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《記者コラム》ボルソナロ躍進の背景を探る=SNS発信が地方保守票を開拓

2022年10月11日

先週のボルソナロ大統領の木曜定例ライブ。51万人が試聴、いいね11万。右側に延々と視聴者のコメントが出てくる(本人公式ユーチューブ)
先週のボルソナロ大統領の木曜定例ライブ。51万人が試聴、いいね11万。右側に延々と視聴者のコメントが出てくる(本人公式ユーチューブ)

 第1回投票前後から本紙編集部にも両大統領候補に関する意見が、訪問や電話など様々な方法で直接に寄せられるようになり驚いている。
 たとえば「ブラジル日報はボルソナロの悪口ばかり書いてルーラの味方か!」「グローボやフォーリャ、ヴェージャなど左側のメディアの翻訳ばかりしている。ジョーヴィン・パンなどのニュースも入れてくれ」という声だ。
 代表的な意見をまとめると「一審のモロだけじゃなく、二審で有罪判決が出たルーラはれっきとした犯罪者。別に無罪放免されて選挙に出ている訳ではなく、裁判のやり直しを最高裁が命じたから、ブラジリアでやり直すだけ。無罪判決じゃない。汚職があったことはペトロブラスも幹部職員も認めている。たしかにボルソナロの政策はヒドイが有罪にはなっていない。汚職も立証されたモノはない。ルーラが大統領になったらまた盗むに決まっている。どっちもヒドイが、まだボルソナロの方がマシ」というものが多い。
 実際、第1回投票を見てみれば、有権者は見事にルーラとボルソナロに二分された。双方とも50%近い。まるで最初から決選投票になったような結果だ。
 在日ブラジル人は当地日系社会の延長であるから、その票を見れば日系社会の実態がよく分かる。日本全体ではブラジル同様にルーラが47・13%、ボルソナロは41・63%。
 ところがブラジル人最多の名古屋管轄だけ見れば、ボルソナロ79・2%と圧勝した。コラム子はこの名古屋が、同じ日系人集中地域としてサンパウロ州の情勢に近いと推測している。
 よって本紙読者も当然、大半がボルソナロ支持者の可能性が高い。だから反ボルソナロ的な記事が多いグローボやフォーリャ、エスタードの論調をそのまま翻訳している本紙に対して、不満を持つ読者が必然的に多くなる。
 今のブラジルを政治潮流で見れば、国民は完全に二分されている。そのどちらかに寄った記事ばかり出れば、「おまえの新聞は偏っている」と思う読者が常に半分以上いる状態だ。これは邦字紙の存続にも関わる深刻な事態だ。
 コラム子が『邦字紙の使命』として最も大事だと思うのは「特定の思想傾向を広める」ことではなく、「ブラジルの正確な現状を伝える」ことだと考える。「民主的な紙面」とはその国の現状を代表するいろいろな意見が、バランス良く紙面にでることではないか。
 かつてのように複数の邦字紙がある状態なら、それぞれが思想的に偏っても、読者が自分の好きな論調の新聞を購読すれば良かった。読者が選択できた。ところが現在は1紙しかないから読者は選択出来ない。
 ブラジルのメディアは地元有力政党や政治家が自分の主張を広めるために創立した会社が多い。だから特定の思想を喧伝して広めるのが元々の役割だ。ところが邦字紙の場合は1紙しかなく、読者はそれを通して現状を知るしかない。
 大手メディアそのままの記事だけが出るのでは、読者が「実際のブラジルの姿」を紙面から読み取れない。逆側の思想傾向が排除されるというバイアスがかかると、読者は正しい判断が出来なくなる。
 例えば反ボルソナロ側に偏るのではなく、ボルソナロ側の意見も同様に紙面に出た方が「民主的な紙面」であり、両方を読んだ読者が、自分なりの判断を客観的に下すのが、邦字紙の理想的な状態ではないか。
 そんな読者のいらだちが第1回選挙の前後に編集部に集中したのではないかと思う。そんな判断に基づいて、コラム子はできるだけ中立的な分析を心がけたい。

世論調査リテラシーの提案

 世論調査の数字が信じられなくなるほど、ボルソナロは最後にきて急に票数を上げた秘密は、彼がライブで常々呼びかけている「調査会社は信用できない。返答するな」という言葉に尽きる。
 投票直前9月29日のダッタフォーリャ調査ではルーラ50%で第一回投票勝利、ボルソナロ36%だった。それが実際はルーラ48・43%、ボルソナロ43・20%だった。ルーラは誤差の範囲内だが、ボルソナロには7%も差があり、誤差を超えている。
 ここから学べることは、世論調査の数字を見る際にもリテラシー(情報を客観的に分析する能力)が必要ということだ。よく「メディアリテラシー」という言葉が使われる。新聞やテレビの報道を鵜呑みにするのでなく、メディアの背景や性質を深読みして、よりバランスの取れた読み方をする能力のことだ。
 そんな時代の「世論調査リテラシー」として一つ提案をしたい。「調査会社に返答しない割合」として「ボルソナロ指数」を設定することだ。例えば現状ではボルソナロには単純に6%を付け加える。返答しない割合という母数を増やした分、ルーラには97%を掛けて計算しなおす。
 例えば5日に発表されたIPEC調査ではルーラ51%、ボルソナロ43%。ボルソナロ指数を加えたら、ルーラ49・5%対ボルソナロ49%となり互角勝負だ。単純化すれば、世論調査におけるルーラとボルソナロの差が6%以内になったらボルソナロ勝ちが濃厚になるイメージだ。
 9月の選挙運動の間、世論調査と大手メディアが「ルーラが第1回投票で勝つ可能性がある」と言い続けたことへの反動が、2日の投票日には起きた。「ルーラが勝つ」と言い続けることで、反PT派の恐怖感が煽られ、反ルーラ票が掘り起こされた。

左派から遠ざかる地方票

 ボルソナロが予想以上に追い上げた第1回投票の結果に関して、分析記事が多数出た。その中でも最も興味深かったのはBBCブラジル4日付《ボルソナリズムは〝ブラジル深奥部〟を惹き付け、左派から遠ざけていると研究者は言う》(https://www.terra.com.br/noticias/brasil/eleicoes-2022-bolsonarismo-atrai-brasil-profundo-que-esta-cada-vez-mais-distante-da-esquerda-dizem-pesquisadores,cf8f0b931685732bc8038dea8dc2069cypivny6y.html)だ。
 同記事によれば、バイア連邦研究所の調査では、ボルソナリズムが国内の幅広い分野ですでに根付いたという。ボルソナリズムは福音派からアプリ労働者までの新しい民衆層と、内陸の「ブラジル深奥部」(brasil-profundo)に、左派よりも効率的に浸透していると分析している。
 いわく《私たちは、学者、芸術家のルーラ支持の大連合を目の当たりにし、第1回投票での勝利の印象さえ受けた。しかし、2日の選挙の結果から、これは大衆の基盤と直接につながっていないことがわかった。有権者の43%は(ルーラ支持表明した)エリートとは異なる人々だ。
 左派言説から距離を置くこの社会的基盤には、金のやりくりで苦労している人が多い。生活が不安定な非正規労働者の階級が広がっており、この新しい階層の大半がカトリックではない。ブラジルはカトリックの国ではなくなってきている》と分析する。
 パンデミック中に急拡大したウーバーなどのアプリ労働者や、「ブラジル深奥部」農村地帯の国民は、労働者の味方のはずの左派よりも、ボルソナロの言い分に惹かれているようだ。
 同研究者の予想では、決選投票ではルーラが辛勝するが、議会運営するために多くの譲歩をセントロンにすることになる。来年以降《ルーラが勝っても左派政権にはならない。上院で左派は多数派を形成できず、常に弾劾されるリスクのある非常に不安定な政権になる》と見る。
 来年ルーラ政権になっても《ボルソナリズムは州や市レベルで強く生き残る。ボルソナロは引き続き強力であり、非常に手強い野党として活躍する》と言う。興味深いのは《ボルソナリズムはルリズム(ルーラ主義)と違って厳密な政治的な現象ではなく、社会文化的な現象だと見ている》との分析だ。
 環境規制を意図的に緩めて国際的な問題になったリカルド・サーレス元環境大臣が、PT政権時代に欧米から賞賛されるアマゾン保護政策を実行したマリナ・シルバ元環境大臣よりも、3倍も多い票をえて連邦下議に当選した。このことは、今選挙を象徴する現象だ。国際的にはどうであれ、ブラジル国民が選んだ政治家という意味では、これも民主主義の結果だ。
 そしてこれが意味することは農牧族の躍進でもある。農牧族議員200人中100人が再選を果たした。かなりの良い成績だ。そのライバルとも言えるキロンボーラ派候補は20人が立候補して一人も当選しなかった。
 農牧族躍進の裏には、セントロンが仕組んだ秘密予算が効いているとの報道が出ている。秘密予算の多くは農村部のインフレ整備や設備更新に使われており、それが政治家の地元への利益誘導として評価され票に繋がっているとの説だ。
 そしてこの農村部は、かなり「ブラジル深奥部」と重なっている。

「ブラジル深奥部」の保守票田を開拓

 BBC記事の「ブラジル深奥部」は興味深い概念だ。そこで思い出すのは、20年ほど前、クルトゥーラTV局の番組で哲学者ルイス・フェリッペ・ポンデが言った「ブラジルは軍事政権が悪い印象を残したお陰で、誰も自分が右派(保守派)だと胸を張って言えなくなってしまった」という言葉だ。
 1985年に民政移管して以降、基本的に中道左派的な政権だった。振り子が一番左側まで振れたのがPT政権時代であり、その反動で中道テメル、右派ボルソナロと右に揺り返した。この4年間は軍政以来もっとも右側に振れた状態だ。今回の連邦議員の選挙結果を見る限り、その揺れは収まっていない。
 ボルソナロは毎週木曜日SNSでライブ演説を行い、こつこつと右派思想を広めた。パンデミック中に自宅待機した人たちはユーチューブなどが身近になり、どんどん大統領のフォロワーになっていった。
 かつての日本の首相・田中角栄は「歩いた家の数しか票は出ない。手を握った数しか票は出ない」と若手後輩を指導して、ドブ板選挙を強く推奨したと言われる。
 候補者が有権者に会うために民家を一軒一軒回る際、家の前の側溝(ドブ)を塞ぐ板を渡って家人に支持を訴えたことから「ドブ板選挙」という言葉が生まれた。
 だが現代のドブ板はSNSに変わった。ボルソナロは毎週小一時間ほどSNS演説を行い、メディアを通さずに直接に有権者へ自分の意見を伝えてきた。
 セルラーは国民の8割が所有しており、SNSを通して直接語りかけることで、メディアの政権批判報道に対抗し、「ブラジル深奥部」の保守的な庶民層に徐々に支持を広げてきた。PTなど左派勢力はこのデジタル対応が弱い。
 地方農家はずっと左派MST(土地なし運動)に苦しめられてきた。だが保守を自認する政治家がいなかったから投票できなかった。胸を張って「自分は保守だ」と言えなかった地方の伝統的な人々に、ボルソナロは「保守を公言していい」と安心させ惹き付けた。
 この保守的な地方庶民層や福音派ネオペンテコスタル信者には、左派が掲げるLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)や大麻(マコーニャ)解禁の動きは好ましくない。
 保守は家族や家系を尊重する傾向が強く、LGBTは家族よりも個人の気持ちの方を尊重すると見られている。結果的に家族の結束をバラバラにする動きだとして嫌われる。治安悪化に悩む地方部では大麻解禁は更なる犯罪多発と家族崩壊を招くと心配されている。
 そのような家族重視の文化から地方保守層は左派と相性が悪く、ボルソナロとは良い。だからPTの票田は大都市周辺に集中することになる。
 この辺が《ボルソナリズムは政治的現象ではなく社会文化的な現象》と言われるゆえんだ。

最多得票150万票を記録したニコラス・フェレイラ候補の投稿(ツイッター)
最多得票150万票を記録したニコラス・フェレイラ候補の投稿(ツイッター)

 203人いる聖書族の議員のうち今回60%が再選した。注目すべき新人議員としてはミナス州の福音派教会をバックに出馬したボルソナロ派で、150万票という全伯一の得票を得たニコラ・フェレイラ(26歳)がいる。保守派ユーチューバーとして知られ、20年にベロ・オリゾンテ市議に当選、今回は連邦下議に初出馬で最多得票当選を果たした。
 いわゆる若手保守の台頭を象徴する人物だ。この注目すべき「若手保守」の流れにキム・カタギリ下議もいる。
 ボルソナロが「家族」を訴えるのは、福音派だけでなく地方保守層を取り込みたいからだ。彼がSNSを通じて深奥部に選挙地盤を広げてきた成果が、今回の第1回投票に現れた。ボルソナロは新しい票田「深奥部」「福音派」を開拓した。

ボルソナロの切り札はSNSのフォロワー

フォロワー数1489万人を誇るボルソナロのフェイスブック
フォロワー数1489万人を誇るボルソナロのフェイスブック

 4年間のSNS選挙運動の成果が、9月26日付ポデール360サイト記事《ボルソナロは4900万人のフォロワーで断トツ》(https://www.poder360.com.br/eleicoes/bolsonaro-lidera-com-folga-nas-redes-com-49-mi-de-seguidores/)という状態だ。
 大統領選の主要6候補のSNS(フェイスブック、インスタグラム、ツイッター、ユーチューブ)のフォロワー数の70%をボルソナロが独り占めした。2位のルーラは1700万人で大きく引き離されている。
 しかも今年1月から9月25日までの新規フォロワー数も大統領が830万人と最も多く、ルーラ570万人。ボルソナロのSNSは全候補の「いいね」数、コメント数、シェア数の合計4億7010回の66%を占めており、有権者とダイナミックにつながっている。ルーラは29%と半分以下に過ぎない。
 ブラジルには1億5645万4011人の有権者がおり、うち約5726万人(48・4%)がルーラに、5107万人(43・2%)がボルソナロに入れた。大統領のSNSには4900万人のフォロワーがいるということは、投票した人の大半と直接つながっていることを意味する。
 かつてはメディアが単一の巨大なボーリャ(バブル、泡)を作って「世論」と称していた。だが現在は政治家がSNSを通して直接に有権者に語りかけて、同じ規模のボーリャを作れるようになった。その結果、メディア側と特定の政治家のボーリャがせめぎ合うようになった。いまは大手メディアが言っていることだけでは、世の中の動きがつかめない時代になった。
 ブラジルは広大だ。全国を飛び回るドブ板選挙には限界がある。だから、ボルソナロが切り拓いた「SNS選挙活動」手法は効果を発揮した。ブラジル深奥部の保守層、新興の福音派層を惹き付けるという姿勢が、ルーラとの差を縮めた。
 米国のトランピズムと同様、ボルソナリズムは定着した。本気で政治的2大勢力がしのぎを削っている様子を見ていると、ブラジルにはダイナミックな民主主義が機能していると痛感する。不安定だが「バランサ・マス・ノンカイ(揺れるけれども落ちない)」で、常に時代に合わせて変化している。このまま両極化が進めば、保守と革新という二大政党的な体制になる可能性を感じる。
 これに比べれば日本は良く言えば「成熟した民主主義」、悪く言えば「ほぼ一党独裁の硬直した民主主義」だと感じる。(深)


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