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《記者コラム》ルーラ当選の確立は8割か=無理やり追い上げるボルソナロ

2022年9月13日

期待したほどの猛烈な追い上げできないボルソナロ

9月7日、リオのコパカバーナ海岸での政治集会の様子(ボルソナロ公式フェイスブックの動画より)
9月7日、リオのコパカバーナ海岸での政治集会の様子(ボルソナロ公式フェイスブックの動画より)

 第1回投票まで3週間を切った現在、大統領選挙の現状をおおざっぱに言えば、ルーラ当選の確率は8割だろう。
 というのも9日(金)にダッタフォーリャが発表した世論調査ではルーラ45%、ボルソナロが34%。つまり第1回投票でルーラは過半数を制することができず、決選投票にもつれ込むが、そこでルーラは48%を制して、ボルソナロの36%に勝つというシナリオだ。
 選挙運動が本格開始したばかりの8月18日時点の同調査からすると、ルーラは2%下がり、ボルソナロは2%上がった。いずれも誤差の範囲内だ。だが本来ならボルソナロは猛烈に追い上げていなければならない時期だが、10%以上の差がある。
 おそらくボルソナロがルーラの支持者を奪った訳ではない。ルーラが票を落とした理由の一つは、8月半ばから本格化した選挙運動の影響を受けて徐々にシロ・ゴメスやシモネ・テベチに票が流れ始めているからだ。
 元々反ボルソナロという理由でルーラ支持だった人の多くは、ルーラが良いから支持していたわけではなく、「ボルソナロを落とすためにはルーラ」という消去法で選んでいた人もいた。
 そのような人が第3の候補の存在を知って流れ始めている。だから9月初旬には、ルーラが第1回投票で勝つ可能性が減ってきた。
 3週間で4%の差が縮まったとすれば、この調子で11%差をひっくりかえすには単純計算で9週間かかる。2カ月あまりだ。いまの勢いでボルソナロ派が支持を増やしても、3週間後の10月2日の第1回投票はもちろん、7週間後の同30日にある決選投票でも難しいだろう。

別の調査でも10%前後の差

 翌10日に発表された別の調査Ipespe/Abrapelでは、二人の差はさらに縮まっている。ルーラが44%を維持したのに対して、ボルソナロは1%上げて36%に、シロ・ゴメスは1%下げて8%、シモネ・テベチ5%維持だ。変動は誤差の範囲内に過ぎないが、やはり高止まりするルーラ、追い上げるボルソナロの勢いは感じさせる。
 こちらも決選投票ではルーラ52%、ボルソナロ39%となっており、10%以上の差が開いており、やはりPT勝利のシナリオは揺るがない。
 もしくは「決選投票は別の選挙」というブラジルの格言の通り、予想外の合従連衡がおこれば大きく変わる可能性はある。だが、現状を見る限り、ボルソナロの方が明らかに孤立気味であり、決選投票でいきなり味方が激増することは想像しづらい。
 大統領側にとって残された希望は、劇的に世論調査を動かすようなルーラのスキャンダルとか、自陣のイメージを一気に良くするような出来事を起こすしかない。選挙を間近にした10%前後の差はそれほど重いものがある。

不動産スキャンダルでボルソナロに逆風

 そんな状況で降ってわいたように出てきたスキャンダルが、8月30日に報じられたUOLサイトの独占スクープだ。
 ボルソナロ一家が1990年代から現在までに購入した107軒の不動産の約半分、51軒が現金で購入していたというものだ。現金での支払い額は総計1350万レアルで、広範囲消費者物価指数(IPCA)でインフレ調整して現在の貨幣価値に直すと2560万レアルにもなる。
 なぜ「現金で不動産を買った」ことが問題になるかといえば、現金での支払いは銀行の口座記録に残らないため、裏金を洗浄するのに使われやすい手口だからだ。
 ボルソナロ一家の場合、長男のフラヴィオ上議がリオ州議時代に元専用運転手のファブリシオ・ケイロス氏とその一族、ボルソナロ氏の二番目の妻のアナ・クリスチーナ氏の一族を幽霊職員として雇い、その給与の大半をケイロス氏の口座に現金で振り込ませたピンハネ疑惑が2018年に判明した。ボルソナロ氏自身も元職員4人が給与の72%を受領早々に引き落としていた事実が判明しており、次男カルロス氏にも同様の疑惑が持たれている。
 そのピンハネした現金で不動産を買ったのではないかという疑惑が強まったというスキャンダルだ。

リオの独立200周年記念行事には海軍艦艇が21隻も動員されて海上パレードした(Marinha do Brasil)
リオの独立200周年記念行事には海軍艦艇が21隻も動員されて海上パレードした(Marinha do Brasil)

 これに対して、ボルソナロ選挙陣営としては「攻撃は最大の防御」とばかりに、9月7日の独立200周年式典を乗っ取るような形で選挙キャンペーンを繰り広げた。330万レアルもの公金を使った連邦政府の公式イベントなのに、個人的な選挙運動に流用したとライバル陣営から批判されており、これが違法だと立証されれば罷免もありえる。
 だがたとえ選挙高等裁判所がこの件で動いたとしても、大統領の犯罪を捜査する権限を持つのは連邦検察庁のアラス長官、大統領の罷免審議を開始できるのがリラ下院議長だけ。二人とも大統領派だから、1カ月以内に政局を左右するほどの動きになることは難しいと見られている。
 ボルソナロは司法に懇意な人物を送り込み、連邦議会に予算権を渡すことで、3権がお互いに権力を監視するという民主主義の根本的システムを骨抜きにしてきた。その挙句にこの選挙法無視だ。今回彼が当選してこの傾向が進めば、更に権力監視機能は弱まると予想される。
 ただし、ボルソナロが落選して来年から「ただの人」になったとき、これらの件は動きだす可能性がある。本人はそれを承知で一か八かの賭に出たのが9月7日だったのではないか。
 10日付エスタード紙《ボルソナロは最も多く選挙高裁で訴訟を抱える候補》(https://www.estadao.com.br/politica/bolsonaro-e-candidato-com-maior-numero-de-processos-no-tse/)によれば、今月3日時点で、全大統領候補が抱える選挙高裁での訴訟件数は計110件を数えるが、最多はボルソナロの25件だ。うち16件はPTが中心となったアリアンサ・ブラジル連合からのもの。ルーラへの訴訟件数は14件だ。いかにボルソナロ派がムリをしてキャンペーンを行っているかが伺われる。
 選挙高裁だけでこれだけあり、最高裁のフェイクニュース裁判などを考慮すれば、選挙で負けて政治家特権を失った状態で裁かれた時の大統領のダメージは大きい。
 いずれにせよ落選した場合、ボルソナロは罪を問われる可能性が高い。 それにルーラは常々「当選したらボルソナロが100年機密に指定した情報を全て公開する」と宣言している。
 たしかに9月7日のデモには、首都、サンパウロ、リオそれぞれ10万人規模の動員が行われ、写真や動画で見る限り、かなりの迫力があった。ボルソナロ陣営としては「成功」の感触だっただろう。だがその直後の世論調査が、冒頭に示した数字だ。確かに上がってきているが、求められているほどの「猛烈に追い上げ」にはほど遠い。

年をとったか、覇気を失いつつあるルーラ

選挙集会でのルーラ候補(Foto: Ricardo Stuckert)
選挙集会でのルーラ候補(Foto: Ricardo Stuckert)

 選挙戦が本格化してからルーラが票を落としている理由の一つには、覇気の衰弱があると感じる。
 8月25日のグローボTV局のニュース番組ジョルナル・ナショナル(JN)でのルーラへのインタビューでは、全盛期を彷彿とさせる語気が感じられた。
 だが、8月28日のバンジTV局の大統領候補同士の直接対決の様子を見て驚いた。ライバルと対面で討論する場合、ルーラは明らかに全盛期に比べて衰弱した。前回政権時のルーラに比べると覇気がなくなり、迫力が落ちている。だみ声は相変わらずだが、別人のようだった。
 ボルソナロからPT政権時代の汚職問題を直接に指摘されて、ルーラは自政権時代の良い結果を強調するばかりで、肝心の汚職問題に関する釈明として視聴者に訴えるような内容を語れなかった。ルーラの弱点は今もって汚職問題であることを、白日の下に晒してしまった。
 テラ・サイトは8月28日付《ルーラがぬるく、ボルソナロが狙われる中、女性への攻撃が目立つ討論会》(https://www.terra.com.br/noticias/eleicoes/com-lula-morno-e-bolsonaro-alvo-debate-e-marcado-por-ataques-as-mulheres,86e5988deab52a6dffc2d3bdf3a5544fy716impx.html)という記事を出した。見出しに「morno」(ぬるい)はかなり厳しい表現だ。
 かつての調子が出ていないルーラを見たシロは討論会翌日、「ルーラの健康状態に問題があるのでは」との疑問を呈するSNS投稿まで出し、あとで削除した。
 このバンジ討論会で一番存在感を示していたのは、シモネ・テビチら女性陣だった。だからダッタ・フォーリャ調査で彼女は2%から5%に大きく上げた。ルーラからここに流れた。とはいえ、2位のボルソナロ以上にならないと決選投票には残れないから、大局には影響しない。
 思えばルーラは今年10月に77歳になる。第1次政権就任時の2003年には57歳だった。あの頃の覇気を求めるのは酷な話だ。残酷だが、時間は万人に平等に訪れる。その点、ボルソナロはまだ67歳であり、生気に溢れている。

連邦政府、サンパウロ州、サンパウロ市も左派が占める?

タボン・ダ・セーラでの選挙集会、左から2人目がアウキミン副大統領候補、マルシオ・フランサ上議候補、ルーラ候補、アダジサンパウロ州知事候補(Foto: Ricardo Stuckert)
タボン・ダ・セーラでの選挙集会、左から2人目がアウキミン副大統領候補、マルシオ・フランサ上議候補、ルーラ候補、アダジサンパウロ州知事候補(Foto: Ricardo Stuckert)

 もしも今回ルーラが当選したとして、4年後再び戦うことは厳しいだろう。4年間の間にルーラに何かあればアウキミンが代理に、4年後には「アダジを大統領に」というのがPTの既定の路線ではないか。
 フェルナンド・アダジ元サンパウロ市長(59歳)はルーラの後釜と言われて久しく、今回はサンパウロ州知事選の世論調査で1位を保っている。パラナ調査研究所が9日に発表した調査では、彼が31・2%、2位の大統領派タルシジオ・デ・フレイタスが25・2%、3位が現職ロドリゴ・ガルシアで17・3%。
 アダジは7月には33・2%あったが、8月に32・4%に下がり、今回31・2%へとさらに下げた。対するタルシジオは22・5%、23・4%、25・2%と上げてきている。3位のガルシアもやはり14・0%、15・6%、17・3%と上げてきた。
 サンパウロ州知事選挙はかなり切迫してきており、決選投票次第でタルシジオ勝利もありえる情勢だ。だが、タルシジオ自身は知名度があまりなく、あくまでもボルソナロ人気に頼っているという意味では、大統領の不動産スキャンダルがさらに広がれば悪影響をもたらす可能性がある。
 また決選投票でルーラ優勢となれば、サンパウロ州内でもPT側に着く勢力が増えると予測される。
 今のままの流れで選挙結果が決まった場合、来年から一番大きく変わるのは、大統領とサンパウロ州知事が共にPTになるという点ではないか。
 もしその優勢が続けば、2年後の市長選挙では前回2位として大健闘した左派PSOLのボウロスがサンパウロ市長という筋書きすらもあり得る。万が一そうなれば大統領、サンパウロ州知事、サンパウロ市長全部が左派という未曽有の状態だ。

今のままなら来年の左派優勢時代を迎える南米

 ボルソナロがこの4年間、右派として過激になりすぎた反動が、結果的に国民の志向を左派に向けてしまった結果のようにも見える。
 来年からルーラ政権となった場合、内政面では大きく変わらないとも推測される。というのも、本来〝小さな政府〟(緊縮財政)を主張していたはずのボルソナロ政権が、セントロン主導で選挙対策のために左派政権のようなバラマキ政策を始めたからだ。それにセントロン自体は、ルーラが勝てばPT側にすぐに寝返るとブラジル人ジャーナリストは口を揃える。
 だが外交面では大きく変わると予想される。ボルソナロはBRICSに積極的に関与してこなかったが、ルーラはその創立者の一人として前のめりに行動していく可能性がある。
 スプートニク・ブラジル8月3日付は《セルソ・アモリン:ルーラはBRICS発案だけでなく創造者でもある》(https://sputniknewsbrasil.com.br/20220803/celso-amorim-lula-foi-responsavel-nao-so-pela-projecao-como-pela-criacao-do-brics-23959660.html)という興味深い記事を出した。
 ほぼ外交活動をしなかったボルソナロに比べて、ルーラは大統領時代に国際的に強い存在感を放っていた。それを支えていたのがアモリン外務大臣(当時)だった。
 ウクライナ侵攻以降BRICSというと米国覇権やドル体制をひっくり返すための策動をするイメージが一部でもたれているが、アモリンは次のようにくぎを刺す。
 《BRICSは他のグループに対抗するグループというイメージを持ってはいけないと思う。グローバルなバランスの一部だ。(中略)BRICSは今日の国際関係の複雑な網を構成する多元的な調和の一部であり、これは非常に重要な部分である》
 南米ではアルゼンチン、チリ、ペルー、コロンビアなど周辺国がどんどん左派政権になっていく流れに、ブラジルも加わりそうだ。その結果、メルコスルなどの地域連合が活発化する可能性は高く、その辺の動きも注目される。(深)


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