の創刊間もないパウリスタ新聞記者を経て、コチア産業組合職員に。1987年のグレミオ・ハイカイ・いぺー創立に関わる。ここでポ語ハイカイの句会活動を通して季語研究を深め、現地式の季語体系を創出し、ポ語歳時記『NATUREZA』を姪の小田照子と共に編纂した。
それ以前のハイカイはフランスからの影響で広まったもので、季語がなかった。そこに、伝統俳句の花鳥諷詠の考え方を持ち込んで、ブラジル独自のポ語ハイカイとして展開させたのが同グレミオであり、その理論的支柱になったのが増田恆河だったと、同書は強調する。
すでに日本語俳句ではあったブラジル季語を単に翻訳することを超え、増田がブラジル現地感覚に根ざした「ポルトガル語季語」をどう模索したかを重視する視点が、行間からは浮かび上がる。日本の模倣ではなく、南米の季節、光、風土を五七五という器にいかに盛り込むかという、真摯な「現地化」への格闘だった。
特筆すべきは、第二部で詳述される「連句」への着目だ。かつて松尾芭蕉が重んじた「座の文芸」としての連句が、サンパウロの地でポ語によって再生される過程は、本書の最もスリリングな場面の一つと言える。日系ブラジル人と非日系人が、一つの座を囲み、言葉を繋いでいく「越境的継承」。著者はこれを「コンタクト・ゾーン(文化の接触域)」におけるトランスカルチュラル(通文化的)な展開として捉える。そこでは言語や出自の違いは、対立の火種ではなく、次の句を導き出す創造的な差異へと転換される。
白石氏は、松蔭大学コミュニケーション文化学部で言語教育や日本語文学を専門とする研究者で、その筆致には対象への深い敬意と体温が宿っている。かつて移民たちが開拓の労苦のなか、夜のランプの下で書き留めた十七音が、いかに彼らの尊厳を守る盾となったかを見通し、文化の壁を超えて次世代に受け継がれる様を描く。
終章「境界を耕す」において、移民史は「苦労」や「成功」という二元論で語られがちだが、本書は「詩」という細部から、より多層的で彩り豊かな日系社会の実像を提示した。日本語を母語としない世代へと引き継がれる「ハイカイ」の姿は、グローバル化が進む現代において、文化がいかにしてその核を保ちつつ変容できるかという普遍的な問いへの一つの回答となる。
学術的な体裁の書籍だが、ページをめくれば、異郷の空を見上げて詠まれた数々の句が、鮮やかな情景を伴って迫ってくる。「文学とは何か、ハイクとは何か、についての新たな答えが、ブラジルという地に眠っている」という著者の問いかけは、実に重い。








